421~430
421.
窓の外は青緑色の雨。放置した水槽に繁茂するぬるぬるした藻に似たものが部屋中に蔓延っている。息苦しいほどに水っぽい空気の中で、隼は過呼吸寸前になっている。背中にじゅぶりとなにかが貼り付いたところで目が覚めた。全身びっしょりなのは悪夢と熱帯夜による汗だ。そのはずだ。
422.
救命救急で医師をしている父が着替えを取りに帰宅した。「おかえり……」「おう!帰ったぞ!もういってきますだけどな!」轟くような大声で陽気にサムズアップする父の背中には、彼を慕って死霊や生霊が鈴なりになっていた。「私にも見えるんだけど…」「あれも才能なんだろうなあ」
423.
あまりの暑さに、思わず木陰に避難した。タオルで顎を滴り落ちる汗を拭う。「やっぱりほんとに涼しいなあ」ふうっと溜息をつく。視界の端に人影が入った。自分と同じように木陰に涼を求めにきたのだろうか。顔を上げるが誰もいない。濃い影だけが、じわりと木漏れ日の中に消えた。
「毎月14日はツイノベの日:お題「影」にて」
424.
薔薇は真剣なまなざしを鶺鴒に注ぐ。兄は珍しく眉間に皺を寄せ、腕組みをしてソレを見ている。ソレ――鮭を咥えた熊の置物と恐竜ステゴサウルスのフィギュアである。事の起こりは薔薇が「茄子と胡瓜食べちゃった!」という叫びからだ。「…どう?」「お尻痛そうだけどなんとか」
425.
「これ誰のだ?」薔薇も隼も一瞬誰の声なのか分からなかった。びっくりして振り向けば、鶺鴒が古びた下駄を掲げて、見たこともないほどこわい顔で立っている。「誰のでもないな?」こくこく頷くと兄はそのまま庭に出て、開けたところで下駄を焼き始めた。肉の焼けるような匂いがした。
426.
庭の木の幹に染みだした樹液にカブトムシやクワガタムシが頭を突っ込み、昼間だからかスズメバチやタテハチョウやジャノメチョウも周囲を飛び回っている。暑い日差しの下、薔薇はつい熱心にそれを見つめてしまった。「…美味しい?」「「「「「とても美味しいですよ」」」」」
427.
「お、おおお、お兄ちゃん!どどどど、どうしよう!」完全にパニクった状態の薔薇が窓の外で飛び跳ねている。お兄ちゃんなんて呼ばれるの久し振りだなーとか思いながら双子が窓辺による。「つ、つかまえちゃった!」妹の手には一抱えぐらいある銀色の円盤がじたばたしていた。
428.
全身を太陽が焼く。汗を拭いながら薔薇は坂を登りきった。ふと視界のど真ん中に、頭に皿、背に甲羅、全身緑色で嘴をもつ生き物が立っていた。ソレはでかい蓮の葉を持って立ち、全身汗だくで空を見ている。「空きれいだなあ」見上げると確かに爽快なほど空の青と雲の白さがきれいだ。
429.
防人家の庭には、蝶道がある。名の通り蝶が定期的に通る目に見えない道である。今日も一頭のアゲハチョウがひらひらと舞う…というか何やら本気で逃げている。鶺鴒が窓から顔を覗かせると、何頭もの蝶に紐をくくった小さいオッサンが空中で騒いでいた。「鬼太郎のようにはいかんか!」
430.
一本しか腕のない美少女フィギュアがしがみついてきた。「腕がないの。頂戴」「いいよ、ちょっと待って」「え」「もしもし。夜中に悪い。お前さ、人形たくさん持ってるよな?相談があるんだけど…」数日後。「え?あれからいっぱい来る?大丈夫か?…あ、そう、幸せならいいんだよ」




