131~140
131.
目に見えるモノを発見するのは薔薇が一番早い。彼女は純粋に視力が良いからだ。目に見えないモノは勿論鶺鴒が一番だ。だから隼は三人でいるときに兄と妹が同時に一カ所を見るとどうしたらいいか分からなくなる。確認すべきか否か。今も、二人は橋の欄干の隙間に視線を注いでいる。
132.
鶺鴒は弟妹の前以外では極力「変なこと」を言わない。だが時々ある。その日は珍しく母が家にいて、セールスマンを家に上げて談笑していた。鶺鴒が帰宅し、いきなり言った。「出てけ人殺し」異様な迫力だった。普通は何か言い返しそうなものだが、男は顔面蒼白になって飛び出していった。
133.
「う~ん、もういいんじゃない」夜中、そんな声で隼は目を開けた。身を乗り出して見ると、豆電球のあえかな光の中で鶺鴒が上半身を起こして枕を見ている。そこにいるなにかと話しているようだ。「分かった。阿比は花粉症だし、言っておくよ薬って。ありがと」本格的に秋が来るようだ。
134.
車道と歩道と店が並ぶ街道。人々の困惑のざわめきが、前方から徐々に向かってくる。早々に鶺鴒は弟妹の手を引き脇によけた。やがてスーツ姿を泥だらけにした若い男が眼を血走らせ助けを求めながら走り過ぎていった。ざわめく人より逃げる男より、あまりに冷たい鶺鴒の目が怖かった。
135.
凄惨な悲劇の現場とかではないが、なんとなく暗いその一角で時々誰かが泣いているのだという。老若男女問わず、号泣もあれば、さめざめ泣いていたり、最早吐いてそうなくらいだったり。そこに時々鶺鴒が膝を抱えて座っている。「泣いてていいよ。泣いてな」声はひと際大きくなる。
136.
珍しく隼が高熱を出した。感染を懸念し、早々に鶺鴒は別室にいる。朦朧とし、眠りと目覚めを繰り返す。ふと、眼を開けると。ちっさいオバサンが掃除をしていた。膝丈ぐらいの身長。頭に布を被り、緑の服と花模様のエプロン。箒片手に埃を立てぬように掃いている。隼は大人しく寝た。
137.
熱の引いた感覚を伴って起きる。隼は髪を気持ち悪げに掻きむしる。カーテンから差しこむ光はオレンジ。夕方か、と思いながらシャワーを浴びようと階下へ降りていく。炊事の音。覗くと薔薇が台所で夕食を作っている。部屋を出て玄関の前を通りかかるとドアが開いて薔薇が帰ってきた。
138.
絶対事故が起こる処がある。急カーブの先が崖。常に新品のガードレールと花束がある。当然、幽霊が出るという噂がある。死を免れた人間の耳元で「死ねば良かったのに」と呟く。「死にたくない」という気持ちを一番知ってるのは彼女だから、もう死亡事故は起きないよと鶺鴒は微笑む。
139.
双子は公園を通った。大きな池のある公園で数年に一度、子供が死ぬこともある。兄の顔が強張ったのに弟は気付く。美女と呼んで母親と愛らしい男の子が歩いてくる。男児は溌剌と、母親は紙のように白い顔。兄は暗い笑みを男児に向け、「脅かし過ぎるな」男児は天使のように笑った。
140.
深夜電話が掛ってくると隼が青い顔で言う。電話の主は隼の帰宅ルートの目印になるものの前にいると言って通話を切る。昨夜、玄関だった。鶺鴒はいつもの調子で大丈夫と微笑んだ。電話には鶺鴒が出た。「もしもし、防人です。今、貴方と目が合ってるよね」以後何も起こらなかった。




