《修道所の晩餐》
予想外、とでも言うべきだろうか。
夕食に出された品々は、修道所と言う場所柄、誰もが抱くイメージからは少々逸脱していた。
肉に関しては鶏肉がメインで、スープにソテーにと無駄なく利用されている辺りは、『流石は修道所』という感じだったが、デザートにフルーツまで食卓に並んでいれば、所謂修道院などにありがちな『粗食』イコール『スープとパンだけ』のイメージからはかなりかけ離れている。
「意外でしたか?」
目の前に並ぶ品々を少々訝しげに眺めていた事に気付いたのか、ヘレンは微笑を浮かべながら訊ねた。
「えぇ、実はちょっと。元々僕らはイレギュラーな客ですし、頂けるだけ有り難いと思っていました」
アスパーンは遠慮する気も失せて、正直に説明する。
「大地の恵みに感謝しながら戴くのが私共の信仰なので、飽食にならない限りは適度に戴くことにしているんです」
『今日はたまたま買出しの日だったと言うことも有るのですけれどね』と付け加えると、二人を部屋の端にあるテーブルに誘導する。
なるほど。買出しに行く日というのが決まっているのなら、食材にゆとりの出るその日の夕飯が多少豪華になるのは自然の流れでもあるだろうし、それを楽しみにする者も出てくるはずだ。
そうなれば、『食い扶持が増えたので粗食にしなければ』と言って、彼らの楽しみを奪うのも問題があるのだろう。
「……お二人の席はこちらでお願いします。本当なら、身内の恩人を末席に座らせるのはマナー違反だとは思うのですが、なにぶん急だったものできちんとした用意も出来ず、あいている席も此処しかなくて」
ヘレンはそう説明すると、全員が席に着くのを待つように促す。
アスパーン達はヘレンの誘導に従って席に着く。
「そんな、十分ですよ。さっきも言いましたが、突然お邪魔して泊めていただけるわけですから。文句なんてありません、えぇ」
アスパーンは思わず恐縮して頭を下げた。
ヘレンは何を思っているのか、その様子に僅かに笑みを返した。
「そう言って頂けると助かります。では、空腹とは思いますが全員が揃うまで、暫くお待ち頂けますか。修道所ですので、食前に神に祈りを捧げるのです」
なるほど、そこは流石に修道所。
この教会の『銀の月の女神』信仰というのは、あまり頑なでなく、柔軟かつ自然に恵みを敬う類の物らしい。
「……なるほど、お祈りですね。でも、聖句を読み上げるんですよね?」
実際の所、実家でも食前の祈りはあったのだが、その祈りを捧げる相手は『銀の月の女神』ではなく『大地の豊穣の女神』だった。
アスパーンのように特定の神を信仰していなかった者や特に信仰を持たない家庭は、食前の祈りは大抵『大地の豊穣の女神』に祈りを捧げるのが一般的だ。
『大地の豊穣の女神』以外の神に食事への祈りを捧げるとなると、その聖句については、全くアスパーンの持っている知識の範疇に無かった。
「えぇ。ですが、お二人はお客様ですし、特に聖句を捧げていただく必要はありません。お付き合いいただければ、神もまたお二人に恵みを下さるかも知れませんが、どうなさいます?」
その口ぶりからはヘレンが柔軟なのか『銀の月の女神』が柔軟なのかは窺えないが、ヘレンは特に全員揃って同じ祈りを捧げることに拘泥してはいないようだ。
「……まぁ、ソレについては手を組んで、目を閉じる程度にしておきます。とちっても恥ずかしいですし……それでいいよね?」
「うん。私もそうしておく」
シルファーンに確認すると、やけに真剣な表情で頷く。
アスパーンの危惧は彼女にとっても心配していたことであったらしい。
二人の出身地は多神教をそのまま奉じる場所で、食事の時は『大地の豊穣の女神』に祈り、剣の稽古をする時には『創造と戦の神』に祈りを捧げるような感じの場所だ。アスパーン個人にしてみれば、どちらも『感謝』とか『おまじない』の類であって信仰するような物ではない。
神官や司祭が使うと言う神聖言語による魔術は見たことが有るが、農民でも鍛冶屋でもないためか、具体的に神に自らの信心を感謝するような機会を感じた事がない所為でも有るだろう。
『銀の月の女神』の聖句で祈りを捧げるこの修道所で、『大地の豊穣の女神』に祈りを捧げるのも問題あるだろうし、特に『大地の豊穣の女神』に固執するほどの信者と言うわけでもない二人には、そこが限界だった。
「そうですか。それでは、よろしくお願いします」
ヘレンは二人に一礼すると、自らも二人とは反対側のほうにある自分の席に着いた。
テーブルで空いた席に座るわけだから、当然飛び入りの二人は下座に当たるわけだが、事情があったとはいえ飛び入りでやってきたアスパーンに文句があるはずもない。
暫く夕飯を待って、静粛な空気が場を支配していた。
多少好奇の視線がこちらに向く事はあったが、シスター達には教育が行き届いているのか、はたまた今日の出来事が既に知れ渡っているのか、特に過剰な視線を浴びるような事もなく、二人は続々と席についていくシスター達をノンビリと待つことができた。
(……アレ? 何か、中々揃わないな)
ところが、少しばかり経ってみると、席が一つだけ、埋まらない。
「……アンが来てないみたい」
シルファーンが周りを見渡して、アスパーンに耳打ちする。
食事の配膳当番らしい者以外、十人余りが二列のテーブルに腰掛ける中で、確かに先程まで一緒に居たはずの少女の姿が見当たらなかった。
「……確かさっき、『荷物の確認をする』とか言ってたよね?」
視線こそ浴びないものの、遠巻きに観察されるような居心地の悪さを感じながら、アスパーンはシルファーンに返した。
居心地の悪さは、どうやらこの修道所にアスパーン以外の男性が居ないことに起因しているらしい。
家庭環境柄、大所帯に離れているアスパーンだったが、流石にそれが女性ばかりとなると、我知らずのうちに話が変わってくるようだ。
そんな内心の落ち着かなさを隠して、アスパーンはヘレンの様子を窺った。
ココでの『しきたり』が解らない以上、部外者としては責任者の動きを見守るくらいしか、することがない。
「なんだろうね?」
二人が好奇心からヘレンの様子を見守っていると、ヘレンもまた、この状況に疑問を持ったらしく、誰か別のシスターにアンを探しに行かせたようだった。
暫くすると、何やら困ったような様子のアンを連れ、先程のシスターが戻ってきた。
アンを傍らに待たせると、やや困ったような顔でヘレンに何かを耳打ちしている。
ヘレンはシスターの話をじっくりと聞いた後、溜息をつくと、アンの肩に触れて何か話しかけていた。
「……何話してるか、聞こえる?」
アンの妙に深刻そうな様子に疑問を覚えて、アスパーンはシルファーンに訊いてみた。
盗み聞きといえば聞こえが悪いが、常人よりも遥かに鋭い感覚を持つ森妖精のシルファーンなら何を言ってるか解るかな、という好奇心だ。
折角助かったアンの表情がかなり浮かないものである事も、好奇心の端っこにくっついていた。
シルファーンは僅かに困ったような表情を見せた後、横に頭を振る。
「流石に聞こえないわよ。聞こうとも思わないし」
「……確かに。そりゃそうだな」
会話の核心部分があまり他の人に聞こえないようにするために耳打ちをしているのだし。
その様子に少々疑問を持ったものの、その後ヘレンが直ぐにアンを席に着かせ、一度呼吸を入れてから皆に声を掛けた。
「食事の前に祈りを捧げましょう」
周囲はアンやヘレンの様子にややさざめいていたものの、ヘレンの言葉でピタリと静寂を取り戻した。
そして、そのまま呼吸を合わせて定番になっているらしい聖句を捧げ始める。
アスパーンとシルファーンも当然それに倣ったので、それ以上は追求できなかった。
因みに夕飯は、非常に美味しかった。
門前町になったら特産品にでも出来そうなほどに。




