091~100
091.
坂道を降っていると背後から「避けてー!」と聞こえた。隼は道の脇に一歩退きながら振り向いた。でかい生首がひとつ、ごろんごろんと隼の脇を転がっていった。
092.
夕暮れの広い道路。信号機が青に変わり、わらべ歌の「とおりゃんせ」を奏で始める。一応左右を確かめて、薔薇は道路を渡り始めた。「いやあ、今の道は見通しが良くて安全でいいねえ」周りを見ても、誰もいなかった。
093.
今夏最後の花火大会。雨天中止かと思われたが午後から急激に天候が回復し開催の運びとなった。双子と妹は河原の特等席から夜空に咲く壮大な炎の花を鑑賞していた。「ほんとに晴れてよかった」「予報じゃ夜中まで降るっていってたのにな」「皆楽しみにしてるから、天気だって変るさ」
094.
ふと顔を上げると、クローゼットが薄く開いていた。薔薇は深く考えずに閉めようと手を伸ばす。すると鶺鴒が「あ、真っ暗は怖いからちょっと開けておいて欲しいんだって」誰が?とは聞けず、とりあえず絶対に一人でこの部屋にくるまいと決めた。
095.
「これ食べたら帰れよ。分かったって重いってば」見ればやたらでかいムクムクした犬二匹に懐かれまくっていた。鶺鴒が困る姿は珍しいので隼は微笑ましく眺めていた。しばらくして、妹が帰宅して言った。「神社の狛犬行方不明なんだって」その日のうちに狛犬は台座に戻ったらしい。
096.
窓ガラスを叩く音。人がノックしたような音に、隼は深く考えずカーテンを開けようとした。「やめろ!」鶺鴒の怒声に、カーテンを半ば引いたまま振り返る。兄の足元で二匹の猫も威嚇の姿勢で窓を睨んでいる。振り向かずカーテンをしめると、窓外の闇から残念そうな溜息が聞こえた。
097.
鶺鴒がいつものように猫を抱いてぼんやりと外を眺めている。灰色の雨雲の晴れ間から、きれいな金色の光が差してきて兄を包んでいる。薔薇の胸を少し不快な切迫感が過ぎった。気付いた時には駆け寄って、兄の腕を掴んでいた。「鶺鴒は私のお兄ちゃんなんだからね」すっと光が陰った。
098.
「道路壊したら犯罪だよなやっぱり」いつもの調子の呟きだったので、薔薇は兄の呟きをスルーしかけた。「でももう十日なんだよな」視線を上げると兄は縋る様な目で見てきた。その夜、町内は豪雨のような蝉時雨に見舞われた。翌日七年前に整備された道路の一部がべろりと毟られていた。
099.
ファストフードの2階に鶺鴒がいるのを見つけた薔薇は、奢って貰おうと入店した。階段を上がって兄のいる方を見、固まった。同伴者がいた。兄の奢りだろう。更に自分の分までせびるのは気が引けるが、とりあえずナゲットを美味しそうに食べる狸に何故誰もツッこまないのかが気になる。
100.
帰り道、咽喉が渇いた薔薇は自販機で飲み物を買うことにした。コインを投入し、ミルクティーのペットボトルのボタンを押す。がたん、と出てこない。しゃがみこんで取り出し口を開けてみると、「すいません、ぼーっとしてて」青白い手がペットボトルをそっと落とした。




