041~050
041.
道を曲がると、少し先に鶺鴒がいた。いつものようにポケットに手を入れ、陰気な空気を纏って道路を見ている。隼が声をかけるより一瞬早く振り向いた兄は例の微笑。「今日は遠回りしよう」有無を言わさず弟の腕を掴んで引き返す。首だけ振り向くと砂場用の玩具の熊手がぽつりと落ちていた。
042.
鶺鴒が帰ると、隼と薔薇が喧嘩していた。事情を聞くと、お互いに髪を引っ張られたり突かれたり抓られたりしたと憤る。「「ほらまた引っ張った!」」兄に訴えていた弟妹が同時に声を荒らげ、凍りついた。頬杖ついた兄はいつものように微笑んで「三年ぐらい前から、そうだよ」
043.
鶺鴒が冷房で腹を壊した。毎年のことだ。薔薇がぬるくなった緑茶を持って部屋へ行くと、直接風が当たらぬよう冷房と扇風機の角度を調節し、鶺鴒は毛布に包まって青褪めていた。その枕元に、見た事もない綺麗な花や瑞々しい果物が見舞い品のように置かれているのも毎年のことだ。
044.
隼は夜中トイレに起きた。冷たいものの飲み過ぎかなと思いつつ、暗い廊下に出る。突き当りの角から、掃除機が「ひょっこり」という感じで見えた。思わず立ち止まる。するとさっと引っ込み軽い車輪の音が響いた。ダッシュで角へ行くといつも掃除機を仕舞う戸棚が閉まる瞬間だった。
045.
河川敷を通りかかると鶺鴒がいた。夕陽で赤く染まる川面に石を放って遊んでいる。暗い奴…と思いつつ見ていて、違和感を覚えた。鶺鴒が手の中の平たい石を放る。ぽちゃんっと水音がする。もう一度ちゃぷっと水音。兄の手の中には濡れた平たい石。兄の笑声と一緒に川面で泡が弾ける。
046.
隼は涼を求めていつも通らない通りに入った。もう一時間以上歩いているが、木々が両側から迫る小路が終わらない。前方に見慣れた街と夕焼け。日没までになんとかしないと帰れない、本能がそう叫ぶ。不意に腕を掴まれ引っ張られる。顔をあげると既に周囲は真っ暗で、兄が微笑んでいた。
047.
防人家の二匹の猫は優秀なハンターだ。特に白猫君影は盲目であることを忘れるほどの腕前を持つ。Gは勿論ヤスデ、アシダカ、迷い込んだ蛾や雀蜂まで仕留める。だが夏に現れる大きな塩辛蜻蛉には手を出さない。毎年お盆に現れ、鶺鴒の手につと止まる蜻蛉は祖父の好きな灰青をしている。
048.
双子のクラスのある男子の悪戯が、年々酸鼻になり問題になっていた。血塗れでいることもあり猫や野生動物を殺していると噂された。ある日隼は、真っ青になって震える件の男子と鶺鴒が話しているのを見た。鶺鴒は哀しげに首を振り、縋る彼を残して去った。翌日彼は交通事故で死んだ。
049.
台風が迫っていた。日本列島を覆う雨雲はゲリラ豪雨を降らせて各地を浸水させた。偶然一緒になった鶺鴒と薔薇は、前方から猛然と雨音が近付いてくるのを聞いた。薔薇が慌てて鞄から傘を出そうとするのを、鶺鴒が止める。雨が叩きつける轟音だけが二人を包み、後方へ去っていった。
050.
これ貰っていい?と聞かれ、薔薇はあからさまに眉間に皺を寄せた。特大のプリンだ。鶺鴒が拝み倒すのでしぶしぶ了承すると、兄はプリンを持って外へ出ていった。しばらくすると、いつもの微笑しながら戻ってきた。お礼だって、と薔薇が貰ったのは七色に光る握り拳大水入り水晶だった。