《後手》
「……うーん、コイツぁ参った」
目の前のものを見て、ティルトが溜息をつく。
「……困りましたね」
蛍光塗料で木に印をつけながら、アスパーンは頷いた。
アンと一緒にメッチェの方へ行ったシルファーンが、連絡を済ませた後で合流する事になっているので、アスパーンがつけている目印は自分たちと同時に彼女への目印でもある。
「最悪のケースかも……」
ラミスが額に手を当てて項垂れる。
ヘレンとカイウスに至っては、あまりのことに声が出ていない。
森に入って半時ほど。
五人の目の前には、明らかに破壊された焼き物の破片が散らばっていた。
「……完全に後手に回っちまったな」
ティルトは乾燥して縮んだ足跡と、目の前に有る足跡の型を合わせて、間違いがないことを再度確認すると、腰に手を当ててアスパーンを見上げた。
「中身、何だったんでしょうね、結局」
「それはこれから探してみるしかねぇよ。……実は別の足跡が一つ、まだ続いてるんだ」
ティルトが示した部分を見ると、確かに足跡はこの先へ伸びておらず、代わりに違う足跡が一つ、繋がっていた。
(よくこんなの見分けるなぁ)
アスパーンも、万が一ティルトが見失った時のために、足跡の確認はしていたのだが、言われて再確認するまで気付かなかった。
だが、そういう話となれば、正体は解らないが、それがこの状態に関わっていることは間違いない。
「……中身を奪って、そのまま持って帰った、という事になるのですか?」
ヘレンが『ようやく』といった感じで口を開く。
ヘレンにしてみれば、それが数少ない希望的観測の一つだろう。
「その可能性も有る……。有る……けど、明らかに別人の足跡だ。……正直に言えば、今度の足跡は、人間のもんなのかがかなり疑わしい」
「……更に複数の何者かに奪われた、ってこと?」
ラミスが要領を得ないティルトの言葉に、更に疑問を投げかけた。
「いや……逆ですね」
言いながら、アスパーンは、壷の先にある足跡に気付いて、先にそちらを見ていた。
確かにティルトの言うとおり、明らかに別人の足跡だ。
――――否。
それは、『別人』というよりも、寧ろ……自分のよく知っているものの『それ』にかなり近い。
「複数にしては数が少なすぎる。そもそも、形が人間というよりも獣に近い。……そういう意味……ですよね?」
「……あぁ。こんなの初めて見たよ。獣の形に近いのに、足跡の数は人間のそれに近い……。見るのは初めてだが、聞いたことがあるだろ、そういうやつ」
半信半疑、といった具合ながら、ティルトが首肯する。
「……居ますね。壷から出てきそうな奴で、獣みたいな脚なのに二足歩行するヤツ」
逆に、アスパーンには確信があった。
これは『あれ』に良く似ている。
「言いたくないが先ず間違いねぇ。こりゃぁ、『魔族』だ」
ティルトの言葉と同時に、沈黙が訪れる。
「ど、……どうしましょう。このままでは一体何処で何が始まるか……」
ヘレンの表情からは、既に血の気が引いている。
青い顔をしながら、何か悪いことばかり考えてしまっているように見えた。
「あ、その……」
アスパーンが声を掛けるべきだと思って口を開こうとすると、ティルトと視線が合った。
ティルトの視線が充分に落ち着いていることを確認して、アスパーンはティルトに譲る事にする。
「まぁ、落ち着きなよ、シスター」
ティルトは溜息をつくと、慌てるシスター・ヘレンの二の腕を軽く叩く。
「少しでも良い方向に考えないとな。第一、まだ何か起こるって決まったわけじゃない。壷の中身が魔族だったことは仕方ないとして、例えば、『このまま追跡して、行き着いたらそのまま力尽きてました』とか、そういう可能性も有る。まぁ、可能性ばっか話しててもしょうがねぇから、結局は、この足跡の先を確認しないと、話にならねぇし」
「……そうですね。それには賛成です。仮に力尽きていなくても、行き先くらいは確認する必要があると思います。それで打てる手も増えてくるでしょうし」
ティルトの言葉をアスパーンも後押しするように、用意していたフォローを口にした。
何をするよりも先ず、モチベーションを保ったまま行方を確かめる事が先決には違いない。ここで皆揃って気落ちしている場合ではない。
「……は、はい。……そうですね。心配よりも先にする事がありますね」
ヘレンは二人から後押しを受けて、一人で悪いことを考えても仕方ないことに気付いたのか、一度深呼吸をした。
ヘレンのこういう、『『冷静に物事を運ぼうと努める姿勢』は見ていて非常に好感が持てる。
実際、こうなってしまったからには、パニックを最小限に抑えて、着実に情報の入手を優先した方が良いということも、理解してくれたようだ。
「では、仰る通りに、先ずは相手を探しましょう。足跡の先に居る、という事になるのでしょうが、気配を感じたら必ず一旦止まって、その場でいきなり攻撃はしないで下さい。危険ですから」
冷静さを取り戻したヘレンが、方針を決める。
アスパーンがそれに頷くと、隣でティルトとラミスも頷いた。
「アンタも、それで良いか?」
ティルトが訊ねると、カイウスはいまだやや慌ててはいたが、自らの責務を思い出したのか何とか頷いた。
「…………あぁ。中身がどうなったかは、僕としても知っておく必要がある」
危険な物かどうかについてはともかく、その行方については魔術師ギルドの人間として知っておきたい所なのだろう。
カイウスは、ティルトが改めて足跡を取る為に、別のシートを取り出そうとバックパックから道具を取り出すと、手元を灯りで照らして手伝い始めた。
カイウスの態度や行動は、予想していたよりもかなり冷静で、アスパーンは少し認識を改めた。
不足している部分は有るとはいえ、事実を受け止めて自分の利益になるように行動するだけの器量は持ち合わせているようだ。
「ナイスフォロー」
ラミスがティルトの肩からこちらに移って来て、アスパーンに耳打ちしてくる。
何だかくすぐったい。
あと、ラミスの場合、囁いていても、耳元にピンポイントで発生する所為か、聞こえてくる声がかなり大きい。
体のサイズが違うというのは、こういうことになるのかと、妙な所で納得してしまった。
「いえ、特にそういうことじゃないんですが……。言ってる事が正しいと思ったからそうしただけです」
新たな足型を直ぐに取り終わり、ティルトを先頭に先を探し始めた。他の面子に遅れないように、アスパーンも最後尾に付いて彼らの背中を追う。
状況が変化した事もあるが、自分が一番後ろを歩いた方が良さそうだからだ。
少なくとも、『必ず一旦止まる』と決めた以上、この探索において自分が役に立つとすれば、背後から突然襲撃を受けた時に他のメンバーを守る事だろう。
既に森の中であり、道が有るとはいえ、左右も暗い。背後や側面こそが、一番不安な部分だろう。
「そうね……ちょっと可哀想になることも有るわ」
「……?」
「あぁ、いえ、こっちのこと」
ラミスの今ひとつ要領を得ない発言に首を傾げる。
「……ちっ」
前方で、舌打ちが聞こえた。
メンバーの足が止まり、アスパーンもそれに合わせて足を止める。
どうやら何か有ったらしい。
アスパーンはティルトの視線の先を目で追ってみた。
(……左に入った?)
暫く先で獣道のような道に入って行ったらしく、アスパーンの視力で確認できるような足跡は途切れていた。
「……藪に入りやがったか……ちょっとこっち照らしてくれ」
ティルトは最後に見たらしき足型を見て、カイウスに声を掛ける。
「ああ。こっちだな?」
「そうそう」
カイウスが左に灯りを向けると、ティルトは数歩先にある枝が折れている場所を確認して、ヘレンの方を見た。
「こっちに入った。間違いない」
「……状況が変わっていますし、追えるところまで追わないと……いけませんね」
ヘレンが、他の人の意見を確認するように視線を巡らし、カイウスやラミスが無言で頷く。
アスパーンも当然、異論は無い。ヘレンの視線に合わせて頷いた。
「……追えそうですか?」
「……人間じゃなさそうなのが幸いしたな……。偽装でもなければ結構わかりやすく痕跡が残ってる。……コレなら十分追えらぁな」
ヘレンの言葉にティルトが頷く。どうやらその道のプロとして、偽装の可能性まで考えているらしい。
アスパーンはそこまでは考えていなかった。
と、いうより、考え付きもしなかった。
最初に会ったときには気付かなかったが、ティルトは盗賊として、相当の技量を持っている。それが今ならば良く解った。
それは恐らくは、『ティルトがそういう状況に置かれたら、偽装をする事も考える』という意味なのだ。
それゆえに、ティルトは多少迷ってもいるのだろう。
アスパーンならそんな事考えも付かない。
が、ティルトはプロであるが故に、それを考えてしまう。
その違いを、アスパーンは主張してみる事にした。
「……偽装は無いでしょう。『封印』から突然解放されて、今自分が何処にいるとも知れない状態の筈だ。そういう時は、人間だって、貴方のような本職の奴か、余程慎重な奴でない限り、偽装なんかしてる場合じゃないでしょうし」
「……そうか、そう言われればそういう物かもな……あんた達はどう思う?」
ティルトがほぼ初めて周りに意見を諮った事に、一瞬だけカイウスとヘレンは怯んだようだったが、問われて少し考えた末に結論は出たようだ。
「私も偽装は無いと思う。と、言うより、考えも付かなかった」
カイウスが控えめに答えると、ヘレンもそれを首肯する。
「私もです。……では、このまま追いかけましょう」
首肯した後、ヘレンはティルトに追跡の続行を伝えた。
「あいよ、了解」
ティルトはカンテラの灯りを探るように藪の奥へと向けると、痕跡を探し始めた。
「ナイスフォロー」
ラミスが再びアスパーンの耳元で囁く。
「……今度のは、ちゃんと狙って上手くいきました」
「うん、そうね。とてもナイス」
ラミスは何だか楽しそうに、息を漏らして笑った。
その息が耳の裏側に掛かって、何だかくすぐったかった。




