161~170
161.
轢き逃げ事件のあった道を、犯人と同じ車種で通ると出るらしい。兄弟は父の運転する車に乗っていた。助手席の隼は、ふとミラーで後ろの兄を見る。隣に血だらけの男が座ってこちらを凝視している。隼は父を見るが…何も感じてないようだ。「違うだろ?」鶺鴒の静かな呟きに霊は消えた。
162.
窓一面の白い手。忘れ物を取りに戻った隼が校舎を振り仰ぐと、無数の手が窓から手を振っていた。あの手の群れの中にいた事に、今更竦み上がって硬直する。「良かった。無事か」のんびりと鶺鴒が薄闇から現れた。途端次々手は動きを止め、すうっすうっと校舎の闇に消えていった。
163.
サイコロが鶺鴒の手から舞う。六の目が出る。六マス進む。彼が直接投げない、TVゲーム内のサイコロでも、結果は同じ。「「つまんね」」心底恨みがましい顔をする弟妹を、申し訳なさそうに見ながら、鶺鴒はサイコロを振るう。「あ、四だ!」「えっ、なにこれワープ的なマスじゃん!」
164.
猫が一点を見つめていると怖いというが、防人家では鶺鴒がなにかを見つめているのが一番怖い。たまによくある事だが、その日も鶺鴒が炊飯ジャーの中を覗き込んでかたまっていた。そっと薔薇が覗き込むと、小さな食卓に小さな酒瓶とコップを置いた小さなオッサンが酔って寝ていた。
165.
すれ違いざま、幽霊とおぼしきモノに「よく判ったな」といわれる、という怪談がTVで流れた。弟妹が訊きたそうな顔で鶺鴒を見る。「まあ、都市伝説とか怪談だよ」「なんだ」「言われた事ないんだ」「ん?いや、そうでなくて、びっくりした感じで「判ったんだ?!」みたいのが多いよ」
166.
二匹の愛猫が急にそわそわし始めた。鶺鴒も少し物憂げにしている。弟妹は猫と兄の様子に不吉な気配を察知し震え上がったが、薔薇の携帯電話に届いたメールの送り主を見てげっそりと項垂れた。救命医の父が久し振りに帰宅する。「また連れてくるんだ」「親父、面倒見いいからね」
167.
そこは空き地だった筈だ。PSPが入っている為傘代わりに出来ない鞄を胸に抱え、びしょ濡れになって走ってきた薔薇の思考は一瞬止まってしまった。絶対に空き地だった場所に、古びた家が建ち、その軒下で鶺鴒が雨宿りをしている。そういえば、空き地になる前はこんな家が建っていた。
168.
「イテッ」隼は何か固いものを踏みつけて声をあげた。足元を見てみるとドングリがひとつ落ちている。家の中にドングリ。しゃがんで拾い、視線を上げるとその先にもひとつ。近付き拾って顔を上げるとまたひとつ。視界の隅を何かが通った気がして、隼は窓からドングリを庭へ放った。
169.
寒い。雨は霙混じりだ。メディアで騒がれていた通りだ。隼は震えながら自室に向かった。部屋も寒かった。既に鶺鴒はベッドに入って、もぞもぞ動いている。いや、鶺鴒ではない。よく見れば愛猫二匹が潜り込もうとしているのだ。近寄ると、兄の周囲だけ守られているように暖かかった。
170.
帰り道、いつも通りぬけている公園へ入った途端、薔薇は足元から急激な寒気を感じて立ち竦んだ。脅されているような気分が押し寄せ、慌てて周囲を見回す。隅にあるブランコに鶺鴒が座っている。隣には黒ずくめの紳士。シルクハットを胸にあて、丁寧に鶺鴒に頭を下げるとふっと消えた。




