171~180
171.
一軒の家にブルーシートが張られ、警察関係者が出入りしているのを、報道陣と野次馬が囲んでいる。その光景を高台の公園のベンチから鶺鴒が凪いだ顔で見下ろしていた。「戻って何をするの?」「俺にもいるよ、弟と妹」「俺に出来ることは何もないんだな」呟いて鶺鴒は公園を後にした。
172.
朝、隣家が妙に騒がしい。窓から覗いてみるが、火事などのおおごとではなさそうだ。薔薇はぐーぐー腹を鳴らしつつ一階のリビングへ降りていく。すると、鶺鴒と隼が玄関ドアを開け放って立ち竦んでいた。冷風が―吹き込んでこない。薔薇が見たのは、玄関を完全に塞ぐ信楽焼の狸だった。
173.
大掃除の最中、隼はひみつのけいかくのーとと書かれた古いノートを見つけた。自分の字だ。そういえば六歳ぐらいの頃、こんなのを書いた気がする。笑いそうになりながら頁を捲れば、計画というより平和な日記だ。だが最後の頁で隼は凍りついた。「鶺鴒と薔薇を守れ」妹は七歳年下だ。
174.
エレベーターに乗ると、髪の長い女が奥の壁に額をくっつけるようにして立っていた。隼と薔薇は踵を返すが、鶺鴒の背後で扉は閉った。兄を奥に押しやり、目的の階のボタンを押す。弟妹は扉側にへばりつき、開いた途端に肩の力を抜く。出ようと踏み出し、髪の長い女と額をぶつけた。
175.
帰宅すると鶺鴒が誰かを慰めるような声がする。兄の友達でも来ているのかと、隼はそっと部屋へ向かおうとするがリビングに繋がる扉が開いている。階段を上がりながら、つい覗くと、巨大な顔に手足がついたような姿の何かが泣いていた。「笑いって難しいんだなあ」しみじみ兄が呟いた。
176.
「あ、モンスター呼ばれた!鶺鴒、こやせ!」「足元から出たー!?」「うーんと、これか。えい」「よっし!こやし…た」「あ、隼焼けた」「何やってんの?!」隼の視線はPSPから外れ、ソファを凝視している。「…また?」「ひと狩りいってきたんだな」立派な黒鯛が跳ねていた。
177.
「きえた?」「うん」「消えたな」兄弟妹は地球の影に隠れる月を薄い雲越しに眺める。「俺はもう寝ようかな…寒いし」「寒いけど寝るにははえーよ」「えー最後まで見ないの?」「「寒いし」」「…」「ん?」「え」「あれさ人工衛星だよな」「遠くて何かはわかんないけどUFOだよ」
178.
居間に満ちる緊迫感に隼は固まった。狩猟者の目つきで妹が見ているのは一匹の蜘蛛だ。昼間の暖かさで少し元気を取り戻したのだろう。「夜の蜘蛛は親でも殺せっていうよね」じりじりと薔薇は蜘蛛との距離を詰める。すると鶺鴒がひょいと蜘蛛を摘み外に放った。「今のは虫の蜘蛛だから」
179.
夕暮になると大気は身を切る様な寒さだ。風など吹けば芯まで凍える。肩を竦めて夜道を急ぐ双子の間を風が吹き抜けた。バッサーと盛大に鞄の中身が路上にぶちまけられた。シンメトリで持ち上げた鞄は両方とも真っ二つに切られていた。キキキ、と風が過ぎ去った夜の中から何かが笑った。
180.
足音だけがついてくる。気のせい、自らの足音の反響、実際人がいる等の色々考えるが、背後に人はおらず、足音は確かに薔薇のものとは別に存在する。一定の距離を保ったまま、家についた。玄関までつくといきなり鶺鴒が出てきた。「暗いから気をつけて」足音だけが遠ざかっていった。




