221~230
221.
隼は狙われるが見えず、運動神経は抜群だが一流止まりだ。だから視界外からの襲撃に反応出来ても、対処できない事が多い。その日薔薇は、頭に落ちてきた肉厚の白い毛玉をとっ捕まえた。一番下の兄の悲鳴に振り返ると、毛玉の山がひとつと、それに埋もれるつつある隼がいた。
222.
鶺鴒は異常なことを受け流す。天気や季節の様なものだから逆らっても敵わない。悪意があるわけでもない、と。ただ、悪意が流れ着いて凝る処は絶対に近付くなと強く言う。「其処」は天候と違って憑いてくるから―薔薇の背後で悲鳴が上がる。振り向かず歩む足元に花束が枯れ落ちている。
223.
鶺鴒は真っすぐに「其処」を見ている。薔薇は兄の目を見上げる。夜の湖水のような凪いだ瞳は黒々としているのみだ。「心底辛いならやめりゃいいのに」「やめられないからたむろしてるんじゃない?」未だ洗い流されぬ薄い朱の水が人の手のかたちで伸びてくるのを、兄妹はそっと避けた。
224.
庭の無駄に立派な池に氷が張っている。周囲には霜柱も林立していて、サクサクと踏みしめて遊んでいた薔薇は割ってみようとつま先でつついた。結構分厚く、淵に沿って氷が沈みこむだけで割れない。少しムキになって押すと割れた。「助かります」割れ目から山椒魚が出てきて頭を下げた。
225.
公園の池一面に氷が張っていた。薔薇と鶺鴒が来た時には岸部の氷は割られていたが、薔薇は木の棒と腕を伸ばして残る氷の端を割る。すると突如強烈な磯の匂いが立ち込め始め、氷が次々と割れた。「…蛸かなあ、あれ」「えっ、タコヤキどれくらい作れそう?」磯臭さが即行消えた。
226.
蒼い空間に光が燦々と降り注いでいる。隼は蒼い空間に包まれて、光を見上げている。遠くから響く深い管楽器に似た音を全身に震動で感じる。ああここは海の中なのだと気付いた瞬間、ぬめる冷たい手に顔を塞がれて真っ暗な海底に引き込まれた。飛び起きると磯臭いほどに汗をかいていた。
227.
防人家のペット、盲目の白い猫・君影は凄腕のハンターだ。そして飼猫たちの例に漏れず、戦利品を見せにきてくれたりする。静かに現れた君影は咥えたものを見せようとしてか、鶺鴒の前に座った。彼女の口の端から飛び出してじたばたと大暴れしているのは、小さな靴を履いた足だった。
228.
山盛りの炒った豆と落花生を抱え、双子と妹は庭に立った。薔薇が既にもりもり豆を喰う横で、鶺鴒は庭をゆったり見まわす。「あの辺かな」「おっしゃ。鬼はー外!福はー内!」「薔薇、お前何歳だよ喰い過ぎ」「うっさいな。鬼はー外!」「あ、そっちいるから投げないで」「あ、ごめん」
229.
落花生を拾おうとする妹の襟首を掴んで部屋に戻ると、コンパスを見て北北西に面した窓へ向かう。目を閉じ恵方巻きを食べ始める。早々に食べ終えた薔薇はロールケーキを丸ごと食べ始めた。ちゃんと目を閉じる。すると「もー、節分イヤー!」野太い悲鳴と重い足音が駆け抜けていった。
230.
防人家のペット、隻腕の長毛雑種・伊庭は前世が犬だったのではと疑われている。非常に愛想の良い猫で家人は勿論初めての他人でも玄関までお迎えに行き、喉をごろごろ鳴らして歓迎する。今日もチャイムが鳴ってもいないのに玄関へ行き、機嫌良く喉を鳴らしながらリビングへ戻ってきた。




