201~210
201.
マンホールの蓋が跳ねた。一瞬だけ垣間見えたモノの姿に薔薇は後退った。また蓋が跳ね上がる。背後の蓋だ。思わず振り向きそうになったが、本能的にダッシュして最初に跳ねた蓋を踏みつけた。浮き上がった蓋から飛び出した青白い手が、鋼鉄の蓋とアスファルトに挟まれ引っ込んだ。
202.
夢を見た。霧の立ち込める深山で彷徨う。隼は重い足を引き摺ってひたすら歩く。暫くして前方に人影を見つけた。隼は影へ駆け寄ろうと足を速める。近付くにつれ、それは兄の姿であると気付く。必死で進み、肩に手をかけようとした瞬間目覚めた。眼前に鶺鴒の顔。「それ俺じゃないよ」
203.
「ごはんの匂いがする」深夜二時突然部屋に現れた妹は、窓を開けて身を乗り出した。飛び起きた隼は慌てて薔薇に抱きつくが、妹はしっかり窓枠を掴んで落ちそうにない。上半身を伸ばして犬のように夜気を嗅ぐ。「新年会かな」横に並んで空を見上げ、鶺鴒は大きく欠伸をした。
204.
猛獣の唸り声にそっくりな音が妹の腹から轟く。薔薇は鏡餅の前に蹲り、ぎらつく目で木槌を探す兄二人を見ている。早急に木槌、否もう金槌でもいい―とにかく鈍器を見つけないと餅の前に喰われそうな気がする。ついに妹がゆらりと立ち上がった瞬間、天袋からころりと木槌が落ちてきた。
205.
近所で小さなお社が壊され、祀られていた鏡が盗まれた。その話を聞いた夜、庭から複数の話し声を聞いて薔薇はそっと窓を開けた。鶺鴒に白いなにかが必死でお願いをしている。渋りながら兄はある方向を指差し白いものは消えた。翌日のニュースで、人が獣に噛み殺されたと報じられた。
206.
隼は家の前で女性に声をかけられた。妹さんはいますか。光を受けてチラチラ不思議な光を放つ純白の着物の美女だ。ドアを開けて呼ぶが妹はいない。すると丁寧にお礼を言い女性は去った。程なく妹が帰宅し心当たりを訊くが分からないという。「そういえば側溝に白い蛇が落ちてて拾った」
207.
薔薇のクラスに幽霊が見えると自称する女子がいて、いじめられているのだという。「本当に見えてんのかな」「特にいいことないんだけど多いよな、そういう子」双子がしみじみ言うと「本当でも嘘でも、あの子はいじめられるだろうけどね」妹の顔はTVを向いていて兄達には見えない。
208.
ばっしゃーん!あまりにはっきりした水音に兄弟妹は一斉に窓から顔を出した。庭には親が趣味で作ったかなり立派な池がある。その池に刺さっていた。大きな甲羅を持つ緑色の生物が。みるみるうちにシワシワの肌が潤いだす。「…犬神家?!」「最近雨降ってないしな」
209.
今日池に浮いているのは小舟だ。月が水面に映るほど凪いだ日に笹の葉ぐらいの舟が浮き、漁師がひとり、網を投げる。網の中に捕われるのは月影色の小魚たち。急いで漁を終えないと、夏祭りに交換した金色の蛙に獲物を盗られる。漁師と舟と魚がいつ現れて消えるのか鶺鴒も見た事がない。
210.
「あ、立った」「クララ?」「んーん、茶柱」鶺鴒のマグカップに注がれた緑茶の中で、確かに茶茎が直立している。弟妹も自分のマグカップを覗くがなにもない。「良い事とか、お客さん来たりするんだっけ?」「人に言うとダメなんじゃね?」「もう来てたから」仄かな花の香りが漂った。




