051~060
051.
隼が道を歩いていると、頭にどす黒い液体をぶちまけられた。それは人肌ぐらいの温さで、異常な匂いがした。悲鳴を上げたが、すぐに怒りに変わる。「なにしやがる!」怒鳴りながら振り仰ぐ。脇の古民家から突き出した古木の枝に小鬼のような生き物がいた。隼と同じ顔で笑っていた。
052.
前方を兄が歩いていた。不意に立ち止まり、草ぼうぼうの空地へ入り、すぐに出てきた。「何やってんの」駆け寄って聞くと手にはぼろぼろの文庫本。中身も泥が染みて読めたものではない。兄はいつものように微笑んで家へ持ち帰り、一冊分空いた本棚に置いた。翌日、本棚は一冊分空いていた。
053.
兄弟妹は並んで庭にしゃがんでいた。先の雨で柔らかくなった庭土。今は渇いているが、柔らかな土ははっきりとその痕跡を記録していた。三人の前に、裸足の足跡が刻まれていた。深さは30センチほど、人間に似ているが指が七本あり、庭のど真ん中にひとつだけ残されていた。
054.
鶺鴒が帰らない。陽はとっくに沈み、刻一刻と明日へ近付きつつある。今日は両親が不在でまだ騒ぎになっていないが、そろそろ大人に相談すべきか。探して貰う立場の隼唸っていると、台所で助けを求める情けない声とガタガタと音がする。妹を盾に覗くと、床下収納から兄が這い出てきた。
055.
蝉の声が耳につくようになってきた。少し前まで鶯のヘタッピな囀りが少しずつ綺麗になっていくのを聞いていたのに。きっと暑い暑いといっているうちに草叢から鈴の音が響くようになるのだろう。初夏のBGMを聞きながら鶺鴒は、庭の空中を泳いでいく金魚を眺めている。
056.
庭が荒らされる事件が頻発していた。当初は悪童の仕業と思われたが根を張った柿の木が倒され、番犬の秋田犬が重傷を負っているのが見つかり大騒ぎになった。そんな中、鶺鴒が森林公園で白蛇を掌に載せているのを薔薇は見た。その夜兄は泥だらけで帰宅し、翌日から庭荒しは止んだ。
057.
薔薇の茶碗がなくなった。箸やスプーンの類なら排水溝に落ちる事もあるが、茶碗はそうはいかない。首を傾げていると、とたとたと軽い足音が階上からした。同時に「危ない!」という鶺鴒の悲鳴、続いて階段を転がり落ちる音。駆け付けると兄が薔薇の茶碗を守るように抱え階段下で痛がっていた。
058.
家の中から鳥の声がする。声を頼りに静かに二階へ上がっていくと、兄と共用の自室のドアが開いていて、声はそこから聞こえる。まるで楽しく語らっているかのような、穏やかで賑やかな囀り。細心の注意で覗くと兄がベッド凭れていた。何色の鳥が彼の周りに憩っているのか、弟には見えない。
059.
隼は追われていた。何かは見えない。だが幼少時からの経験上狙われているのは分かる。息も絶え絶えに家の玄関に飛びこむ。鍵を閉めなくてはならないが、息が上がって動けない。頭上で鍵とチェーンのかかる音。見上げると、鶺鴒が真剣な顔でドアを睨んでいる。外から「畜生」と悪態が聞こえた。
060.
マンホールがガタンガタン鳴っている。下水が溢れてこようとしているのだろうか?いや、それ以上に危険な予感がする。丁度揃っていた兄弟妹はさっさと踵を返して逃げた。翌日、町内の何カ所かで下水が溢れていたとニュースになり、噂によると何かの足跡と尻尾の跡が残っていたという。