361~370
361.
骨だけになった傘がペットボトル用のゴミ箱に突き刺してあった。薔薇は傘をひっぱりだし、曲った骨を真っすぐに直すと、少し迷ったが持って帰った。翌日、ゴミに出そうと玄関を見ると骨の傘はなかった。以来薔薇が外出する時、急に雨が小止みになる。
362.
ガシャガシャと雨戸が鳴りだした。一枚しか鳴っていないので風の類ではないらしい。確かめるべく薔薇を先頭にして庭の方へ回る。無造作に進んでいく勇ましい妹が懐中電灯で問題の雨戸のあたりを照らす。白魚のような指を持つきれいな女の手首がガンガン雨戸を殴っていた。
363.
角を曲がると鶺鴒と子狸が立っていた。兄はしゃがんで、二本の後足で立って小さな手で涙を拭う子狸と目線を合わせてなにごとか言っている。すると涙に潤んだ子狸の目が隼を見つけ兄も気付いて振り向く。「…なあ、何が見えてる?」正直に言うと、子狸の引っ込みかけた涙が決壊した。
364.
お婆さんが息子に虐待を受けている―そういう噂の家。築年数は薔薇よりもずっと上だろう廃屋寸前の家の小さな庭で老婆がニコニコしながら穴を掘っている。雨の中顔を伝う汗と雨粒を拭いながら。薔薇は清々しいまでの老婆の笑顔に怖気を覚えて足早に通り過ぎた。翌日から息子を見ない。
365.
「そんなに流れ星が落ちてるなら、叶わない願いなんてなさそう」夜空を見上げながら薔薇は呟く。今日は薄曇りで見えない。でもこの瞬間も地球に降っている。「諦めなければ叶うものだしな」流れ星と関係ないことをいう鶺鴒を見上げる。闇色の眼の中に流れた光を確かに薔薇は見た。
366.
夢だなと隼は気付いた。空は赤黒く渦を巻いていて、家並みは見覚えのあるものだがあるものは錆び或いは朽ちている。向こうから兄と妹が歩いてくる。顔面が抉り取られていた。途端兄に起こされた。頭にかぶった毛布を下げかけて一瞬考え込む。「抉れてないから」そういうのが怖いのだ。
367.
安全な家の中に入っても、窓外では風の音もすさまじく雨粒の音も激しい。TVからは列島各地の被害状況が流れ続ける。猫と薔薇と隼は視界の端をチラチラ動くモノを一生懸命無視している。「怖い夜はひとりではいられないもんだよ」鶺鴒は少し狭苦しそうにしつつもいつもどおりだ。
368.
ゴミ置き場に千羽鶴が捨てられていた。何色もの折り鶴がきれいなグラデーションになるよう纏められたかなり大きなものだ。通り過ぎかけた隼の目が、なぜか破けた鶴に吸い寄せられた。「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」びっしり書き込まれた文字がはらわたの様に飛び出していた。
369.
いつも平気そうにしいる、と弟妹によく言われる。それは正確ではない。平気でない時はあるし、実際かなりテンパっているのだが、気付いて貰えないだけだ。今も薔薇を、恨みが固まったどす黒いスライムのようなものから隠すのに必死だ。自分より小さな手に縋っているのはいつも自分だ。
370.
生憎の雨だが六月の花嫁は幸せそうだ。だが薔薇は花婿から嫌な感じを受けた。超常のというよりも女性の持つ感性が警鐘を鳴らしている。ふと道に止まったオープンカーに目が行く。後ろには魔よけの缶が何個も付いている。だが意味はなさそうだ。車の下に髪の短い女がしがみついている。




