081~090
081.
深夜双子と妹は連れだってコンビニへ行った。コンビニにつくと隼と薔薇は大量のお菓子を、鶺鴒は漫画を一冊持ってレジへ向かう。笑顔で応対していた店員が急に天井の一隅を見て凍りつく。弟妹も見上げるがなにも見えない。鶺鴒だけが店員と視線を交わし、眉根を寄せて頷き合った。
082.
朝、家を出ようとしたら、毛むくじゃらの足が、ずしんっと道路に降りてきた。道幅いっぱいの足には泥や草がついている。ぐわっと足が持ち上がり、土の塊や草が鶺鴒の頭上にばらばらと落ちてきた。鞄を頭の上に掲げて溜め息をつく。膝から上が雲間に消えている巨人の列はまだまだ続く。
083.
大切なものは目に見えないのだという。薔薇は兄を見上げる。鶺鴒の目は夜空の何かを追って、星空のように輝いている。「ねえ、鶺鴒にも見えないものある?」振り向いた兄は妹を夜の水底のような真っ黒な目で見つめて「見えないものは、見えてないからわかんないなあ」
084.
大切なものは目に見えないのだという。鶺鴒は妹を見つめる。薔薇の目は夜風に紛れて彼女の髪で遊ぶ小鬼と小さな竜神の姿は見えていない。くすくす楽しそうに笑う小さな妖たちは鶺鴒と目が合うと恐縮して逃げていく。夜風に靡く自分の髪にも見えざる何かは遊んでいるのだろうか。
085.
隼は夢を見た。異形の群れ。魑魅魍魎、妖どもが輪になって座り宴会をしている。輪の中に、人間の少年が混じって楽しそうに朱塗りの盃でなにか飲んでいる。少年と目があった。鶺鴒に瓜二つだった。が、兄ではないと思った。少年が微笑み、赤い唇が「正解」と囁いたところで目が覚めた。
086.
くたびれた中年の見本の様なおじさんが道でおろおろしていた。思わず薔薇が声をかけると、妻に炭酸飲料のジュースを買ってくるよう頼まれたがなくしたという。丁度未開封のペットボトルをあったので、あげますと渡すと「これで帰れる!」と、おじさんは雷光を放って天に昇っていった。
087.
うなじに生温かい吐息を感じた。反射的に振り返ろうとするのを、隣にいた鶺鴒が肩を掴んで制す。「振り向くな」と硬い表情で言うので、中途半端に首を兄に向けたまま固まった。ふと、兄の黒い目を見ると怯えた自分の顔が映る。肩に乗っている兄以外の手を見て、即座に目を閉じた。
088.
女性が悲鳴を上げて角を曲って駆けてきた。隼は危うくぶつかりかけ、間一髪避けた。女性は止まらず叫びながら走り抜け、高いヒールを履いた足首を捻って転び、転んだ勢いのまま立ち上がって駆け去った。呆然とする隼の頭上に、鶺鴒が「こら」と声をかけると笑い声が降ってきた。
089.
薔薇は耳が良い。丑三つ時に階下の人声で目が覚めた。家人でも泥棒にしても大勢過ぎる。二・三十人のざわめきなのだ。猫のようにそっとリビングへ行き、灯りをつけるが家具が並ぶばかりである。「空にキラキラお星様♪って歌詞の歌、知ってるか?」翌日、鶺鴒はのんびりと笑った。
090.
夏も終わりに近づきつつある中、双子と妹は祭に行った。弟妹は鶺鴒に食べ物と金魚十匹を預けて遊びに行った。鶺鴒は林檎飴を齧りながらひと気のない石段で荷物番。程なくして弟妹が戻ると焼きそばの替わりに笹の葉に包まれた焼き菓子、金魚の替わりに金色の雨蛙が兄と待っていた。