《接近遭遇》
「……何してんだ、アレ?」
果たして、アスパーンもまた、そういう感想を述べた。
パッと見、馬車にしがみつく男女と、暴れだす馬を押さえようとしつつも中々手を出せない男達の姿は、ちょっと楽しそうに見えないこともない。
手を振ってみたが、それどころではないのか、何の返答も無かった。
「とりあえず助けましょう? こっちの話もあっちの話もそれからよ」
シルファーンは馬を宥めようとする男たちが、こちらに気付いていながら無視する様に見えなくもない態度を取ることに不審を抱いているようで、密かに腰の剣に手を掛けながら馬車の方へ近づいていく。
アスパーンもまた、何となくただならぬ雰囲気を察しつつ、先ずは女性の方へ声を掛けることにする。
「済みませーん、どうしたんですかー?」
すると、女性は目を固く閉じ、馬車にしがみついたまま、叫んだ。
「この人たち強盗でーす! 助けてくださいー!!」
突然の、叫び。
しかも、救助要請。
「「え゛ーーーーーーっっ!?」」
シルファーンとアスパーンの声が、シンクロした。
事情こそさっぱり解らないが、ホントに大変な事になっていたらしい。
加えて、『強盗』と宣言された男達の方も何だかヤケに狼狽えている。
なるほど、相方が特に気にしていた、妙にこちらを無視するような態度だった理由は、そういうことなのか。
「アスパーン!」
「はい?」
「女の子を助けるわよ」
「いや、あの……」
――――『本当なの?』。
と、アスパーンが問いかけようとすると、シルファーンは無言で、馬車の上に居る男の方を指差す。
馬車の縁を掴んでバランスをとる左手、その反対側、空中で振り回してバランスをとる右手に握られているのは、見紛うことなく自分達の身近に存在する鋼色の物体――――ナイフだった。
単に『馬が暴れだした』という事情で見かけるような代物でもない。
(……刃物か!!)
そういう事であれば、確かに迷っている時間も惜しい。
万が一何かそれなりの事情が有るのなら、それは後から謝ることにしよう。
運んでいた果物の皮を剥こうとしていたとか、誰かの体が手綱に絡まったとか、そういうことも無いでもなさそうだったが、そうまでして馬車の女性の主張を否定するだけの要素も無かった。
(侭よ!)
アスパーンは荷物をその場に落とすと、猛然とダッシュを掛ける。
強盗と思しき男達の数は、視認出来ただけで四人。
馬の周りに二人、馬車の後方で何故か仰向けに転がっているのが一人、馬車の上に一人だ。
しかし、真っ先に攻撃を仕掛けるべき相手は当然、馬車の上の一人だった。
(この距離なら……)
アスパーンは、鎧の腿の部分、その外側に仕込んである投擲用のナイフを抜き取ると、馬車の上の男に投げつけた。
「うあ゛っ!!」
アスパーンの投げたナイフは男の右肘の辺りを掠め、馬車の上に居る男は手にしていたナイフを取り落とす。
取りあえず、それだけで幾分かの脅威は拭えた筈だ。
「こ、このっ!!」
馬車に向けて疾走するアスパーンに敵意を向けて、男達が懐から刃物を抜き出す。
どうやら、女性の言うことの方にそれなりの理が有るのは間違いなさそうだ。
アスパーンは速度を緩めず、腰に佩いた『長柄の長剣』を鞘ごと外した。
「わが友、大地の精霊たちよ、我が意に沿いて彼らを阻め!」
アスパーンの後方で、シルファーンが声を上げるのが聞こえる。
シルファーンが助力を求めている証拠だ。
――――直後。
シルファーンの声に答えるように馬車の周りに居た男達が次々と転倒する。
――――精霊魔術。
この世界を構成する理の一つ、精霊の存在を見ることの出来る者ならば、強盗(仮称)達の足元に悪戯をする大地の精霊の姿が見えることだろう。
彼らは術者の魔力という正当な対価さえ払えば、助力を約束してくれる存在だ。
「ま、魔術師がいやがるのか!?」
転んだ男たちが狼狽の声を上げる。
シルファーンは森妖精だ。
森妖精や風妖精などから人間に伝えられた精霊魔術を、本来の使い手たる森妖精のシルファーンが扱うのは当然のことだった。
アスパーンは相棒の助けに内心だけで感謝しつつ、すれ違いざまに転んでいる男達を踏みつけにし、一気に馬車の上へ駆け上がる。
そのまま勢いを利用して、ナイフが刺さったままで慌てふためいている馬上の男の顎に、長柄の長剣の柄で一撃を加えた。
シルファーンの援護が無ければ剣のリーチを利用するつもりだったが、そうするまでも無く圧倒できる相手だった。
「うぉおっ!? ゆ、揺れるっ!?」
考えてみれば、当たり前だ。
尤も、考えるだけの余裕などなかったが。
慌てて揺れる馬車から手綱を拾い上げると、馬を抑える。
「おいおいおい、落ち着けって!?」
アスパーンは最優先で馬を宥めた。
この暴れっぷりでは、敵も味方もなく、格闘どころではなかったから。
その間に逃亡を図ったのか、視界が完全に落ち着く頃には馬上にいた男の姿は視界の何処からもなくなっていた。
何となく蹴落としたような気もするし、落ちたのかも知れないし、もしかしたら逃げられたのかもしれないが。
些か衝撃的な出来事が重なりはしたが、兎にも角にも、自分達が遭難する事だけは避けられたようだった。
「……ふぅ」
息をついてから、下で強盗とやり合っている筈のシルファーンの姿を探す。
視線を巡らせ、見慣れたマントの端が視線に入る。
僅かに首を動かすと、相方は馬車の後方で剣を抜いて身構えていた。
(……良かった、無事そうだ。……でも何か、剣、抜いちゃってるけど)
恐らくは強盗を追い払う為に威嚇しただけだと思われるが、その動きからは実際に剣を交えて怪我を負っているような仕草も見受けられない。
現在の状況に対する正直な感想としては、まずは一息つきたいところだった。