901~910
901.
ほかほかと暖かいものが薔薇の体の周りにある。「人違いだよ」鶺鴒が優しく声をかけた。「なんかいるの?」「探し人がいるらしいよ…大人しいね、薔薇」「殴れないから」ほかほかしたものは暫く薔薇を取り巻いていたが、程なく離れた。「逃げないきみは、確かに探し人じゃないってさ」
902.
「あっ!」「えっ!?」「なに!?」「にゃ!?」珍しく鶺鴒が大声を上げたので、弟妹と伊庭もぎょっとして、鶺鴒の見ている方を見る。「転んだ」「何が?」「春一番」「はあ?」「転んだから、正確には春一番にはならなかった…今年は調子悪いみたいだ」三年前は靴が脱げたそうだ。
903.
「なんか今日、暑くない?」ぐったりとした口調で初夏のような薄着になった薔薇がフローリングでだれている。「そりゃあ…」「黙っておいた方がいいよ」「そうだな」折角のご先祖様の里帰り。好きなだけ子孫のまわりで過ごせばいい。ぶっちゃけ、見えてない妹を囮にしてるだけだけど。
904.
「鶺鴒、なんで死んだら生き返らないんだろうね」庭で大きな狐が死んでいた。毛皮は生きた年月を刻んでガサガサだが傷はない。舌をちょっと出して、一見すると寝ているようだ。「理由は単純だよ」薔薇は土を掘る手を止めて兄を見る。「生まれ変わるから、もうここにはいないんだよ」
905.
電車で座れたので、ついウトウト。薄く目を開くと赤い光が車内に満ちている。頬には暖かくもふもふした毛皮。毛皮?薔薇は顔を上げかけて、動きを止める。赤い光を背に反対側に座るヒト――背広を着て眼鏡をかけた鶏だ。そっと目を閉じ、暫くすると周りは人間だらけの満員電車だった。
906.
「ねえねえ鶺鴒、私、心あるのかな?」「急にどうしたんだよ」「なんでも見えるでしょ」「…見えないものもあるよ」「そうなんだ」「そうだよ。でも」「でも?」「薔薇にはちゃんと心があるよ」「見えないのになんで言えるの?」「目に見えなくても在るものはある。常識だろ」
907.
子鬼子狐子狸子河童その他妖の子ども達が防人家を訪れた。皆しくしく泣いている。鶺鴒が優しく問えば、昨日調子にのって嘘を吐きすぎ、山の神から「嘘を吐く子は鶺鴒様の妹に食べられちゃうよ」と怒られたという。「食べないよね?」「腹減ってたらいつでも喰う。」余計泣きました。
908.
真夜中のコンビニ、いつもの店員、いつものように夜食を買いに来た薔薇、そしてドーナツを物色している子狐。ちなみに二足歩行。ちらっと薔薇が店員を見ると、店員も曰く言い難い表情で薔薇を見返す。子狐はがま口の中身とドーナツとの間で葛藤中。とりあえず他に客が来ませんように。
909.
軒先にてるてる坊主がぶら下がっていた。子どもが描いたのか、満面の笑顔だ。顔描くと雨降っちゃうんじゃなかったっけ?と横目に見つつ隼は通り過ぎた。次の日てるてる坊主の笑顔が増えた。毎日ひとつずつ増え、少しずつ形相が変わっていく。明日の顔を見たくなくて、隼は道を変えた。
910.
火の球がガタガタブルブル震えていた。炎の真ん中に浮かぶ劇画調の顔も寒さに震えて、たぶん人間なら青褪めているのだろう。急に寒くなったし雪も降っている。鶺鴒はおもむろに火の球を両手でむんずと掴んで抱き抱えた。劇画調の顔が「あったかーい」と和む。お互いにね。




