スカーレットさんは一昨年の今頃も平常運転
スカーレットは思っていた。
異世界に転生したというのに大冒険もハーレムも逆ハーレムも奴隷もなかった。
浮浪児から始まった新しい人生に於いてそれらを求めることはかなりのハードモードであったと理解しているが、それでも異世界に転生したという事実からそういったものに憧れたことがなかったとは言わない。
冒険者ギルドという存在や魔物やダンジョン、さらには魔術といった超常現象が存在するが故に。
しかして彼女は1つの転機を迎え、エリアーナ・ラ・クリストフと出会い、地獄のメイド学校を無事生きて卒業することができた。
後の彼女は生前の夢の1つである書籍化を見事成し遂げ、さらにはリリーさん5歳と共に今度こそ憧れを現実のものに出来そうな世界へとやってくることができた。
さてそんな2人はというと――
「リリアンヌお嬢様、爆撃でドラゴンを倒してしまうのはどうかと。しかもその辺に落ちてる木っ端で作った鳥というのは」
「でもあの巨体に接近戦はどうかと思います」
「為せば成る、ですよ」
「リスクマネジメントは大切です」
次元間移動魔術の暴発により別の世界へとやってきてしまったリリーさん5歳とスカーレットは最初の街から数えて5番目の街でドラゴンを無事討伐完了していた。
その際の手段が高高度を飛行するドラゴンを爆撃木鳥にて奇襲し、地面に叩き落してさらに死ぬまで間断なく爆撃を加えるという超安全策だった。
爆撃木鳥を操るリリーさん5歳はもちろん数十km単位で距離を取っていたので異常に鋭敏な察知能力を持つドラゴンですら察知することが困難であった。
スカーレットは地獄のメイド学校を無事卒業し、クリストフ家でもトップクラスの戦力を保有する人物でもある。
しかし卒業後の進路は恩人であり、自身の雇い主であるエリアーナの専属メイドであったため基本的に戦闘のせの字も見えない環境であった。
故にドラゴンと戦って見たかった。
自分の力がどこまで通用するのか、とかそんなことではなく……なぜ戦うのか? そこにドラゴンがいるからさ、的な感じではあったが。
もっといえば次の話に使えるんじゃないか、と。
しかしリスクは最小限がモットーのリリーさん5歳によりその目論見は脆くも崩れ去っていた。
しかしだからといってリリーさん5歳の意向を無視して行動するのはスカーレット的にちょっとなーな感じである。
なぜならスカーレット的にリリーさん5歳が主人公だから。
地獄のメイド学校卒業生は自身を主人公に置くという思考を完全に削除されている。
なぜならメイドとは主のために存在するからだ。
そのため徐々に徐々に冒険者ギルドのランクを上げ、ドラゴンにまで漕ぎ着けたのだが結果は超々遠距離からの爆撃であった。
スカーレットがちょっと不満を漏らしてもいいかもしれない。
しかし薬草採取から始まったクエストですらリリーさん5歳は自身の手を汚すどころかほぼ街から出ることなく完遂している。
それは最初だけに留まらず、その後全てのクエストでも同様であったのだからスカーレットもいい加減わかってもよかったのかもしれない。
リリーさん5歳は絶対にリスクを犯さない。
街から街への移動手段すら重力操作で一切の振動を排除し、周囲に防御魔術を幾重にも張り巡らせ、幻術で外見どころか周囲の映像を落とし込み迷彩効果を作っていたほどの念の入れようだったのだ。
スカーレットはいい加減わかってもよかった。
異世界に来てもリリーさん5歳はリリーさん5歳なのだ、と。
まだまだ続くであろうこの異世界での生活において異世界冒険物よろしく大冒険や死闘を繰り広げることは不可能であると。
だがスカーレットはめげない。
「お嬢様、奴隷オークション楽しみですね」
「いらないと思うんだけど……奴隷」
「くふふ」
自身が戦うことは叶わなかったが、奴隷購入費という面においてドラゴン討伐は成功といえる。
そんなスカーレットの美少女奴隷or美少年奴隷ゲット計画は大詰めを迎えようとしていた。
「そろそろ帰りたいなぁ……」
奴隷オークションまであと16時間!
リリーさん5歳の明日はどっちだ!




