181~190
181.
前に進めない。道の向こうははっきり見えているのに、透明な壁に阻まれているかのようだ。「ぬーりーかーべー?」「上手いな、物真似」鶺鴒の呑気な賞賛を隼は無視し、パントマイムのような動きを続ける。暫くまったりと兄が待っているうち、急に弟が前につんのめってコケた。
182.
鶺鴒が薔薇を道の端に引っ張った。すぐにそれらが現れる。先頭は無人の三輪車。次いでバスケのボールをドリブルする老婆、引く者のいないリヤカー、マスクに赤いコートの女、マグロに立ち乗りする男、最後尾は人面の犬。「師走だなぁ」一瞬のうちに消え去っていった背中に兄は呟いた。
183.
「角砂糖…」「蟻が来るだけだろ」「あんな可愛いのが来るとは限らないしなあ」「ギリギリを調べてるのとかでもいい」「にーげーてー」「「えっ」」薔薇が顔を上げるとホチキス針の箱が開いていた。
※ジブリアニメ「借りぐらしのアリエッティ」放映中に作成
184.
隼と薔薇は悪戦苦闘していた。年末までに自室の大掃除をするよう親に厳命されていたのだ。しかしすぐに広げた漫画を読み始めてしまう。鶺鴒が黒髪の老婆を伴って部屋に現れ片づけを始めた。老婆の口が耳まで裂けているのを見て、漫画を放り出して掃除を手伝い始めた。
185.
隼は悪夢を見ていた。確かに夢だ。だが、命の危機を感じる。この手の危機感を外した事はない。今迄すんでのところで助かるのはいつも兄と妹のお陰だ。だが夢の中では二人に会えない。迫るモノの吐息を項に感じた瞬間目が覚めた。額に暖かな感触。象の鼻に似たそれはふっと闇に溶けた。
186.
隼は何の気なしに土鈴で遊んでいた。ころろころろと澄んだようなこもったような音。遊んだ後、居間のテーブルに置いた。暫くして居間へ行くと鈴の音がする。磨り硝子の向こうに異様に大きな人影が見えた。ころろころろ。「楽しそうに見えたんだろ」相変わらず兄は神出鬼没だ。
187.
買っておいたお菓子がない。呟いた薔薇の声は、地獄の底から轟く悪鬼のそれだった。生唾を飲み込み双子が顔をあげると、ぎらつく眼差しに射抜かれる。―喰い殺される、何故か双子の全身に原初の恐怖が奔る。視線は飼猫にも向いた。盲目の君影がはっきり首を左右に振った。
188.
ひも状の黒い霞。居間に入った薔薇が見たのは、そんな感じのが身を捩りながら、ソファで眠る隼に迫る光景。ソレは隼の足を登り、胸を這って、半開きの口に至ろうとしている。一瞬怖気を覚えるが、すぐさま薔薇はスリッパを脱いで投擲。霞は千切れ消え、驚いた隼はソファから落ちた。
189.
蚊がいる、薔薇が狩人の目で虚空を見る。この季節にと探すと、確かに飛んでいる。薔薇と隼の視線が蚊を追うと、漫画を読んでいた鶺鴒の頬にぴとっと止まった。薔薇が襲いかからんと身を屈める。が、一瞬早く上からすっと現れた白い手が、鶺鴒ごと蚊を叩いた。
190.
陽のあたる場所はまだ暖かいが、影に入ると湿った冷たさが足元から這い上ってくる。耳千切れそう、などと思いながら歩く薔薇の視界の隅で、何かが動いた。車の影が角から現れた。薔薇は立ち止まって脇による。エンジン音がしないと気付いた時には、道路の上を車の影だが滑って行った。




