151~160
151.
紫陽花の色が土の成分で決まるというのは有名な話だ。街には、時々TVの取材が来るほどの大樹がある。しかも、色が血のように真っ赤なのだ。土の成分ではスタンダードな青紫になる筈だが毎年鮮血色の小山になる。だが鶺鴒によれば老樹なので霊験はある、ということだ。
152.
庭の柿の木が変だ。唐突に鶺鴒が呟いたのは今年の春。秋になり、実が大きくなり始めた。兄弟妹はまだ青い柿の実を凝視する。「…人面だな!」「もうすぐハロウィンだからホラ削る手間を省いた的な!」弟妹を無視し兄は高枝切り鋏で身を全て切り落とし、焼いた。肉の焼ける匂いがした。
153.
鶺鴒が神様の愚痴を聞いていたんだという。そこはデートすると必ず破局すると噂の公園で、原因は神の嫉妬だという。確かに神は前からの棲み処だが神社を大事にして貰っており不満は抱いていなかった。「ワシなんにもしてない!って泣きじゃくってたよ」鶺鴒は緑茶を啜った。
154.
鶺鴒が顔に青痣を作って帰宅した。川沿いの桜並木は原種に近く歪な幹で花の色も深い。初冬だというのに一番細い桜が咲いた。季節外れの花見だと若者数名が集まって宴会を始めた。危険だと声をかけたら殴られたのだという。翌朝。細い桜の根元に何もなく花は赤々と朝日に輝いていた。
155.
花壇を区切る煉瓦に、一つだけキャンディが落ちていた。苺味のようだ。だが、隼は言い様のない悪寒を感じた。罠の気配だ。神隠しによく遭う隼には分かる。あれは、人を釣る餌だ。だが今時包まれてるとはいえ飴如き拾うか?烏がシャッと飴を攫った。花壇が怒ったようにガサっと揺れた。
156.
隼は砂丘にいる夢を見た。異国の砂漠だと、直感があった。金の砂がサヤサヤ流れていく。見上げれば満点の星空。月は、見当たらない。隼が立っていると、鶺鴒に瓜二つの別人が砂の向こうから歩いてくるのが見えた。バチッと目を開けると、兄が心配そうに自分を覗き込んでいた。
157.
物の怪たちの宴。異界の砂丘。鶺鴒は、そこに夢でなく現実で立ったことがある。だが隼が見たのとは違う。宴で華やいだ森は焼き払われ、砂丘は海底へ沈んでいた。残っているのは、自分と瓜二つの幻影。一卵性の双子の様な相似の顔でニヤリと笑う。鶺鴒は幻影を無意味に殴った。
158.
隼の調子が悪い。何か哀しげな感じが漂っている。鶺鴒は一時真剣に心配していたが原因が解明したらしく、いつもの雰囲気に戻ってしまった。原因は大きな「障り」が多い。薔薇は何か街に来ているのかな、と漠然と思っていてある日納得した。美術館に戦時の特集を組むというポスターだ。
159.
死への恐怖というものはどういうときに抱くのだろうか。常に死は傍にある。突然の死病、交通事故、冗談のような原因でいきなり死ぬのだ。だが、具体的に死を予感しなければ、人は死への恐怖を抱かない。鶺鴒は途方にくれた顔で事故現場に立つ中年男性の霊を見つめ、通り過ぎた。
160.
怖い。隼は足早に道を行く。背後から何か「怖いもの」が来ている。肌でそれが感じ取れた。振り向きたい衝動があるが、見たとして何も出来ない。逃げるしかない。でも今日は逃げ切れるか?「隼だ」角から薔薇が顔を出した。背後のモノが消える。隼は情けなくもその場に膝をついた。




