211~220
211.
経験からいって十字路はヤバイ。向かって右手の道の真ん中に招き猫、左手には信楽焼の狸が置いてある。家は向きあう置物の先にあるわけだが、どう考えても厭な感じがして隼は進むのを躊躇っていた。暫く突っ立っていると「気付くって言ったろ。俺の勝ち」と隣家の風見鶏が叫んだ。
212.
罠が仕掛けられていた。十字路の中央にあるマンホールの真上、斜めの棒きれに籠がかぶさっている。餌は諭吉さんの束。棒きれには紐がついていない。そこまで観察した薔薇は、助走をつけて罠を飛び越えた。棒が消え、ぱさりと籠が落ちる。「バカ、上通ったんだよ」と罵声が飛んできた。
213.
向かって右に招き猫、左には信楽焼の狸、中央のマンホールには籠の罠が仕掛けられている。なんとなく気まずいような空気を感じた鶺鴒だが、止まらず真っすぐ進む。籠の罠を跨いで渡ると、立ち止まって囁いた。「振り向かない方がいいぞ。お前らも四つ辻に立ってるんだから」
214.
隼は白い花が咲いているに気付いた。椿に似ているがなんとなく違う気がする。身を震わせる寒風に首をマフラーに埋めようとした瞬間、えもいわれぬ芳香が鼻腔に届いた。バラともユリとも違う、どこかで嗅いだ事のある香り。ぎょっとして隼は逃げ出した。線香の香りが残念そうに薄れた。
215.
薔薇は怒っていた。メロスも前言を撤回しそうなくらいに怒っていた。隼は怒れる妹を見ないふりしていたが、鶺鴒は「怒らせた覚えないし」と言って理由を訊いた。曰く落としてしまったピザまんをマンホールから出てきた手に盗られたのだという。次会ったら許さん。呟く妹の目は本気だ。
216.
隼は慌てて電車に飛び乗った。乗ると同時に電車は走り出し、隼は座席に座り込み、勢い余って窓に頭をぶつけた。駆け込み乗車はおやめ下さいというアナウンスが流れる。「お前の事だよ。危ないねえ、もう」肩を掴まれ振り向くと、窓外から伸びた手に、むにっと頬を突かれた。
217.
桃の木に違和感を覚えて鶺鴒は庭に下りた。枝がぼんやりと光っている。朱、藍、紫、桜色、翠…色とりどりに柔らかく光っているのは何かの繭だ。薄く透けて中にいる何かの影が見える。鼻先を冷たいものが掠める。深々と雪が降り始めた。春まで頑張れ…鶺鴒は暫く佇み、翌日熱を出した。
218.
玄関を出ると、花畑だった。何の花かわからないが、チューリップではない。だがチューリップばりに色とりどりの花が咲き乱れ、彼方には「この木なんの木♪」的な大樹が聳えていた。隼は扉を閉め、すぐ開く。花畑。もう一度閉めて開く。いつもの玄関にピンクの花びらが一枚落ちていた。
219.
鶺鴒は見えてはいるが、特に反射神経がいいわけではない。運動音痴ではなく普通だ。だから、ましてや視界の外からの襲撃には普通の人と同じ反応しかできない。その日隼は、数メートル先に兄を見つけた。声をかけようとした瞬間、白いまりものような物体が大量に降ってきて兄を埋めた。
220.
薔薇は超絶といっていい身体能力の持ち主だ。背中にも目がついているのではというほど視野が広い。だから、頭上からの襲撃にも反応できる。その日鶺鴒は、数メートル先で妹を見つけた。次の瞬間、妹は見もしないで腕を振り上げ、落ちてきた白いまりものような物体を掴み止めた。




