561~570
561.
ペットボトルのキャップがテーブルの下へ転がり落ちた。すぐに下を覗くが見当たらない。フローリングの床にはテーブルとイスしかない。隼は下に潜り込んで足の後ろを探すがない。立ち上がって少し離れた場所から見渡す。ない。諦めてイスに座ると、頭にぽとりとキャップが落ちてきた。
562.
鶺鴒が猫ぐらいの大きさの竜を抱えて居間に入ってきた。「どこで拾ったんだよソレ!?」「あ、絵本から逃げたヤツだ!」「どういうこと?!」「辰年が終わるのがイヤで逃げた、反省はしてないって」ぷいっと顔をそむける竜を抱いて炬燵に入り、絵本を広げる。もうすぐ帰る時間だ。
563.
薔薇は届いた年賀状を家族ごとに分けていた。職業柄父宛は枚数が多く、自分や兄たちのぶんはカラフルで賑やかだ。鶺鴒宛の年賀状の一枚が妙に厚みがある。紙ではなく、硬く滑らかでしかも裏面は白紙だったので不思議に思って見つめていると、赤い目がぱちっと開いて慌てて閉じた。
564.
「鏡餅って、いつになったら食べていいの?」一週間ぐらい断食していたかのような餓えた眼差しで餅を見つめる妹に、若干の恐怖を感じつつもとりあえず鶺鴒は1個ずつパックされた餅を焼いて出してやった。薔薇が餅を貪る間に目配せする。鏡餅に化けていた白い蛇が慌てて逃げていった。
565.
「返してきなさい!」「でも震えてたんだよ、寒いし」珍しく薔薇が鶺鴒に声を荒らげている。なんとなく予想がつくが「どうした?」と覗いてみた。玄関先、コートでくるまれぷるぷる震える子河童を抱きしめた兄が妹にめっちゃ怒られていた。「川に返してきなさい!」「寒いんだって川」
566.
隼と薔薇はスポーツ万能だ。テニスなど漫画の如き試合をする。対して鶺鴒は並より下ぐらい。だが羽子板だけは強い。鶺鴒との打ちあいは、どちらかが自主的に止めないかぎり延々続くのだ。とんでもない方向へ飛んでいってしまった羽根も風に流され、一歩も動かないまま羽根突きは続く。
567.
「いたぞ!」「捕まえろ!!」公園の茂みの中でドタバタと大騒ぎしている何かがいる。隼がひょいと覗き込むと、手足の生えたお椀や小鬼、一つ目玉のスライム状のやつなど様々な小さい妖が網で人魂を捕まえていた。「これで暖がとれる」「あったか~」今日は小寒。寒さが厳しくなる日。
568.
トースターで次々餅を焼く薔薇は、楽しそうにしつつも野獣のように警戒していた。鋭すぎる彼女の動体視力の片隅を小さなものがサッと駆け抜ける。鋭く舌打ちした薔薇は猫科の猛獣のように素早くきなこの乗った皿へ駆け寄る。餅がひとつ消え、粉の上に小さな足音が二筋ついていた。
569.
家に現れるモノドモは薔薇を恐れている。食べ物に手を出さなければ無視されるが、目立つと追いまわされるからだ。だが不思議なことに今日はやたらに妹の視界の端に飛び込んでは逃げるのを繰り返している。そっと鶺鴒が「何してるの?」と訊くと「逃走中ごっこ」優勝賞品は餅だそうだ。
570.
不快そうな人々の視線の先、酔って赤ら顔の男が道端の花束を踏み荒らしていた。交通事故の犠牲者に手向けられた白菊。花を踏み躙っていた男が急に消えた。くぐもった悲鳴。落ちたぞと周囲から声が上がる。薔薇は見ていた。彼の足元のマンホールが青白い手でぐいっと開かれたのを。




