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《閃く》


「……それじゃぁ、当たらないよ」

 アスパーンは『生み出す者』の拳を剣で迎撃しながら、タイミングを待っていた。

 今まで出会った『生み出す者』の傾向から言えば、こうしていればやがてその時は訪れる筈だった。

 『生み出す者』は、アスパーンが如何に生きる伝説の如く語られる『メリス家の直系』であるといえども、余裕を持って相手できる敵では決してない。

 現に、その一番厄介な攻撃たる『手』の攻撃を、アスパーンは幾つか躱し損ねて剣で受け流すような形になっている。

 決定的な一撃で倒せるほどの実力差が有れば良いのだが、恐らく、今のアスパーンでは一撃で相手を葬るほどの攻撃を放つ事は出来ないだろう。

(……隙自体は、結構あるんだけどなぁ)


 ――――で、あるが故に、待つ。


 決定的な攻撃を放つ事の出来る、より大きな隙を。

 或いは、一番恐れている事をされずに済むであろう、大きな変化を。

『ガァァアァッ!』

 咆哮と共に放たれる両拳の攻撃を、剣でいなす。

 その時に、『生み出す者』の動きに僅かな隙があることに気付いた。

 だが、決定的な隙ではない。

 何かを狙っているような、そんな感じ。

(何か……来る!)

 アスパーンは僅かに間合いを置いた。

 その瞬間。

 大きな骨を折ったときのような豪快な音を立て、『生み出す者』の全身に変化がおきた。

 先ず、それまで背負っていた羽が形を変え、通常の腕よりも長く、細い腕になった。

 そして、全身から、その腕の上から、鱗のように小さな、赤子のようなサイズの手が蠢きだしたのだ。

「げっ!?」

 あまりの見てくれの悪さに、アスパーンは思わず一歩退いた。

 魔族が普通でないのはよく知っているが、腕を増やした上に無数の手を生やすなど、先ず見た目的に気味が悪いことこの上ない。

 一見すれば全身からモップの毛のようなものが生えているようにも見えるが、よく見ればモップの毛にあたる部分の一本一本は紛れも無く『指』なのだ。

 攻撃が当たらない事に苛立たせようとしたのは自分だが、まさかここまでするとは思わなかった。

 背中の羽根を使って逃げられる事が一番イヤだったので、それとなく羽根の部分を狙っていたのは確かなのだが、これは少々予想外だった。

 ふと、視線を相棒シルファーンの方へ移すと、引きつった顔で涙目になっている。

(あー、そうだよなー)

 遠目から見ても相当気持ち悪いのだろう。

 気持ちは解るが、泣きたいのはそれを相手にしなければならないこちらの方である。

 もしかすると、こちらの攻撃を受けた際に何とかして剣を絡め取る算段なのかもしれないが、正直に言えば先ず、剣であっても触りたくもない。

 見た目で威嚇して追い込もうと考えてるのなら、或る意味で成功しているといえる。

(……やー、どうするかなー)

 取り敢えず、このままなら飛んで逃げる事はなさそうで安心した。

 見た目の気持ち悪さは正直言って最悪だったが。

『グァあ!』

 戸惑いを隠せないアスパーンに向けて、『生み出す者』が飛び掛ってくる。

 アスパーンはそれを交わそうと一歩横へ動くと、背中の腕が、アスパーンを捉えようと、交わした横合いから割って入った。

「っと!?」

 アスパーンはその一撃を何とか剣で受け、受け流す事を諦めて自ら後方へ跳ぶ。

 剣をへし折られては、今度は自分に攻撃の手段がなくなる。

 腕に生えた無数の『手』が、剣を絡め取ろうと刃先に触れ、その都度、溶岩が泡立つような音と共に焼かれていった。

(うぎゃー! きもちわるっ!!)

 吹き飛ばされながらそんな事を考えていたアスパーンの顔面に、今度は小さな手から魔弾が放たれる。

 魔弾は本来の手から放たれたものよりは遥かに小さいながらも、顔を中心に局所的に命中させれば十分威力を期待できる威力と速度を持っていた。

 アスパーンは辛くも、それらを払い、或いは躱しながら、その本質的な危険に冷や汗を掻いた。

 まさかこういう使い方をするとは思いも寄らなかった。

 豪腕の一撃を剣で受け止め、剣を掴んでくる手に振り回されつつ、こちらから剣を引っ手繰ろうとする『手』との力比べにかろうじて勝つ。

 しかし、それでも剣を手放さずに済んだだけで、地面に叩き付けられる事になるのは仕方がない。

「っっ! ……とぉっ!」

 遠心力で振り回され、勢いのついた『叩きつけ』の衝撃を受身を取って逃し、起き上がりつつ、追撃の蹴りを飛び跳ねて躱す。

 更には、全身に生えている小さな手が続々と放つ魔弾を、絶え間なく走って躱し続ける。

 まさかこんな副産物があろうとは思いもしなかったが、全身死角なく断続的に攻撃を放たれるのは些か厄介だった。

「ちょっと! アスパーン!」

 シルファーンがいかにも『気持ち悪いから早くしろ』という風にせき立てた。

 言われなくても解ってる。

 と言うより、自分もこの魔弾の連射は何とかしたい。

 魔族の放つ魔弾は、人間の魔術師が用いるそれとは異なり、詠唱無しで放たれる事から非常に厄介な攻撃だ。

 しかし、万事において死角のない攻撃というのは滅多に存在しない。

 逆に言えば、攻撃が発生する場所が手や口、或いは眼などに限定されているので、今まではその死角をつければ接近しやすかった。

 だが、これが全身に『発生点』があるとなれば、話は全く別だ。

 躱し損ねれば全身被弾、即命取りである。

「……じゃ、避けなきゃ良いんだろ!」

 アスパーンは剣に『気合』を込め、その場に踏みとどまると、剣で魔弾を『受け流す』。


 ――――武器を用いる上で大切な事というのは幾つも語られるが、この際、語られることを集約すれば、『自分の間合いに入る事』、『相手の間合いを殺す事』、『相手より先に攻撃を当てる事』の三点に尽きる。


 この中の三つ目。


 『相手より先に攻撃を当てる』為には、相手の攻撃を自分に当てさせない事が必要になってくる。

 剣という、『“扱いやすいが折れやすい武器”を用いて“相手の攻撃を防ぐ”為に、何をすれば良いか』という話になれば、結論は常に、『受け流す』。つまり、『捌く』という点に集約されるのだ。

「そのくらい!」

 特に、人ならざるものと闘い、それに勝ち残り、生き延びる事を前提とすれば、受け流すという事は剣を用いる物にとって基本にして最大の防御法だった。

 連射される魔弾を掻い潜るように受け流し、アスパーンはじりじりと前へ出る。

(でもこれじゃ、こっちの間合いに出来ないな……)

 飛んで逃げられる恐れがなくなったのだが、今度は隙の方がなくなってしまった。

 あの、剣を模したような爪や指を飛ばしたときに感じた『生み出す者』の外皮と骨の強度から考えて、一撃では難しい。

 あの気味の悪い『手』にも骨があるであろう、ということを考えれば、同じ場所に連続で叩き込めるくらいの隙が欲しかった。

(……人体に近い形とはいえ、仕留めるならやっぱりどこか切断するしか)

 人体ならば、重要な血管の有るところを切断すれば事足りる。

 大まかに言えば、脇、腿、首の三点だ。

 手首や足首にも太い血管が有るが、そこはどちらかと言えば相手の行動力を奪う為に切断する場所で、末端部分である為に止血も割と容易だったり、魔術による再結合が可能だったりするので致命的とまではいえない。

 だが、全身に体毛のように『手』が生えたこの状況で、既に足や腕を一本貰ったからといって、どれほどの効果が望めるだろうか。

(……となれば、やっぱり首か?)

 アスパーンは覚悟を決めると、先ずは思い切って懐へ飛び込んだ。

 この攻撃で何とかなるとは思っていない。

 自分が近付ける距離を確認するための正面突破だ。

「くっ!」

 予想通りというか、魔弾による攻撃の『密度』が格段に上がった。放射状に放たれている魔弾の中心に近づいたのだ、それは当たり前のことだ。

 可能な所まで近づいて、距離を確認し、離れる。

(……なるほど)

 それは、本体まで一足飛びで辿り付けるギリギリの距離だ。

 あの距離から一足飛びが出来る間だけ、相手の動きを止められれば、アスパーンの勝ちというわけだ。

(普通にしてたら、届かない。……何をすれば)

 自分の所持品を考える。

 短剣、はティルトに貸してしまった。

 後は、盗賊にも使った投げナイフは有るが、せいぜい四本か五本、迎撃を続けるにも数が足りないし、持ち替えて居る間に魔弾の数が増えるのがオチだ。

 結局、短剣でも投げナイフでも、手数が足りない。

(精霊魔術……か)

 シルファーンのフォローを受けるという手も有るが、先程一度使った手は通用しないかもしれないし、ティルトをフォローしたときに水袋を投げてしまったのだから、他の精霊に頼る事になる。

 本来、主に風と水の精霊を友とするシルファーンは、他の精霊に対する影響力はやや鈍い。

 加えて風の精霊は水の精霊に比べ、物理的な攻撃力としてはやや『軽い』。

(変に奴の視界に入って、あちらを狙われるのも困るか……)

 今のところ、『生み出す者』の攻撃はアスパーンの方へ向いていて、他の面々を攻撃する様子は無い。

 それは恐らく、魔術を放っても大きな効果の無かったカイウスを始め、他の面子を脅威と感じていないからであろう。

 だから、シルファーンのフォローを受ければ隙は作れるのだろうが、止めを刺し損ねた場合には『生み出す者』のターゲットは間違いなく彼らにも向くだろう。

 と、すれば、一回だけであろうが、フォローを受けるのはあくまで奥の手にしたい所だ。

(ティルトさんの力じゃ、歯牙にも掛けてない感じだし)

 狡猾で、知識も豊富な草原妖精。

 それに加えて、あの殺人技術。

 盗賊という人種の危険さを、初めて思い知った。

 ティルトならば攻撃を仕掛ける事はたやすいのだろうが、如何せん膂力が足りないのは既に先程証明済みだった。

(……それにしても)

 アレだけの知識。

 アレだけの経験。

 それを今まで何処で積んだのだろう。

(……ん? そういえば)

 そこまで考えて、ふと、思い出す。

 先程、ティルトに聞いた、あの話。

 そこに意外なヒントがあることに、今になってふと気付いた。

(アレ? ……これ、もしかして使えるかも)

 『一足飛び』までの時間を埋める鍵。

 それが、見つかった瞬間だった。

 アスパーンは一歩大きく退くと、右手で魔弾を捌きつつ左手で腰を探る。

 目的の物はキチンといつもの場所にあった。

(……これなら、れる)

 意表をついて、奥の手を使わずに、時間を稼げる。

 アスパーンはこれに勝負を掛ける胆を決めた。

 もう次の攻撃はない。

 その位の意気でやらなければ、失敗する。

 それは良く解っていた。


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「なぁ、やっぱり手を出さないわけにはいかないんじゃないか」

 カイウスが魔術の準備をしようと杖を構える。

 カイウスの言う通り、状況は完全に手詰まりだ。

 先程一回、アスパーンが大きく間合いを詰めたが、間断なく放たれる魔弾の勢いを捌ききれず、再び後退した。

 実際の所、アスパーンは上手く『生み出す者』の攻撃を捌いているのは、見ている誰もがわかる。

 寧ろ、それは驚異的な腕前で、芸術的ですらあるが、体力に限界がある以上、それがいつまでも持つわけが無いのは明らかだ。

 アスパーンは既にこの戦いにおいて大きな戦力であるのは明白だが、現状で彼は『生み出す者』に対して何処かで勝負を掛ける必要があり、そしてアスパーンが勝負に負けて、命を失うようなことが有れば、大きな戦力を失ったこの近辺はいよいよ魔族に蹂躙される恐れがある。

 そうなる前に、アスパーンのメリス家直系たる矜持はひとまず置いてもらって、全員で『生み出す者』を駆逐した方がより賢い選択なのは間違いない。

「……まぁ、もうちょっと待って。何かするみたいだし」

 恐らくカイウスの危惧と同じ事を思案するように、じっと戦況を見ていたシルファーンが、カイウスを静止する。

 アスパーンに対する信頼なのか、その態度は妙に堂々としていて、信頼なのか突き放しているのかすら判然としない。

「なぁ。アイツ、あれ、どうするつもりなんだ?」

 ティルトの目には既に手にしている物が見えていた。

「さぁ?」

 シルファーンにも同じ物が見えているようだったが、興味が無いのか、或いはアスパーンの意図か解っていて恍けているのか、首を傾げて疑問符を浮かべるばかりだ。

 いずれにしても、アスパーンが仕掛けるつもりの何かが失敗すれば、フォローに飛び出すのが良さそうだった。

「何するのか解らないが、それが失敗した時のフォローの準備はしておこうぜ、俺は目晦めくらましに飛び出すから」

「そうですね」

 ヘレンは聖印を握り締めると、『銀の月の女神ルーリエン』に加護を求める魔法の準備を始める。

「なら、僕はもう一度防御魔術を……」

 カイウスが杖を手に、防御魔術を準備し始めた。

 ティルトは借りたままの短剣を構えつつ、アスパーンが確認していた物を何に使うのか考えた。

(あんな物、どうする気だ……)


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「はぁぁぁぁっ!!」

 アスパーンは先ず、先程と同じように近付いた。

 可能な限りこちらの意図に気付かれないように実行を急いだつもりだが、気付かれようと気付かれまいと、始めてしまった今はもう、どうでも良いことだった。


 ――――こちらの意図に気付いた所で、奴には防ぎようがないから。


 こちらの意図に感づいているのか、それともこちらが手にしている物が何か解らずに警戒しているのか、四本の腕と無数の掌から放たれる無数の魔弾はより勢いを増しているようだった。

 だが、アスパーンも怯まない。

 『気合』を込めた剣で、先程測ったギリギリの距離まで近寄ると、そこから一瞬だけ剣を片手にし、『アレ』を手に取る。

「そらよっ!!」

 そしてそれを、『気合』を込めて思いっきり放り投げた。


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