011~020
011.
鶺鴒が横断歩道につくと、ちょうど赤に変わった。立ち止まると、トラック、乗用車、バイクが走りだす。そしてそれらを凄まじいスキール音を轟かせて、無人の車椅子が抜き去っていった。
012.
予報よりも早く雨が降り始めた。天気予報を恨みつつ薔薇は鞄を抱えて豪雨の下を走り抜ける。家までもうすぐというところで、いきなり横から鶺鴒が出てきた。激突しかけた事に怒鳴ろうとして気付く。兄が出てきたのは行止りの路地。「雨降ってたから近道」いつものように微笑まれた。
013.
鶺鴒が急に険しい顔をして立ち止まった。滅多にないことに隼と薔薇は強張る兄の顔を怖々見上げる。兄の視線の先には横断歩道。真新しいガードレールの下には花束とお菓子、愛らしい便せんが置いてある。踵を返して歩道橋へ歩き出す兄に弟妹が慌てて続くと背後で轟音と悲鳴が響いた。
014.
河川敷の野球場は無人で、薄暗がりに沈んでいる。鶺鴒は珍しく興奮した様子で表情を輝かせる。隼と薔薇には何も見えないし聞こえない。「おおっ、ショート超ファインプレー!」鶺鴒の歓声と共に、遠くから大歓声が聞こえた気がした。きっと遠い昔の歓呼なのだろう。ちょっと羨ましい。
015.
季節外れの真夏日に、クーラーが壊れた。弟妹はリビングの生ぬるいフローリングに寝そべり、ぬるい微風がなんとなく入りこむ窓の前に寝そべる。うーうー言っていると、二人の頭上、視界のギリギリに金魚が描かれた扇子が見えた。香が焚き染められたそれは、鬼籍にある祖母のものだ。
016.
皆既月食を見に行こうと双子と妹は真夜中散策に出た。ひらけた川べりで空を見上げる。生憎の曇り空だ。ぼちゃんっと何かが跳ねた。「河童かな?」笑いながら鶺鴒に問えば「ここにいるのはそんな平和なものじゃないよ」と静かに答えられた。ちなみに河童がいるのは上流の淵だそうだ。
017.
ぶらさがっていたのはミッキーマウスの人形。道路にはみでた柿の木の枝から、首つり死体のように紐でぶらさがっている。どの枝にどのようにさがっているのか、よくわからない。鶺鴒がいれば、と思いながら薔薇は遠巻きに通り過ぎる。振り向くと、世界一の笑顔も振り向いていた。
018.
梅雨らしい、しとしと雨が降っている。隼は紺色の折り畳み傘の下に、少し肩を竦めて入りせかせかと歩いていた。角を曲がると、深い紫の傘を差した兄が雨雲を見上げている。歩み寄って隣に並んで見上げるが、何もいない。兄は見上げたまま呟く。「雨の日って面白いよな」「鶺鴒だけな」
019.
幼い頃、隼はよく行方不明になる子どもだった。あまりに頻発するので一時は隼の悪戯かと思われたが、警察が捜しても見つからなかった。大抵、鶺鴒がわんわん泣いている隼を見つけてくる。大騒ぎする大人が囲む電柱の裏、パトカーのトランク、巨木の枝の上から。いつも曖昧に微笑んで。
020.
食べ物の事になると温厚な薔薇が豹変する。黙って彼女の食べ物をくすねたりしたら大変なことになる。そんな妹がくしゃみをした一瞬の隙に蜜柑が半分消えた。鬼気迫る妹の姿に震え上がる兄達。唯一普段通りの鶺鴒がひと房消えた蜜柑を差し出した。「怖いので返す、ごめんなさいだって」