《『生み出すもの』》
(やばいっ!!)
何者かによる突然の凶行に気付いたアスパーンは、反射的に藪から飛び出した。
ティルトたちの出発を確認するまでは特に、広場の連中に対するフォローの意味も有って、アスパーンも可能な限り気配を消しておく必要があったので、空中の動きを視界に入れていたのだが、悪いケースが実現してしまった。
しかも、かなり不意を突かれる形で。
(何が起こった!?)
僅かに確認できていたラミスの姿が急に統制を失ったのは解ったのだが、何が起こったのかまでは解らなかった。
反射的にアスパーンが判断できたのは、『このままでは、制御を失ったラミスの身体が広場の中央に落下し、地面と衝突する』という予測だけだった。
加えて、問題の落下点が魔族の群れの中と有っては、誰かが助けに行かなければラミスに生還の目は無いだろう。
――――否、行ったとしても無事に済むかどうかは解らない。
(それでも!)
行かないわけにはいかない。
最早、監視など二の次にせざるを得なかった。
アスパーンは周りに見えている魔族の反応を敢えて無視して、中央を一直線に走る。
幸いな事に、相手はアスパーンの存在に気付いておらず、咄嗟に対応できなかったらしい。ラミスの落ちてくると思われる地点までの間には、こちらに攻撃を仕掛けてくる者も、正面に立ちはだかっている者も居なかった。
それでも、アスパーンが走って間に合うのかは微妙なタイミングだった。
(……間に合うか!?)
間に合ったとしても、このままでは魔族の群れに突撃をかましているに等しいが、走る。
(受け止めて……突っ切れるか?)
いずれにしても、やるしかない。
――――その時。
不意に後ろから、藪を分ける音がした。
意を新たにし、足に力を込め、更に一層のダッシュを掛けたアスパーンの後ろから、誰かの気配が迫ってくる。
物凄い――――というか、人間の足じゃない。
「そのまま走れ! 肩借りんぞ!!」
軽快な、しかし忙しない走りで背後に迫る音の主はティルトだった。
恐らく、アスパーンと同じようにラミスの姿を見上げていて、この出来事を目撃していたのだろう。
二人が動き出したタイミングはそれほど違わない筈なのに、ティルトはアスパーンより後方に待機していた場所からアスパーンが待機していた場所までの数十歩をあっという間に詰めて見せた。
アスパーンは草原妖精特有の、正しく人知を超えた脚力に、賭ける事にする。
「跳べ!」
「おうっ!」
背後から、何かが跳ねた。
直後、アスパーンの肩に軽い感触。ティルトがアスパーンの肩を踏み台にして、大きく跳躍したのだ。
そして、アスパーンの視界の斜め上を、小柄な草原妖精が舞う。
「ラミス!」
狙い通りに風妖精の姿を捉えたティルトが、空中でラミスを出来るだけ柔らかく受け止めた。
――――だが当然、そこで話は終わらない。
ティルトの落下地点には、先程まで監視していた魔族の一匹が牙を剥き、鋭い指先をこちらに突き出すようにして、両手を揃えて構える。
直後、『グチャリ』と、粘着物を無理矢理煮沸したような嫌な音を立てて、突き出した指先から一瞬で爪が伸びると、人の腕ほどの長さまで伸びて癒着すると、剣のような形になった。
完全に迎撃体制だ。
「このっ!」
この距離で全力疾走しながらナイフを投げたとしても、当てる自信が無かった。
少なくとも、気を逸らせなければ意味が無い。
已む無く、アスパーンは腰に佩いていた剣を足の速度を緩めずに抜くと、そのまま突撃を敢行する。
「届けっ!」
アスパーンの突きは狙いを魔族の胴に定め、投げ出される寸前まで大きく伸びをして僅かでも気を逸らすべく放たれる。
しかし、アスパーンの意図も虚しく、ほんの数歩分の距離、間に合わない。
諦めかけた、その時。
「わが友、水の精霊よ! 我が意に沿いて彼の気を逸らせ!」
背後から声と共に、水の塊が猛スピードでアスパーンを追い越していった。
シルファーンの精霊魔術だ。
弓矢の一撃もかくや、というほどの速度で魔族に襲い掛かった水の塊が、魔族の側頭部に命中し、弾ける。
視界を奪われた魔族の爪は、寸でのところでティルトを捉える事に失敗した。
「ラッキー!」
逆に、ティルトは正面に立ちはだかった魔族をクッションにするように、跳び蹴りをかます。
魔族が悲鳴を上げながらたじろぐ間に、ティルトは着地していた。
「グギギッ!?」
「立て直しが!」
アスパーンは伸びきっていた剣を腰溜めに構え直し、身体ごとぶつかるように突進する。
「……遅いんだよっ!!」
一撃で相手を屠るための、渾身の一撃。
肉を引き裂いて潰す嫌な感触と音と共に、アスパーンの剣が魔族の身体を貫通した。
致命傷を負わされた魔族が、そのまま形を保てなくなり塵に帰っていく。
基本的にコレが、この世界に留まる事の出来なくなった魔族の末路だった。
「ギャォォッ!!」
仲間を殺されて逆上したらしい別の魔族が、アスパーンとティルトに襲い掛かる。
袈裟懸けに放たれたその爪の一撃を、アスパーンは軽く剣を払っていなす。
一方では、着地したティルトが、腰から抜いた短剣で、近くの魔族を狙っていた。
アスパーンが倒した魔族と同じように、長剣のようなサイズまで伸ばされた爪を躱し、そのすれ違い際に一撃を見舞う。
だが、ティルトが確かに与えた筈の刀傷は、その場で湯気を立て、直ぐに何事も無かったかのように修復されていった。
――――魔族は基本的に、魔力を込めた武器でないと傷付かない。
それが故に、再生してしまったのだ。
「くそっ!」
「グギャァッ!!」
向き直って悪態をついたティルトに、再び魔族が襲い掛かる。
「ちっ!」
ティルトは舌打ちしつつ、その一撃を躱す。
難なく躱したものの、複数の魔族に囲まれ、ティルト自身には攻撃の手段が無いという現実に代わりは無い。
それは圧倒的に不利ということだ。
アスパーンはその様子を確認し、腰の後ろに止めていたホルダーから短剣を取り出して、ティルトが相手をしている魔族の方へ投げつけた。
短剣は狙いを過たず、魔族の伸ばしていた腕を浅く裂いて、ティルトの直ぐ横にあった樹に刺さる。
「使って!」
ティルトは短剣が魔族の傷を修復しない事に驚いた表情を見せつつ、短剣を樹から引き抜いた。
「サンキュー、助かる!」
ティルトが、アスパーンに礼を言う。
「………………さて」
刹那、草原妖精の人懐っこい筈の瞳から好奇心の輝きが消え失せ、代わりに冷徹な鈍色の光が宿った。
(……?)
瞬間、アスパーンの脳裏に不吉な予感がよぎった。何か、得体のしれないモノ、例えば普段は底が見えないほどの深さの井戸、その底にある暗闇の中に何かを垣間見るかのような。
背中におこりを起こしたかのように生まれた、凍てつく感覚を、必死で抑える。
しかし、そこからが、圧巻だった。
「……死ね」
ティルトは腕を切り裂かれた魔族に向けてひと睨み入れると、一言、はっきりと、言い放つ。
そして、言い放った直後、ティルトの身体が視界から消えた。
――――否。
消えたように見えただけで、実際にはティルトの姿は既に魔族の横をすり抜けていた。
(速い!)
アスパーンは思わず目の前の敵を忘れて瞠目した。
いや、正確には『してしまった』。
そしてアスパーンが我に返った次の瞬間、魔族の首の側面には、バターの塊にナイフを入れたような、大きな傷が描かれていた。
正に、『一瞬』。
あまりのことに、アスパーンは再び、自分もまた魔族と対峙している事を忘れかけた。
「……おっと!?」
その間隙を突いた爪の一撃を、慌てて躱す。
躱し際に、膝当てで魔族の腹部に一撃くれると、剣の柄を叩き込んでうつ伏せに倒す。
そのまま剣をひっくり返して、人で言う頚椎に剣先を突き入れると、流石に魔族は塵と化して消えた。
ティルトがそれを確認して、こちらに近付いてくる。
「……やるじゃん!?」
「…………いえ、そちらこそ」
自分がやるかやらないかということよりも、ティルトの卓越した能力の方が気になって仕方なかった。
とはいえ、二人で三匹倒している間に、コレまで監視していた魔族達はこちらを取り囲むようにしている。
加えて、上空からはゆっくり、大型の魔族が降りてくる。
それらを放置して自分の疑問をぶつけているような時間はないようだった。
大型の魔族は、周りを囲んでいる奴らを一回り大きくしたような姿をしていて、その背中には、蝙蝠の様な羽が有る。
どうやら、ラミスの異変はあいつの所為らしい。
うっすら感じられる魔力の質も、他の奴と比べると相当禍々しい。
今のところ、あれが一番厄介なようにアスパーンには感じられた。
アスパーンは大型の魔族から視線を切らないように注意しつつ、ティルトに訊ねた。
「……ラミスさんは?」
「大丈夫、どうやら掠めただけみたいだ」
声がしない所を見ると、ラミスは気を失っているようだったが、死んではいないらしい。
ティルトが安心したように息を吐いた。
「やれやれ、すまねぇな。ウチの相方の所為で、なし崩し的に戦闘になっちまった」
「止めてください、僕にも責任はあります」
アスパーンはティルトの様子が冷静なのを確認して安堵した。
先程の冷徹な瞳といい、相当冷静さを欠いているのではないかと思っていたのだが、どうやら冷静なようだ。
相手は本来この世界の住人ではない魔族とはいえ、躊躇なく一撃で殺し、且つ顔色一つ変えないとは、頼もしいながら恐ろしい人である。
「出来れば、ヘレンさんに診て貰いたい所ですね……」
「……ここを抜けられたらな」
アスパーンの言葉を首肯しつつ、ティルトは皮肉げに答えた。
事情が事情とはいえ、味方は完全に二つに分断されてしまっていた。
アスパーンとティルト、そしてラミスの位置は、広場を斜めに突っ切った位置で、シルファーンとカイウス、ヘレンの居る位置まではおよそ五十歩と言った所だ。
広場の中心地と言える焚き火の位置はアスパーンから見て斜め左。
シルファーンたちは斜め右に居る。
だが、その間に五体ほどの魔族が居て、焚き火の前にはラミスを空中で叩いた例の魔族が悠然と構えている。
「……右手を突いて、あちらと合流しましょう。森側でやや手薄ですし、あちらがシルファーン一人じゃ拙い」
右手には、こちらから見て二体の魔族がこちらを向いていて、一体がシルファーン達の方を向いている。
そこを何とか突破したいところだ。
アスパーンが、魔族を挟んで奥のほうに居るシルファーンに目配せすると、その意図を正確に把握したらしいシルファーンが、後ろに居るであろうカイウスとヘレンに向けて、小声で何かを言った。
それから、シルファーンも腰の剣を抜いて、魔族を牽制しながら、ゆっくりこちらから見て右手の方へ移動し始める。
どうやら、目配せの意図は概ね伝わっているらしい。
「あっちの姉ちゃんにも、礼を言わないといけねぇな」
「生き残ってからですよ」
「当然」
ティルトはアスパーンが預けた短剣を、右手の平と甲の両側で器用にクルクルと回して、感触を確かめるように弄びながら、一歩前へ出る。
「いいか、俺が先に抜ける。道、開いてやっから、遅れるんじゃねぇぞ」
「え?」
「行くぞ!」
アスパーンの答を待たず、ティルトが走り出す。
アスパーンは慌てて追いかけた。
――――速い。
本当に速い。
突然の突進にも驚いたが、後ろから見ていて、ティルトの動作に一切の無駄が無い事にも驚かされた。
気を抜いたらアスパーンなど一瞬で置いていかれそうだ。
(合わせて三体だぞ?)
先程の手並みを見ても、ティルトが只者でない事くらいアスパーンにも解ってはいるが、それでもなお、信じがたい。
不意を突いて倒した三体とはワケが違うのだ。
しかし、それは結果的に、アスパーンの杞憂だった。
ティルトは、一体目の袈裟懸けに放った右腕の迎撃を、嘲笑うような身のこなしで斜めに体勢を入れ替えて躱し、魔族が腕を引く前に右手の健を切り裂く。
(巧い……!)
アスパーンはティルトの動きに感心しながらも、隙の出来た右腕の方へ走ると、がら空きになった首を刎ね飛ばした。
首級が一瞬先に塵に帰り、体躯は置いていかれた事を認識し忘れたように膝を突いて、それから散っていった。
その間にもティルトは、二体目の放った『魔術の矢』をまたも難なく躱し、そのまま突進。
『魔術の矢』を撃つ為に差し出した左手を魔族が戻すより速くその脇をすり抜けると、抜けた時には魔族の左のわき腹を切り裂いていた。
(……速すぎるって!)
アスパーンは一体目を倒した所為で遅れそうだったが、三体目は未だティルトに背を向けてシルファーンの方を向いていたので、そのまま二体目に走り寄る。
視線が一瞬、魔族と交わった瞬間に、ティルトの切り裂いたわき腹に向けて視線を放つ。
「ギッ!?」
傷を攻撃される事を恐れた魔族が、一瞬、動きを固くした。
「ハッ!」
その瞬間に、虚を突いて一直線に喉に突きを入れる。
アスパーンの一撃を防ごうと、魔族が右手を、剣を受け流すように差し上げた。
待っていた瞬間だった。
次の瞬間、アスパーンはすぐさま剣を引いて翻すと、がら空きになったティルトが傷付けたのと反対側の、右側の胴を大きく薙ぐ。
「グァァァッ!!」
人の物とは明らかに異なる、悲鳴が上がった。
魔族といえども、人に近い二足歩行の形を取る者であれば、身体的な構造は人間のそれに酷似する。
神経があれば、傷を負った時の動きは人のそれに似る。
右の脇腹に傷があれば、その傷が開く動きは反射的に嫌うものだ。
アスパーンはそのことをよく知っていた。
両手に握り締めた銀の長剣から、僅かに光が滲んだ。
「ハァッ!」
胴を薙ぐ返しで振るった、相手の左への一撃が、止めに魔族の首を刎ね飛ばし、魔族が塵と化す。
その頃にはティルトの背後からの攻撃を受けた三体目が、同じように塵と化していた。
(……何者なんだろう、あの人)
ティルトの背中に空恐ろしい物を感じながらも、アスパーンは広場の中心の方へ視線を移す。
約半数を一気に駆逐されたことで、彼らにとっては闖入者たるこちらの実力を悟ったのか、魔族は直ぐには攻撃を仕掛けてこないようだった。
自然と、間合いを確保しつつ、情勢がその場でのにらみ合いに変わり、それによって、ひとまず包囲から解放された他の面々が、ようやく合流できた。
「シスター、ラミスを頼めるか?」
「勿論です。こうなったのは私の所為でも有りますから」
ティルトが左手に抱いていたラミスを、ヘレンに託す。
考えてみれば、この人はラミスを抱いたままあんな離れ業をやってのけたのか。
その驚異的な実力に、改めて感心する。
「我が神性たる『銀の月の女神』よ、その御手に抱かれし者の傷を癒し、心には平安を齎し給え」
ヘレンは気を失っているラミスの様子を確認すると、神に捧げる聖句を唱え始めた。
ヘレンもどうやら、一部の司祭や神官がそうであるように、神に祈りを捧げる事で生物を癒す力を与えられているらしい。
左手にラミスの小さな体を抱いたヘレンが聖句と共に右手をラミスの体に押し当てると、その手の平から僅かに銀色の輝きが生まれてラミスの体に吸い込まれてゆく。
「……恐らく、ショックを受けたんだろう。魔族の中には傷付けた相手にショック症状を起こさせる者がいると聞いたことがある」
「でしょうね。外傷が大きくないから、恐らくは」
カイウスの分析に、シルファーンが頷いた。
「じゃぁ、頭を打って危ないとかじゃないんだな?」
ティルトは安堵したように、大きく息を吐く。
「……えぇ、そちらの方なら、恐らく大丈夫です」
祈りを捧げ終えたヘレンが、ティルトに答えた。
ラミスは未だ気を失っていたが、ヘレンの祈りによって神の癒しを与えられた今は、どちらかと言えば、穏やかに眠っているように見えた。
「じゃ、取り敢えずあっちを何とかしますか」
ティルトは俄然やる気を持ったようで、再び短剣を握りしめると、今度は両手の平と甲を使ってでクルクルと回転させる。
それからは、彼らの会話を背中に聞いて魔族に睨みを利かせていたアスパーンに他のメンバーが加わり、そのままゆっくりとした、隙の探り合いに突入した。
今現在、目に見える敵の総数は五体。
ラミスを襲った『羽根付き』一体と、それ以外が四体だ。
アスパーンは相手の僅かな動きも見逃さず、剣先を魔族の喉元に定めていた。
その時だった。
『おぉ……おまエ』
正面に居る『羽根付き』が、ゆっくりと言葉を発した。
「……アスパーン」
「解ってる」
シルファーンが心配そうに掛けた声に、アスパーンは応える。
どれが一番厄介か。
それは良く解っていた。
『羽付き』は、カイウスを指差すと、赤い瞳をギラリと輝かせ、にやりと笑った。
『おマえを……捜していタ。……異界のニセモノよ』
何かが混じっているような倍音は、魔族が本来の声帯を、『食った』人間を利用して作り変えている事の証。
だが、それだけでは本来、言語を『習得』するまでには至らない。知識を利用できることと、それを習得することとでは意味が違うからだ。
つまり、『羽根付き』から上がる言葉がこちらに聞き取れるのは、魔族が魔術を用いて『翻訳』の魔術を利用している証。
この魔族は、高度な魔術を用いる、上位の魔族なのだ。
「わ、私が、ニセモノだと!?」
ニセモノ呼ばわりされたカイウスは逆上気味に杖を構える。
激昂した上にいきなり攻撃を仕掛けなかったのは、恐怖ゆえか、それとも『羽根付き』の用いる魔術の高度さに気付いたからなのか。
「落ち着いて。この世界に居る魔族から見れば、私達は皆『異界の』人間で、貴方達魔術師は『あいつらのニセモノ』なの」
シルファーンがカイウスを制するように説明する。
カイウスが反論しない所を見ると、カイウスにしてもそれは思わず反応してしまったに過ぎないようだった。
『我らのニセもノ。おマエ達は、このオれを長いアイだアの小さなツボに閉じ込めた。だから、次に喰うのハお前ニする。お前達は、コの世界の人にしてはマナが大きいが、力は大した事が無い。祖コのようセいと同じく、おれにとっては丁度良いぇサだ』
「……なんだと!?」
『*****、せヰぜい怯エて居るが良い』
翻訳されない言葉が出てくると、魔族は凶暴な牙の生えた口を大きく開いて、嘲笑った。
醜悪な表情で嘲笑った魔族は、そのまま大きく後ろに跳躍すると、他の魔族を盾にするような位置に着地する。
そして、そのままの表情で神経を集中し始めた。
「何をする気だ……人に封じられていた魔族の分際で!」
逃亡を図るわけでなさそうな事に気付いたカイウスが、魔術を準備し始めた。
相手の足を止めるような魔術か、攻撃を仕掛ける術だろう。
「……アイツ、今『ツボに閉じ込めた』って言いましたね。……じゃぁ、自己申告によるとアイツが本命ってワケか……どう見てもあいつの方が壷より大きいけど」
「まぁ、磨くと魔神の出てくるランプが有るくらいだから、閉じ込める物の大きさはあんま関係ねぇんだろ」
「あぁ、なるほど。そうかもしれませんね」
「……何を暢気なこと言ってるの、この子は」
「まぁ、こっちから仕掛けるにしても、あの人の魔術が完成したタイミングの方が良いだろうからな」
シルファーンに叱られたアスパーンを庇ったのは、ティルトだ。
「先刻は助かったよ、姉ちゃん」
「……はぁ、それはどうも」
フランクな態度の草原妖精の軽口に、緊張感の無い態度を叱ろうとしたシルファーンも毒気を抜かれた。
「念のため、少し散開しておきましょう。爆発の魔術とかだと危ないし」
「……え? でも」
シルファーンはヘレンを促すと、僅かにカイウスから距離を離す。
魔術が先に完成したのは、カイウスだった。
「『エルフェ・バルト・エルバロス!
彷徨える煉獄の炎弾、舞い出でて爆炎と化せ!』
『神の腕に似せ 神威なる焔よ彼の者を打ち据えよ』
マナの炎よ、敵を打ち滅ぼせ!」
カイウスの杖の先から放たれた炎が、糸を引くように『羽根付き』へと迫ると、轟音と共に『羽根付き』を中心に爆発が起こった。
炎が空気を求めて暴れまわり、対流が生まれて僅かな風と熱気がこちらまで撫で付ける。
あまりの轟音と爆炎の熱気に、直接攻撃を受けていないアスパーンすら、僅かに目を細めて熱気を避ける。
この威力の魔術を扱えるのというのは、カイウスの魔術師としての技量は、思ったよりもずっと高いようだ。
「……凄い……これなら」
ヘレンも、アスパーンと同じように熱を避けながら呟く。
やがて、爆炎は収束し、後に残るのはその残骸だけか――――と、思われた。
――――が。
「……なんだそりゃ……」
ティルトが思わず呟く。
アスパーンは、思わず苦笑い。
シルファーンは緊張したように喉を鳴らした。
爆炎が消え去った後、そこにはほぼ無傷の『羽根付き』と、僅かに炎の傷を受けた二体の、それまで居た筈の四体の魔族を二回りも大きくしたような、新たな魔族が居たのだ。
「……『生み出す者』」
そこに起こっていた出来事を見ることが出来たアスパーンは、呟く。
『ホう、我を知るものがいルか』
『羽根付き』改め『生み出す者』は、意を得たように醜悪な顔に笑みを浮かべた。
「……どういう、ことだ?」
カイウスが荒く息をつき、駆け寄ったヘレンに方を借りながら訊ねる。
「とんだ大当たりです。……アイツは『仲間を呼んだ』んじゃなくて、『自分に似た姿の魔族を作った』んです」
「『作った』……だと!?」
事の大きさに気付いたカイウスが、驚愕のあまりヘレンに借りていた肩を離す。
「アイツは魔法が発動する寸前に、四体居た魔族を合体させて二体の魔族にした……魔法の攻撃に耐えられるように……」
「……それが……封印された原因か」
「恐らくは……手を下しかねたか、後の研究に生かすか、したかったんでしょう。……厄介な奴です」
――――『生み出す者』と呼ばれる魔族の種族が有る。
これらは、魔力を糧とする魔族においても原種と呼ばれる物の一つで、その特異性と危険性から上位魔族に認定される種族だ。
本体の強さは人間と同じようにマチマチでありながら、種族的な特徴として『マナを用いて別の形の生物を生み出す』という特殊能力を持つのだ。
マナの形質変化や物体化自体は、この世界の魔術師も普通に行っているのでさほど珍しくないのだが、『生み出す者』の得意な点は『生物を作り出すことも出来る』という点だ。
それをされると、魔力さえ存在すれば無限に手下を生み出されてしまうため、発見次第殲滅か排除をするべきであるとされていた。
恐らく、あの『生み出す者』を封印した人物は、何かの事情によって攻撃と殺傷による処分よりも『封印』による脅威の排除を選択したのだろう。
最低限の魔力を残した状態で『封印』を施し、自分以外のものを『生み出す』元になる一定量の魔力さえ扱わせなければ、この魔族は単体としての能力のみになる。
そうして『封印』した上で、何をするつもりだったのかは知らないが、『封印』が解けて相手をせざるを得なくなった身としては迷惑な話である。
アスパーンの知っている範囲では、今のように自由な状態の『生み出す者』は、高度なマナの結晶体でも有る有機体を操って別の生物に作り変えたり、目の前に居る個体の様に、自分に似た姿の物を作ったりする。
そして、そのように作られた者たちは、親に従う子の様に、『生み出す者』に従って本能のままに人を襲う傾向に有るのだ。
そこには、元の生き物の知識は吸収しているが、意思は全く介在しない。
生命の存在を冒涜するかの如き、おぞましい行いだ。
「アイツの場合は、あの『手』で相手を分解して、再構成するんでしょう……。そういう意味ではラミスさんは幸運でしたね……。まともに攻撃を受けていたら危なかったかもしれない……」
手や爪などで攻撃を受ければ、身体を分解されたり、別の生き物にされてしまう可能性も有ったが、ラミスは幸いな事に『生み出す者』の特殊能力の影響は受けずに済んだらしい。恐らくは的が小さかったために、『生み出す者』の攻撃はキチンとした形で命中しなかった――――ということなのだろうが、それはとても幸運なことだった。
「……の野郎!」
話を聞いたティルトが、一歩前へ出る。
相棒の存在を冒涜されそうになったことに対して、改めて怒りを感じたようだ。
先程と同様に、どこか空虚なようでありながら凄みを感じさせるティルトの前に、新たに生まれた二体の魔族が立ちはだかった。
一体ずつ吸収して結果的に二回りかそれ以上も大きくなった個体は、アスパーンから見ても巨人のように大きい。況や、小柄な草原妖精のティルトなら尚更だろう。
それでも尚、この草原妖精は退くつもりはないようだった。
最初はゆっくりと歩いて間合いを詰め、タイミングを計る。
そして、ある位置からは突然、再びあの神速の如き動きで間合いを詰めると、一瞬のうちに大きく跳んで、偽の巨人となった魔族の頚動脈を一刀の下に切り裂いて駆け抜ける。
だが、それまで必殺の威力を伴っていたその攻撃は、その首に浅く傷をつけただけに終わっていた。
「!?」
ティルトの動きが、一瞬驚愕に緊張するのがその背中から見て取れる。
「っ!」
アスパーンは小さく舌打ちすると、自分も走り出す。
あのままでは、ティルトは孤立してしまう。
「シルファーン!」
「わが友、風の精霊よ! 我が意に沿いて彼の姿をを隠せ!」
アスパーンの声を受けた直後、事態を察したシルファーンが精霊に声を掛ける。
三体の魔族に囲まれるような位置に入ってしまったティルトを救うべく、幻惑の魔術をかけたのだ。
森妖精の声を受けた風の精霊が、即座に三体の魔族の周りを飛び回ると、塵や埃で視界を奪われた魔族が僅かに怯んだ。
「『マニフェ・セルデ・カロ!
マナよ集まりて彼を守れ!』
『我が手により盾成して魔槍を打ち消せ』
マナの盾よ、現れ出でよ!」
ほぼ同時に、後方からカイウスが掛けてくれたと思われる防御の魔術がアスパーンを取り囲む。
薄く輝く光の盾が、魔術を感知すると反応して打ち消してくれる魔術だ。
ティルトに攻撃を受け、今、脇を抜けたティルトに向けて振り向こうかという所だった二体のうち一体が、アスパーンの接近に気付いて迎撃するべく爪を伸ばして振るう。
「……っせいっ!!」
アスパーンはその攻撃を見切って、速度を落として躱すと、完全に空振りしたところで、振り切った相手の腕の方から改めて踏み込んだ。
が、その攻撃は鈍い音と共に反対側の爪で受け止められる。
「ちっ!」
アスパーンは舌打ちしつつ、そのまま剣を取られないように、一度思い切り剣を引いた。
(今なら!)
相手の動きが完全に相手が攻撃態勢にないのを確認して、ティルトの方へ向いているもう一体の方へ動きを変える。
一方でティルトは、アスパーンの行動に気付いたのか、自分の方へ向いている一体の方へ体勢を変えて、大きく開かれている股下を潜り抜けていた。
置き土産とばかりに、足の健を切り裂きながら。
ティルトの攻撃で体を支えきれなくなり、足首から体勢が崩れた二体目のわき腹を、アスパーンの一撃が薙ぐ。
「無茶しないで下さいよ!」
「思ったよりかてぇぞ、あれ!!」
アスパーンとティルトは合流を果たすと、僅かに魔族から距離を離しながら思い思いに勝手な事を言った。
「そこは気合で何とか斬って下さい」
「何だよ気合って、お前の方こそ適当じゃねぇか」
「じゃぁ、短剣一本なんて無茶しないで下さい! 出来ないなら、僕らが何とかしますから!」
「『僕らが』って、お前何言ってんだ。あんなの相手に一人で」
「大丈夫です。シルファーンも居ますから」
アスパーンは、シルファーンの方を確認する。
視線の先のシルファーンが、呆れたように溜息をつくと、頷いた。
それを確認してから、アスパーンはティルトに話しかける。
「ティルトさん、貴方が凄い技量の持ち主なのは良く解ります。単純に筋力が足りないだけですよ。だから、今は邪魔しないで下さい。見てるこっちがハラハラするから」
「邪魔って!」
「だって、貴方は人間相手に訓練受けてる人でしょう? 魔族相手に出来なくたって、別に誰も文句言わないですよ」
已む無く、食い下がるティルトに、アスパーンは見て取れた事を言った。
アスパーンの目が正しければ、ティルトは恐らく、ただの盗賊ではなく、『人間相手に戦う訓練を受けた』盗賊だ。
しかも、どちらかといえば『人間を殺す』ための訓練を受けている。
間合いの作り方、飛び込むタイミング、攻撃する箇所、それらのどれをとっても、人間の急所という物を参考にし、知り尽くしている感が有る。
それは、仮に魔族が相手でも、この世界の生物に似たフォルムを持っているものであるならば十分に通用する。それこそ、先ほどアスパーンがそうだったように。
ただし、それは攻撃が相手に通用している間の話だ。
対魔族用の装備が十分でない状態や、単純にパワーの問題でダメージを加えられないのであれば、本当にそれは通用しないのだ。
「…………っ!」
どうやら図星だったのか、ティルトは驚愕の表情を見せ、言葉を捜すように視線を泳がせた。
それが所謂、肯定の意思表示になっていることは、アスパーンにも解った。
「残念ながら、ティルトさんの攻撃ではアイツに致命傷は与えられないみたいですし、ここは任せてください。ティルトさんはカイウスさんとヘレンさんをお願いします」
「……任せてくださいって。……お前の武器だって見たところ魔力は………………っ!?」
――――そう、魔力は込められていない。
「……込められて……ない」
魔族には魔力が込められた攻撃以外には効果がないにも拘らず。
アスパーンの武器は『魔力親和度が高い』といわれる銀の剣では有るが、魔力は込められていない。
先ほどティルトを助けに飛び込んでくる前にも、特に魔術を剣に付与するような支援らしき物を受けていたようにはティルトには見えなかっただろうし、実際そういう支援は受けていない。
魔力を持っているのは、先ほどティルトに貸し与え、今はティルトが使っている短剣一振りだけだ。
にも拘らず、実際にアスパーンは既にその剣で、何体もの魔族を塵へと帰している。
「……お前、一体何者なんだ?」
ティルトの口から、思わず疑問が出た。
ティルトはここに至って初めて、その極めて不審な事実に気付いたらしい。
魔力の込められた短剣を持っている。
魔族を倒す剣の技量を持っている。
魔族に対する知識を持っている。
それらは皆、『ザイアグロスの出身』だということで総て纏められていた。
だが、アスパーンの『それ』は、間違いなく『そういうことではない』。
そもそも、魔術による付与を与えられなければ、この剣では奴らを倒せないのだから。
アスパーンは微妙に何かを忘れていたような顔をすると、思い出したように答える。
「……ザイアグロスの人間なんです、僕は」
アスパーンはそう言い置いて、一人で前へ出た。
――――自分の中でスイッチが切り替わるのを感じた。
聞こえていた雑音の総てが消え去り、都合のいいくらい、周囲の状況が掴み取れる。
『場を支配する』というのが正確なのかどうかは解らないが、アスパーンは『その状況』をそう捉えた。
ゆっくりと前へ、一人で出てくるアスパーンに『生み出す者』は威嚇の声を上げる。
『おまエ……一人でナんだ』
巨人化した二体の魔族を盾にするように、赤い瞳をアスパーンに向ける。
「まぁ、仕方ないよな……知らなくても。……知る必要も無かったことだし」
ザイアグロスの人間。
ザイアグロス出身の人間の総称を指すわけではない。
アスパーンは、『ザイアグロスの人間』だ。
アスパーンは堂々と、或いは、おそらく、余人から見れば傲慢に見えるほどに堂々と、『生み出す者』の視線を正面から受け止めると、口を開いた。
「興味があるなら教えてやるけど、あまり意味なくない? ……どうせお前、死ぬんだし。えーっと……殺して良いんですよね、ヘレンさん?」
「え、……それは、出来るのなら」
問われたヘレンが、アスパーンの堂々とした態度に驚きながら答える。
「防御魔術も掛けてもらったし、数も減ったし、これなら何とかなると思います」
『人間ノ分際で、おれヲその武器でこロスつもりか』
「見てただろ、お前の作った奴は俺が殺した。それに、今ここに居るのはたった三体だ。アンタを入れて」
アスパーンは開いていた距離を一気に詰めると、先ほど攻撃を受け止められた方の魔族へ向け、改めて一撃を加える。
再びその一撃が、頑丈な爪に受け止められる……と、思った、その瞬間だった。
アスパーンの剣は、先ほど易々と止められた爪をあっさりと引き裂くと、そのまま腕を縦に切り裂いた。
『っ!?』
切り裂いたアスパーン本人と、シルファーン以外の誰もが、驚愕した。
その剣の威力も去ることながら、銀の剣には冴え冴えとした輝きが残光を残して満ちているのだ。
「アンタは封印されてて知らなかったかもしれないが」
アスパーンはそのまま更に一歩踏み込むと、一気に巨人の首を刈る。
刈り取られた首が、何が起きたのか認識する間もなく塵となって消えた。
「俺の故郷には、魔族と戦う人間が集まってる」
『キ……きさマ……!』
『生み出す者』が声を上げて、もう一体の魔族をけしかける。
最後の魔族は爪を剣のように伸ばして纏め、両腕を振るったが、アスパーンはそれを当たり前のように躱して、すれ違いざまに魔族の両の拳を斬り飛ばした。
斬り飛ばされた拳が、煙のように消える。
「グァッ!」
悲鳴を上げる間も有らばこそ、アスパーンはそのままの勢いで『生み出す者』を守る最後の魔族の首を刎ね飛ばした。
そうして、『生み出す者』を守る最後の一体も、そうしてあっけなく塵へと帰った。
「アンタみたいなのも一杯見たよ。こいつら、多分元は盗賊たちだったんだろ? 人間を基に作ったから、人間のサイズになった。そういうことだよな」
『とうぞクとカ言うのは知らん。群れてヰた奴ラを元にしたがな』
『生み出す者』は大きく一歩、後退すると、アスパーンに向けて声と同時に魔弾を放つ。
アスパーンはそれを見て、間合いを詰めるべく突進する。
カイウスの掛けた魔術の盾が、魔弾を感知して吸収し、霧散した。
その間に二の矢を用意した『生み出す者』は、突進するアスパーンに向けて二発目を放った。
『ばカが!』
「そうかもね」
だが、当たらない。
アスパーンは事も有ろうに、剣で魔弾を切り裂く。
銀色の残滓を残して振るわれた剣は、魔弾を切り裂くと一直線に『生み出す者』へ迫撃を敢行する。
裂かれた魔弾は二つに分かれて、一つは宙へ消え、一つは地を穿った。
アスパーンの剣は、そのまま『生み出す者』の指を一本、斬り落とした。
落とされた指が即座に塵に帰り、『生み出す者』は慌てて再び間合いを外す。
『キさまァ!』
「この世界で魔族と戦う為には、武器には魔力を込めなければならない」
それは最も基本的な、この世界での法則の一つ。
『魔力の込められていない武器では、魔族は傷付かない』。
傷付いても、即座に回復する。
「……けど、『これでアンタを攻撃できる』という事実が有れば、それで充分だろ?」
アスパーンは言葉と共にジリジリと間合いを詰めると、正面から一気に大きく踏み込んで、『生み出す者』の首を狙う。
『生み出す者』は反射的にそれを爪で受け止めようとして、途中で判断を変えて大きく退いた。
「ハァッ!!」
アスパーンは電光の様な足捌きと反射神経でその動きに追いすがると、そのまま下段から真っ直ぐ斬りかかった。
躱しきれなくなった『生み出す者』が、遂にその剣を受け止めざるを得なくなる。
剣状に変化させた爪が半ば以上斬り落とされた所で、アスパーンの剣が止まった。
『グゥツ!!』
「もうちょっとか……なっ!!」
アスパーンは爪に食い込んだ剣を気合と共に大きく引く。
魔力を凝縮させた爪が完全に切り飛ばされ、消滅する。
『キ……きサマぁぁぁっ!!』
激昂した『生み出す者』が叫びと共に低く唸った。




