141~150
141.
「あれ?」何の気なしに開いた卒業アルバムを見ていた隼が不思議そうな声を上げ、兄を呼びよせる。「なあ、こいつ誰?」本気で分かっていない顔。怯えすら滲ませ写真の一つを指差す。鶺鴒の闇の目がじっと写真を見、「ほら、写真は遺すものだからさ」いつもの謎めいた微笑を浮かべた。
142.
薔薇は玄関の扉が開くと同時にした良い馨りに気がつく。それは香ばしかったり甘かったり、祭で供される食べ物の匂い。ダッシュする。苦笑しながら靴を脱ぎ終えた鶺鴒が差しだしたのは笹の葉に包まれた串焼き。嗅いだ事のない馨しい香り。見上げると兄の黒髪に葉が一枚ついていた。
143.
鶺鴒は動物に懐かれる。隼は普通。薔薇は怯えられる。妹と遭遇した生き物は、飼われているもの、野生のもの問わず、天敵の肉食獣に遭遇したかのように全身を緊張させ、あるいは恐慌状態に陥る。「人間はこうじゃなくて良かった」陰鬱に言う妹に兄は「人は鈍感だからな」
144.
「いてっ」兄弟妹が並んで住宅街を歩いていると、鶺鴒が首を竦めた。兄の髪に毬栗が刺さっている。「ハア?」弟妹が空を見上げるが鳥の類はいない。兄が頭から毬栗をとると、今度は「いだだだだだだ!!」隼の上にバケツいっぱいぐらいの毬栗が降ってきた。栗は美味しく食べた。
145.
隼が刑事ドラマを見ながら冗談交じりに言い始めた。「兄貴がさ、刑事になったら殺人事件なんて即解決だよな。幽霊に聞けば分かるじゃん」薔薇もだね、と笑った。鶺鴒も困った顔でハハハと笑う。「でもそれくらいはっきり怨んでる幽霊だと犯人殺しちゃうから捕まえるの間に合わないな」
146.
母と子二人が住んでいた空家。母が子を殺し、自殺。子が監禁されていた床下収納の壁に赤いクレヨンで「ごめんなさい」と書かれていた。文字は空家になっても増殖し割れた窓から見え始めていた。見かねた鶺鴒が二十四色のクレヨンを持って空家を訪れた。以後壁から全ての文字が消えた。
147.
トイレの扉が開く音。家には兄弟妹しかいない。薔薇が猟犬の速さで廊下に飛び出す。その後を兄はゆっくり、弟は恐る恐るついていく。掠れた声で「カミくれ」と言ったのは黒い萎びたミイラ。細い手を伸ばし、水気のない目で双子を見ていたが、薔薇の前で震えながら粉状になり消えた。
148.
隼はよく神隠しに遭う。鶺鴒に言わせれば、それは隼が善人だからだそうだ。怪奇現象と仲良しなのは鶺鴒の方なのにと隼はぶうたれる。薔薇はある日、双子が前を歩いているのを見つけ、すぐに気づく。二人の周囲の人影が多い。双子は、影だけは九人位の大所帯で帰宅しているらしい。
149.
鶺鴒が珍しく興味深げに、道の側溝を覗いていた。隼にはどうせ見えないものだろうと思うが近づく。と、兄は立ち上がり「これはダメだよ」静かな声音に薄ら寒くなる。兄が帰り始めたので慌てて続く。側溝からは全力で顔を逸らした。「地獄って本当にすぐ足元にあるのな」兄は囁いた。
150.
丑三つ時だった。トイレに行きたいわけでもなく、物音がしたわけでもないのに隼は飛び起きてしまったのが、その時刻。二段ベッドを確認すると兄がいない。カーテンが僅かに開いている。ベランダだ。鶺鴒が立っている。「人を呪わば穴二つっていうのに」闇色の目は夜空以外を見ていた。




