スカーレットさんは本日絶好調で最高潮で、それでも平常運転
奴隷オークション当日、リリーさん5歳は気が進まないもののこの異世界という名のほとんどオーリオールと物理法則や魔力的法則、元素魔素などが似通ったあまりにもご都合主義に近い世界でスカーレットという唯一自分を知りうる存在から離れることを恐れたために同行している。
多種多様な魔術をその場に応じていくつでも作り上げることが出来るリリーさん5歳であっても心細いものは心細い。
しかも側には常に居たクティがいないのも拍車をかける。
なんならレキ君でもいいくらい心細いのである。
なので今日もスカーレットと行動を共にする。
ドラゴンを討伐して得た資金はドラゴン丸々が売れるものではなかったので当初予定していた金額よりは目減りしたが、それでもドラゴンというものは値が張るものであったため奴隷購入費と見るなら破格。
討伐完了時のドラゴンの姿はそれは悲惨なもので、的確に魔力的に支える皮膜部分だけを打ち抜かれた2枚の翼。
地面に叩き落した際に完全拘束したため、攻撃箇所が背中に集中したが特に堅牢な背部の鱗は軒並み破壊し尽されている。
そのため残っている鱗が比較的柔らかいとされる前面部分のみとなっているほど抉れてしまっていた。
頭部は当然のように残っておらず、まるで頭から背骨にかけて毟り取ったかのような状況になっている。
詰まるところドラゴンの巨体の頭と背部に至る半分近くが消し飛んでいるのだ。
マシな部分は翼と前面部分だけという悲惨な状況ながらも冒険者ギルドに搬入されて1時間もたたないうちにスカーレットのいい値で買い取られたほどだからドラゴンの貴重さがわかるというもの。
さてそんな悲惨なドラゴンで得た資金を手にウキウキモードのスカーレットだったが、最高級の奴隷のみが取引されるオークション会場を眺めながら舌打ちしそうな勢いだった。
――そう、彼女のお眼鏡に叶う美少女美少年奴隷が出てこないのだ。
しかしてこれにはオークショニアを責めることは難しい。
スカーレットが長い時間を過ごしていたクリストフ家の存在達はその見た目も強さも一級品揃いであり、さらにはクリストフ家の子供達ときたら、美少年、美少女、美幼女と揃っている。
特に最近はそんなクリストフ家のほぼ全ての者を魅了してやまない美幼女――リリアンヌ・ラ・クリストフの傍で色々していたのだ。
簡単に言えば、スカーレットは現在、美への基準が狂っていた。
「むぅ……美少年はどこですか。美少女はどこですか。美幼女は……ここにいますね」
「スカーレット、落ち着いて、どうどう」
VIP席にて入札用に掲げる札の持ち手を4本ほど握りつぶしているスカーレットはリリーさん5歳には負けるものの無表情の使い手だが、今日ばかりはその表情筋は立派に仕事を果たしている。
しかし表情筋さんもこんな仕事はしたくなかったに違いない。
そんな怒れるスカーレットの元にオークショニアの高らかな声が届く。
そして表れたるはスカーレットの表情筋さん達がスタンディングオーベションをしてしまうほどの美少女だった。
美しい金の髪。黄金比とはなんだったのかという端正な顔立ち、パーツ。
やや乏しいものの、完成された美ではなく、未完成故の美が存在する肢体。
――神はそこにいた。
スカーレットが、いや会場中のほとんどの存在がそう確信するほどの存在がオークショニアの導きにより会場へと姿を現したのだ。
しかし会場中を一瞬で魅了してしまった存在だったが、全てではなかった。
魔力を見ることが出来、物理的視界すら魔術で切り開いた存在にはそのまやかしの姿など意味はまったくなかったのである。
「……吸血鬼?」
美しき地上の華の体現者が最高級奴隷を扱うオークション会場を魅了している間にもリリーさん5歳は彼女の情報を徹底的に収集しつくしていた。
魔術、体質、動作、その他全てが自身を覆うまやかしの術を支えるために使われている。
だがそれほどの術を使いながらも彼女は囚われの身であることに変わりなかった。
いや、それほどの術を使わなければ彼女は今までに出品された奴隷同様非道な扱いを受けていたことだろう。
スカーレットが舌打ちしたくなるほどの奴隷達と同様の扱いを。
情報の収集と分析を完了したリリーさん5歳は彼女の完璧に近いまやかしの術をもろに受けてしまっているスカーレットを再起動すべく一瞬で編まれた対抗魔術を展開する。
こうして囚われの吸血鬼とリリーさん5歳は邂逅を果たした。




