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《探索行》

 ―― 一時間後。


 ランタンに照らされる夜の街道は、昼間とはかなり趣が異なっていた。

 それでも、此処で、ごく最近、何かが有ったと言う事は、通りかかって見た誰もが判るだろう。

 剥き出しの土を深く抉る馬蹄の跡。

 僅かに散らばる何かの木片。

 踏み砕かれた幾つかの果物や、何かの残骸。

 辺りの風景などは暗くてよく確認できないが、そこは間違いなく、昼間アスパーンとシルファーンがアンを助けた場所だった。

「……どう見ても、七・八人は居た感じだな」

 ティルトが、苦々しく口を開く。

「……僕と、僕の相棒が居て、アンが馬車の上に居た分を除けば、多分そんな感じです。相手の数は四・五人だったと思いますから。僕が馬の制御をしながら御者代に居た奴を一人相手して、僕の相棒が後ろに回りました。ただ、そちらの人数の方が多かったみたいで、盗みを防ぐ事までは手が回らなかったみたいです」

 アスパーンは周囲を確認すると、馬車が有った場所の辺りで大体の配置を指し示す。

 ティルトは大雑把にその位置に視線を配って、頷く。

「……それで、そっちの魔術師の人から任された『壷』とやらを盗まれた、と。……厄介なこったな」

 言いながら、ティルトはランタンの窓を開け、小枝に灯を分けて自分のカンテラに火を入れる。

 アスパーンは草原妖精という種族を見たことが無いわけではなかったが、人間ほど見た目から年齢が判断できない妖精族ということで、念のため敬語を使うことにした。

 正確には、何か、時折なんだが妙に伝法調で、世間慣れしてる感じでもあったので、田舎者の自覚があるアスパーンは何だか少し気後れしていた。

「……済みません。初動が甘かった事は認めます」

 あの瞬間は、アンの命と自分たちの安全の方が優先で、荷物の事まで目が向いていなかった。

 よしんば、目が向いていたとしても事の重大さを知らないのではどうしようもない。

 それでも、盗まれているものが有る事くらいはアンに知らせておくべきだったろう。

 これは何も、アスパーンより先に気付いていた筈のシルファーンだけが悪いという話ではない。

 後で思い返して気付いたが、最初に確認したうちの一人が後ろにそっくり返っていたのは、何か荷物を抱えていたからだったのだろう。

 見てはいたが、危険と判断しなかったが故に放置し、そのまま最終的に報告を怠ったという事については叱責を受けて然るべきだ。

 だが、ティルトは直ぐに頭を振った。

「いや、別に甘くなんかねぇよ」

「そうね……寧ろ良くあなた達、怪我一つ無く済んだわね」

 ティルトの肩に乗っている、小人……風妖精のラミスが呆れたように頷く。

 風妖精という種族は初めて見たが、こちらも噂で耳にするイメージよりは随分と世慣れた感じを受ける人物である。

 その身長が、所謂『風の精霊』とほぼ同じというのも、また珍しい。

 アスパーン的には『はっきり目に見える風の精霊』といった感じだ。

「俺もそう思う。お前は悪くない。寧ろ、何の準備も無く、自分たちより人数の多い相手に良くやった。問題は、そんなもんを修道所のお譲ちゃん一人に任せっきりにした間抜けな魔術師の方だ」

「こら、間抜けとか言わないの!」

 ラミスが、ティルトを叱り付ける。

 小さい人が更に小さい人に叱られている……何だか妙な構図だ。

「はぁ……まぁ、ホントはこういうのに年齢とかあまり関係ないんでしょうけど……」

 アスパーンが苦笑していると、傍らに居たローブ姿の男がピクリと反応した。

 『間抜け』と言われた魔術師その人だ。

 アンに壷を預けた魔術師で、名をカイウスという。

「これでも僕は、ここに居る誰よりも頭脳明晰な人間だと思っているんだが」

 二十代半ばの、ローブを着た男は、手にした杖の先に神経質そうに、慎重に呟いた魔術で明かりを灯し、ティルトの方を睨みつけた。

 正直な所、アスパーンから見てもあまり優秀とは言い難い印象では有るが、それは黙っておく事にする。

 変にプライドの高いこの魔術師は、ルーベンの宿舎兼研究所で事情を説明している間はオロオロし、預けた後は修道所の責任だと言い張って此処に連れて来るまでも一苦労したのだ。

 一方の、ギルドで金に負けて手を貸してくれることになったティルトの方は完全に、そんな自分の都合優先のカイウスを馬鹿にしているように見えた。

 寧ろ、普通に生活していればカイウスの方がより一般的な反応なのだろうが、ティルトはそんな事を歯牙にもかけていない。

「『頭が良い』ということと『賢い』という事は全く別のもんだろ。それがお前さん見てるとよっく解る気がすんよ。お前ら魔術師は、偉そうに『賢者の学院』を名乗る割に、本当の賢者を育てるのには失敗してるみてぇだな。お前さん、都会育ちで家事とか自炊はした事無いクチだろ?」

 ティルトはあからさまな揶揄を向けると、カラカラと笑って見せた。

 家事や自炊というのは、意外にコツが必要で、手際よくこなすためには経験と手順の整理が必要な物の比喩だ。

 この場合は、『必要な知恵が総身に回りかねている』というくらいの意味だろう。

 しかし、今度はカイウスが意に介した様子もなく、胸を張って言い放った。

「食事の支度など、学術探求に比較すれば大した問題じゃない。下人の仕事だ」

 きっぱりと、しかも堂々と言い放ったその姿に、アスパーンとティルトは同時に溜息をついた。

 この話に関しては、ティルトと話が合いそうだ。

 明らかに『これはダメだ』と言いたげに眉根を寄せたティルトを見ながら、アスパーンもほぼ同じ感想を抱く。

(……多分、この人に期待しちゃいけないなぁ)

 カイウスの回答は、責任問題とかそういう事を横に置くにしても、質問の本質をあまりにも理解していない回答だった。

 少なくとも、ティルトの言いたい事の本質からは大きく逸れている。

 敢えて無視しているのだとすれば、それはそれで問題だが、この話題の本質にマトモに取り合う気が無いという時点で、どちらでも同じ事だろう。

「……もう怖いんで、笑えない冗談は良いです。今から足跡を探してもらっても、追いきれますか?」

 アスパーンは一息ついたのを見計らって、ティルトに問いかけた。

 傍らに居たカイウスがあからさまに憮然とした表情を見せたが、本当にどうでも良い。

 被害者を出さずに壷を回収するのが最優先だ。

 足跡を探すなどの痕跡を探す作業は、アスパーン自身も多少の心得が有ったが、灯りが有るとはいえ、この暗がりで足跡などの痕跡を辿って歩く自信は無かった。

 自分より本職のティルトが『探せない』と判断すれば、もうこの場に今の時間から行動を起こす事の出来る要素は無いだろう。

「傾けて転がしたような轍状の跡が残ってる」

 ティルトが片膝をついて地面の近くに視線を落とすと、馬車の進行方向から見て後方にうっすらと残されている、緩い円を描くような線を指差す。

 そして、付け加えるようにその前後に残された痕跡をなぞった。

「で、ほぼ間違い無くこれがツボとやらを持ち逃げした奴の足跡だ。だから、この道と足跡を辿る分には全く問題ないが、藪の中にでも入っちまうようならどうにもならないと思う。追える所まで追いかけるという方法も有るし……。ただ、明日にする場合でも追跡は早朝からだな。田舎とはいえ、他に誰か通れば足跡なんかそのうち消えちまうし。どうする、やるかい?」

 ティルトは難しい表情を浮かべて、五人目……すなわちヘレンの方を見上げた。

 カイウスへの説明も含めて、壷の納入元の方にはヘレンが同行している。

 加えて言えば、『町に居た所を見られたようだ』というアンの証言から、より危険度が高いと思われるこちらの方にアスパーンがついて来たといっても良い。

 魔術が絡まない、盗賊のような相手ならば、シルファーンよりもアスパーンの方が戦力的に意味が大きいからだ。

 仮に戦闘になるようでも、この程度の状態ならばアスパーンは夕方に出くわした程度の相手ならば遅れを取るつもりも、遅れを取る事も無い筈だった。

「……もしかしたら争いごとになるかもしれませんが、皆さんは大丈夫ですか?」

 ヘレンがやや俯きがちに、足跡から視線を外さずに訊ねる。

 ティルトは、ヘレンがやる気である事に溜息をついてから、覚悟を決めるように口を開いた。

「……俺たちは、自分が逃げ切るくらいなら何とかなるよ。迷惑掛けるつもりはない。アンタは?」

「夕方と同じくらいの技量の相手なら、何人相手でも問題ないと思います。囲むにしても一度に相手する人数には限りが有りますし。……まぁ、相手の戦術にも寄りますけど」

 話を振られて、アスパーンは冷静に答える。

 流石に、百人も居たり、剣と槍の二重体制だったり、沢山の弓で断続的に狙われたり、あまり極端に分断されたりというの事になるならば話が変わってくるが、得物が剣と同じかそれ以下のリーチの相手ならば、相手の方に怪我人が増えるだけだろう。

 まして、数人倒した時点で相手にそこまでの士気が残っているとは思えなかった。

 仮に戦闘になったとして、現実に可能性があることを恐れるのなら、一番困るのは、乱戦に持ち込まれてヘレンを守れなくなる事の方だ。

 ヘレンは一応戦闘になることを想定したのか、弓と短剣で武装しているが、短剣はともかく、弓は乱戦に強いとは言えない武装だ。

 身のこなしなど見ても多少の訓練を受けた事はあるのだろうが、一人二人ならともかく、囲まれるような状況になったら対応できないだろう。

 基本的にはヘレンのことは、自分でないにしても誰かが守ってやらなければならない。

「大した度胸だ。で、お前さんは?」

 アスパーンがヘレンの姿を確認して、そんな事を考えている間に、ティルトはカイウスに話を振っていた。

「冗談じゃない、こんな夜中に森に入るのか!?」

 或る意味期待を裏切らない反応で、ギルドの魔術師は一人で異を唱える。

「賊を捕まえる前に獣にでも襲われたらどうするんだ! 僕は嫌だぞ、そんな、有るか無いか分からない脅威の為に危険な目に遭うのは!」

 聞き飽きた言葉のオンパレードに、アスパーンは思わず頭を掻いた。

 『これ以上は時間の無駄だ、コイツは放って置いて僕らだけで行こう』と言ってやるべきかどうか。

「『有るか無いか分からない』からこそ、急いで対応しなければならないのです。それは何度も申し上げた筈です」

 ヘレンが何度目かになる説明を繰り返す。

 カイウスはこの説明に負ける形で、渋々ココまで来たのだが、自分に責任が有る事については納得していないようだった。

「それは解ってる。でも、僕らが危険を冒して今闘う必要があるのか? 手配をして、盗賊どもが動いた段階で捕まえる。それで十分じゃないか」

 実はその点では、カイウスの発言には一理ある。

 緊急に動きたいヘレンの意志は、ヘレン自身と修道所の信頼を可能な限り維持したいという都合に根差していて、『危険が無いのなら』という条件付きでは有るが、実は必ずしも、今すぐに対応しなければならない状況ではない。

 それでも動かなければならないのは、『相手が何なのか判らない』事が主な原因だが、実際に中身が『危険なものであるかそうでないか』についてもまだ五分の状況だからだ。

 事が『預けた相手の責任であって、自分には何の責任も無い』と思っているカイウスの都合からすれば、そこまで危険を冒すべき状況であるとは思えないのだろう。

 現場を確認して、誰かが持ち去った事は間違いないらしい。

 それを確認すれば、後は手配の動きを待って相手を捕まえれば良いというのは、カイウスにしてみれば当然の考えなのだろう。

 しかし、カイウスの考え方には、こちら――――特にヘレンが気にしている一つの可能性を完全に見落としているという事実があるが。

「『解っていない』状況であると言う事は、盗賊が無知であるが故に、中身を開ける『かも知れない』状況なんですよ、今は」

「まさか! 蓋が封印されてるんだぞ!?」

 ヘレンの言葉をカイウスが一蹴する。

 カイウスの言葉を受けて、ティルトが顔を上げてカイウスの方を見る。

「……魔法の『封印』のことか?」

 ティルトが確認するように訊く。

「そうだ! どんなことをしても壷の蓋は『開封』の魔術を知らない人間には開けられない!」

 魔術師は当たり前のように言って、ティルトを睨みつけた。

「あー、そのことなんだけどさー」

 だが、動じる理由はティルトには無いようだった。

「最初に聞いた時から思ってたんだけど、多分アンタの言うところの『封印』じゃ、あまり意味はないんじゃないかな」

 ティルトはつまらなさそうにカイウスを一瞥すると、丁度片膝を付いた状態で視線の先にあったアスパーンの腰の辺りに目を向ける。

「……ちょっと貸して」

 森を歩いていた時に枝を引っ掛けて、穴が開いてしまった水袋。ティルトが見ていたのは、そこのようだ。今は応急処置として、シルファーンが皮の当て布を縫ってくれた所だった。

 アスパーンは自分の持っている水袋を腰から外してティルトに渡すと、ティルトは正に、当て布をした部分に手を掛け、魔術師の目の前で剥がして見せた。

「あ゛っ!?」

 思わず悲鳴を上げてしまった。

 折角直したところなのに、突然なんという事をするのだ。

「うわっ! 何をするんだ!」

 チョロチョロと中から水が漏れ、カイウスは慌てて身を翻す。

 袋から漏れた水は徐々に勢いを失い、八割ほど残った所で完全に止まった。

(何でこんなことを……)

 思わず顔面蒼白になる。

 だが、同時に気付いた。

 ティルトが言わんとしていることに。

「こうすれば、壷の蓋に施された『封印』の魔術なんか関係ないだろ? 何処の誰にでも開けられる。アンタが壷を預けた時、壷を落とせば割れただろうし、こっちの修道所のヤツに預ける時も気付いて然るべき事だ。何せ、『その時までアンタが管理していた』んだからね」

 ティルトは敢えて強調するように、魔術師に穴の開いた袋を見せ付けた。

「……『抜き』って言うんだ。魔術の品物や財宝を欲しがる都会の奴らが良く使うやり方だよ。壷は『封印』済みって事で、素人や魔術師ギルドに、銀貨でも詰めて売りつけて、中身の本物の金銀財宝は別の故売屋なんかに売る……安い元手で儲けは二回ってワケ」

 ティルトは水袋をアスパーンに返すと、一応のように頭を下げた。

「いやー、悪ぃ悪ぃ。ちょーど良かったんで」

「……僕の都合はともかく、確かに丁度いい例ではありますね」

 アスパーンは内心だけ涙を流しながら堪える。

 『堪えろ、俺。後で見つかるまでに直しておけば大丈夫さ』と心の中で言い聞かせながら、『これで誰もが危険性を認識した事になるはずだ』と信じて。

「フン、魔術師ギルドがそんな小細工にかかるものか! 大体、中身に魔力があるかどうかなど、調べれば直ぐに解ることだ」

 カイウスがティルトの意見を否定するように食って掛かる。

「貧乏学生を雇って、中に詰める銀貨に、『魔力付与』を掛けさせるんだ。思いっきり長時間持つようにな。お前も仲間に誘われた事ないのか?」

 なるほど、それなら魔術師ギルドの目を誤魔化すことも可能だろう。

 アスパーンやシルファーンの剣もそうだが、銀は魔力との親和性が高く、効果が持続しやすい。

 通常の鋼や鉄に掛けた魔術と、銀に掛けた魔術では実に四十パーセントも効果時間が違うと聞いたこともある。

「…………そんな事をする馬鹿な知り合いは居ないな」

 だが、カイウスは否定する。

 少々何かを感じさせる否定の仕方ではあるが。

「あ、やっぱり友達居ないんだ」

 ティルトが思いっきり違和感の核心を突いた。

(あー……)

 ティルトは今、多分、言ってはいけないことを言ったような気がする。

「ふざけるな、魔術師の本分は探求だ! 必ずしも同志は必要ない! だから必要としない限り、足の引っ張り合いになるような協調をしなかっただけだ!」

 しかも、どうやら図星だったらしい。

(…………どうしよう、これ)

 そんなやり取りを斜めに見ながら、アスパーンは自分の水袋をさめざめと眺めた。

 怒っても元には戻らない。

 自分にそう言い聞かせつつ、アスパーンは水に濡れないように穴を外側に向けて腰に戻す。

 幸い、上手く上側の半分だけ剥がしたらしく、押さえるだけで多少マシになった感じだ。

 そして、その間にもティルトは付け加えた。

「……『お宝を手に入れた盗賊が、中身が気になって一人でこっそり開けてみる』なんて話は、何処に居ても普通に聞くことだし、子供の頃にやった覚えが有るだろ、キャンディーの瓶の蓋が固くて開けられない子供だって、飴玉欲しさに瓶を割る方を選ぶんだ。お宝に見えるものを目の前にすれば、盗賊は間違いなく『壷を割る』ことを選ぶだろうぜ。これでも、アンタには何の責任もないと言い張るのなら、別に止めないから帰って寝てろよ。あと何日アンタがそのベッドで眠れるかは保証しないけどな。万が一、壷の中身が凶暴な魔力生物なら町が無くなるかもしれねぇし、そうでなくても町の人間にこの事実が伝われば、町や『同志』達のところどころか、『学院』でもアンタの居場所は無くなるだろうぜ」

「ぐっ……!」

 言い淀んだ所に、ヘレンが訊ねる。

「……つまり、今まで『封印』が解除されていなかったのは」

「『偶々子供や盗賊の目にも触れない場所にあったから』っていう可能性が高い。どーせこの魔術師にしたところで、何となく発見した危険かもしれないものを、その……シスター・ヘレンの修道所に厄介払いしようとしただけだろ?」

 ティルトは懐から何か取り出すと、カンテラの火で軽く焙る。

 それからアスパーンの水袋に手を伸ばすと、皮を剥がしてしまった部分に塗りつけた。

「樹液だ。毒性はないから安心してくれ。応急程度だが接着剤代わりになる」

「あ、済みません」

「いーっていーって。ホント、悪かったな」

 ティルトは接着剤の付いた手をヒラヒラ振ると、自分の水で軽く洗い流してから手ぬぐいでゴシゴシと拭いた。

「まぁ、どちらにしても俺たち先に行くからな。帰るにしても一人で帰ってくれ。万が一帰りに襲われても、俺たち責任は取れねぇけど」

「誰も帰るなんて言ってない! さっさと行くぞ」

 虚仮にされたのが余程悔しかったのか、カイウスは先を行くように歩き始めた。

「足跡を追うのに、アンタが先に行ってどうすんだよ。まず足型を取るからちょっと待ってろ」

 言いながらティルトは肩を竦めて、背中のサックから木枠に塗られたゼリー状の物を取り出す。

 恐らくそれで足型を取るのだろう。

「ったく、素人さんは何でも簡単にいくと思ってるからいけねぇ」

ティルトは足型を取りながら、アスパーンとヘレンの方に人好きのしそうな顔で明るく笑った。

 アスパーンはティルトに微笑を返すと、ヘレンと視線を交わす。

 ヘレンはほっとしたように息をついてから、軽くティルトの背中に頭を下げた。

 ティルトの背中越しにそれを見ていたラミスが、ヒラヒラと愛らしく手を振る。

『よかったね』ということらしい。

 何となく、手の振り方が先程のティルトに似ている。

 一緒に居ると、仕草というものは似てくるものなのだろうか。

 アスパーンはラミスにも微笑を返してから、再び表情を引き締めた。

 アスパーンもまた、森の奥にまで入る気は無くとも、相手の様子を少しでも探れる場所までは行くつもりになっていた。

 そして、それは恐らく、ティルトやラミス、そしてヘレンも同じようなつもりで居るのだ。

 言葉にせずとも、それが確認できたような気がした。

(……それにしても)

 折角シルファーンが修繕した所にまた穴を開けたなんてばれたら、多分……いや、ほぼ間違いなく後で怒られる。

 『これは気付かれないうちに自分で縫い直しておこう』とアスパーンは心に決めた。

 確かに『良い例』だったとはいえ、これはこれで或る意味、死活問題なのである。


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