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《妖精たち、ルーベンにて》

 ――――草原妖精という種族が居る。


 その名の通り、草原に生き、風と大地の恩恵を受けながら人と交わって生きる種族で、精霊の世界を旅立った風と大地の精霊が交わった者の子孫といわれている。

 痩身矮躯ながら手の平と足の大きさは人と同じくらいで、総じて器用で脚が速く、演奏なども非常に器用にこなす。

 その身軽さや俊足でもって大陸を遍く見聞して回るものも多い好奇心旺盛な種族で、町に入って配達夫や工夫、船乗りなどをするものも居る。

 同時に、人間に比べて頭より体が先に動くタイプの者が多く、傾向として『習うより慣れろ』、『当たって砕けろ』、『壊れそうな橋は壊れる前に走って渡れ』といったタイプが多い。

 そんな性質も相俟って、モラルに乏しいものは時に盗賊に身を落とすことも有る。

 ティルトという草原妖精もまた、そんな技能『も』持つ流浪の身であった。

「……参ったなー」

 酒樽を斜めに倒して転がしながら、溜息を一つ。

「自業自得でしょ」

 そして、呆れたような嘆息も、一つ。

 ティルトの肩の辺りから聞こえるその声は、人の頭ほどの背丈をした女性だった。

 世間一般に、『妖精』といわれれば、先ずはコレをイメージするであろう『美少女の人形に透明な羽を添えたような姿』。

 この種族は『風妖精』と呼ばれており、一般的に人間に比べてマイノリティである妖精種族の中でも一際少数種族なのであった。

 女性しか存在せず、生殖活動は行わず、生まれる時には特殊な場所に秘匿されている『妖精の樹』から生まれるという伝説を持つこの種族は、純正の風の性を持つ。

 ラミスというこの風妖精は、ティルトのお目付け役として故郷から共に旅してきた。

 因みに、年齢不詳ではあるが、実はラミスの方がかなり年上である。

 下手をすると、ティルト本人どころかティルトの曾祖母よりも年上なのだが、ティルトは自らの命惜しさもあって決してそのことは口にしないようにしていた。

「大体、いつも通りに真っ当に稼げば良いのに、フラフラと盗みを働こうとするからいけないのよ」

「いや、落し物を拾おうとしただけだって」

「アンタのそれは信用できないわ、アタシ」

 ラミスが明らかに半眼を向けた。

 ついてない。

 立ち寄った町や村で歌や踊りを披露しては旅を続け、今回は小遣い稼ぎに配達の仕事を引き受けてこの町に立ち寄り、ついでに演奏で一稼ぎしていたティルトとラミスだったが、酔っ払った客が財布を置いて帰ろうとした所を偶々見てしまい、つい、届けてやろう(主観)と手を伸ばしたところをルーベンの盗賊ギルドに見咎められたのだ。

 見つかるとはつまらない事をした。

 本来、町の中で『そういうこと』をするには、町の親分である『ギルド』に一声掛けて鼻薬を嗅がせなければならないのだが、ティルトは旅暮らしなどしているくらいだから、当然金は無い。

 故に、そんなルールは知った事ではない、単なる誤解だと言ったのだが、聞き入れてはもらえなかった。

 世に言う、『おうおう、俺たちの縄張りで勝手な事してくれるじゃねぇか』というやつだ。

 下手をすれば首が胴体から飛ぶことになる。

 まぁ、確かに多少身に覚えはあったし、見るものが見れば、ティルトにそれなりの心得があることくらいはバレバレだったろうから、それについては仕方ない。

 で、今現在は見逃してもらう代わりに、ギルド直営の酒場でただ働き中というわけだ。

 因みに、何とか交渉してバイト代替わりに上納金は勘弁してもらう事になったので、もう数日くらいはココで働いて元を取らなければ本当に骨折り損になってしまう。

「三日も働けばもう良いよな? 普通」

「ティルトが良くてもこっちの親分はそう思ってないでしょうね」

 逃げ出そうかと考えているのは、少なくともラミスにはお見通しらしい。

「もー、飽きた! この町もうイヤ!」

「アンタねぇ。身から出た錆じゃない」

「……おーい小僧! それなら良い話があるぞ」

 ティルトが樽の縁をバンバンと叩いて癇癪を起こしていると、勝手口から顔を出した酒場のマスターが声を掛けてきた。

 この酒場のマスターは盗賊ギルドと繋がりがある元盗賊で、ギルドからティルトを監視する役も兼ねている。

 今までにも何人も、ティルトのような『その場働き』をしようとした奴を使ってきたらしい。

 こういう場合、ギルド絡みで発生した厄介事を押し付けて、懲罰代わりに働かせるというのもまた、常だった。

「引き受けてくれりゃ、解決し次第、お前さんは解放してやって構わないそうだ。どうする?」

「ホント!? やるやる! 何だってやっちゃう!」

 ティルトにとっては、渡りに船だ。

 こんな仕事から解放されるなら、自分が痛くない程度の用事なら何でもしたいところだった。

「ちょっと、先にどんな話かくらい聞きなさいよ」

「アイタタタタタタ!!」

 ラミスがティルトの耳を引っ張って大声で騒いだため、耳がキンキンする。

「耳がキンキンして聞こえないだろうが!?」

「反対の耳で聞きなさい」

「はは、相変わらず仲良いな、お前ら」

 マスターは二人の様子を何故か疲れたような顔で返す。

 毎日聞かされれば飽きてくるやり取りであろう事など、残念ながらティルトには考え付かなかった。

「うーん……ここで話しても大差はないんだが、誤解があると拙いんでな。依頼人とジェノスさんからきちんと聞いたほうが良いだろ。行こうか」

 マスターは少し考えた後、幹部の名前を出してティルトを手招きした。

 ジェノスというのが、ティルトの身柄を預かっている幹部の名前だ。

「おう、勿論!」

 ティルトは即答して、マスターの後に続く。

「……厄介ごと押し付けられる方がマシだなんて、アンタどういう神経してんの……」

 肩の辺りでラミスがまた一つ、溜息をついたが、ティルトは敢えて聞こえない振りをする事にした。




 ――――数分後。


 ティルトが通された部屋の先には、ジェノスの他に、先客が居た。

 男と女。

 どちらも人間だ。

 風体は見るからに、シスターと剣士といった感じだ。

 だが、二人一緒に行動している割に、その仕草ややり取りに一歩引いた感じを見受けるところから察するに、どちらか依頼人で、もう片方は協力者ないしは道案内といった所だろう。

 二人ともまだ若いが、特に男の方はこの部屋に居る人間の中でも特に若い。

 『少年の域を出ていない』どころか、『少年になったばかり』のようにすら見える。

「おう、よく来たな。……シスター・ヘレン、コイツに同行させる。坊主、こちらはシスター・ヘレン。この町から少し離れた所にある、修道所の代表者で、敬虔で有能なシスター様だ」

「はじめまして、ヘレン・シェルダンと申します。よろしくお願いします」

 ヘレンと紹介された女は、少し照れたようにジェノスを見ると、ティルトに向かって軽く頭を下げて手を差し出す。

「どうも。ティルトと言います。こっちは相棒のラミス。よろしく」

 ティルトは手に関しては特に気にせず、挨拶だけ済ませる。

「こら、そんな失礼な! す、済みませんシスター」

 ラミスが頭を下げつつ、ティルトの手を取って強引にシスターの手に握らせた。

 ティルトはあまり握手が好きではない。

 握手しただけで相手の関節を取ったり、極めたりすることが出来る人間は山ほど居るし、片手が塞がることで隙を作りたい場面でもない。

 とはいっても、ほんの数秒触れたシスター・ヘレンの掌はそういった危険さとはかけ離れた柔らかさであったが。

「いいえ、お気に触ったなら申し訳ありません。……それで、こちらの方は、私の方で偶然ご縁が有った旅の方で、アスパーンさんと言います」

「……えーと、よろしくお願いします」

 アスパーンと紹介された男の方は、やや照れくさそうに頭を下げ、まるでそうする事に戸惑っているように手を差し出す。

(……素人か?)

「ん……」

 正直な所、少年を剣士だと思った手前、ティルトもまた躊躇ったものの、ラミスが怒るので仕方なく少年の手を握り返した。

 その瞬間、ティルトの背中を走ったのは、とてつもない違和感だった。

 それを更に形容するのならば、『不均衡』。

 それが目の前に、形になって現れたような違和感だ。

 ティルトが思わず鼻梁を寄せると、目の前の少年は困ったように手を離した。

「……済みません、痛かったですか? あまり握手する習慣がなくて……」

「……いや、そういうわけじゃない」

 ティルトは答えながら、ジェノスの方へ視線を移した。

 思うところは有るが、勘違いかもしれないし、そろそろ仕事の説明も欲しい。

「……で、どういう仕事なの?」

「あぁ、実はちょっと込み入った話でな……。壷を一個、探して来て欲しいんだ」

「壷?」

「魔術で何かが封印されている、壷なのです」

 ティルトの疑問に口を挟んだのは、ヘレンだった。

「……『何か』って?」

「何なのかは、わからん」

「『わからん』って……それじゃ危険度も解らないじゃない」

 ラミスが要領を得ないと言う風に、声を上げる。

 ラミスじゃないが、ティルトも同感だった。

 奥の方で、アスパーンが苦笑いしていたが、取り敢えず置く事にする。

「そうだ。だからこそ、お前の出番ってワケ」

「うわ、実も蓋も無い」

「お前なら、何か有ってもこちらの懐は痛まないからな」

 幹部がアハハと笑う。

 ティルトとしては冗談じゃないが、盗賊ギルドとしては本音だろう。

「魔術師からの依頼で移動してる途中で、賊に盗まれたらしい。町の者ではなさそうだが、この町で目をつけられたらしいことを聞いたらしい。念のため、ギルドとしてはそっちにも手を広げて調べなきゃならん。そこで、こっちはお前の出番だ」

 ジェノスは僅かに『その筋』の人間の目を覗かせつつ、ティルトの肩を叩く。

「この数日を見ていると、お前は特に妙な背後関係もなさそうだし、腕もそこそこ立ちそうだ。逆に、町にお前みたいな通りすがりが居ると、こういう時はギルド員の中から余計な声が上がるかも知れん。それを避けるためにも、受けてもらいたい話なんだ」

 確かに、話を聞いていると、『余計な声が上がる』という部分に関してはジェノスの言う通りであった。

 ごく簡単に言えば、ティルトが問題の『賊』の間諜なのではないかと言う声が上がりかねないという意味だ。

 危険度が解らないにも拘らず仕事を振るというのは、自分の懐が痛まないからに他ならないが、『通りすがり』の可能性が高いティルトの身を案じてくれたという部分も人情としてはあるのだろう。

「うーん……でも、なぁ……」

 ティルトは決めかねていた。

 何だか思っていたよりも重大な局面だ。

 何より、壷の中身が判らないというのが非常に大きい。

 うっかり魔神でも入ってたら、一巻の終わりだ。

 一方の客人二人は、少々戸惑っているようだった。

 無理も無い。

 急ぎの仕事に宛がわれるにしては、ティルトは少々素性のはっきりしない存在だし、万が一壷の中身がホントに魔神のようなものならと思えば、一刻を争う。

 まぁ、それはティルトの知ったことじゃないが。

「あー、失礼。こいつは正確にはウチの人間じゃなくてな。ちょっと前から訳有って預かってるんだが、丁度あんた達が言ってるほうを歩いてきたそうだから、道に不案内って事もない。様子を見るに腕の方はまぁまぁなんで、丁度いいと思ってな」

「……厄介払いってわけかよ」

 客人に説明する幹部に、思わずティルトは呟く。

「なに、お前の仕事はこれからこの二人を手伝って、荷馬車が襲われた場所から足跡を辿るなり何なりして、盗んだ奴らのアジトまで御案内する事だ。で、壷を取り返して俺に報告してくれれば、晴れて放免ってわけだ」

「……なーんか、きな臭い感じなんだよなぁ……それ」

 壷の中身の危険性ははっきりしないわ、今からだと深夜労働だわ、あまり良い部分は無いような気がする。

 無駄な時間も惜しいが、無駄な深夜労働も惜しい。

 利益と厄介事、半々と言った感じだ。

「でもティルト。この人たち、こんな時間から町の外に出ようって事は、結構焦ってるんじゃない?アンタがごねるとこの人たち『盗賊に盗まれた何が入ってるか判らない』ようなもの探すのに、余計に時間かかるのよ? それは、色々と良くないわよ」

 ティルトが考え込んでいると、ラミスが耳打ちしてきた。

 そう言われればそうだし、頭の中にそういう状況も加味してはいるが、それはティルトの事情には関係ないのも事実だ。

「別にそっちのどっちかが行っても良いじゃん」

「俺たちはお前みたいなのを監視すんのに忙しいからな。……行ってくれれば幾らか給料に色つけて、何割か先渡ししてやっても良いぞ」

 ジェノスは奥の手を出すように、ついでのようにポツリと付け足した。

「マジで!? 幾ら!?」

 旅暮らしなどしてる都合上、現金には弱いティルトである。

 反射的に、迷いの天秤が一気に『依頼受諾』に傾いた。

「……規約通りの日銭に加えて、一〇〇シルバー出そう」

「……一〇〇か……どうすっかな……」

 賊に盗られた経緯まで考えれば、決して高い金額ではない。

 だが、解放されるまでは自腹で暮らさなければならなかったので、金は多く貰えるに越した事は無かった。

 ラミスは人の事を試すようにしぶーい目を向けてくるし、シスターはシスターで、縋る様な感じで神に祈りを捧げている。

 ティルトが依頼を受けてくれなくても事態が良い方向へ向かいますように、という意味なのだろうが、ぶっちゃけ『依頼を受けなければ呪います』という態度に見えて仕方ない。

「あー、畜生。行きゃ良いんだろ!」

 ティルトは結局、金に負けた。



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