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ただそれだけでは逃げるも勝手、諦めるも勝手と赴くままでは野放しになってしまうだろうが、そこでどうすべきかは、そうすべきと腹を括って決断するしかない.3

 ジープに搭載された通信機が、ノイズ混じりに告げる。

『負傷者二名、倉庫街ホール付近にて確認。回収に向かって下さい』

 その指示は、すっかり眠ってしまったハルとルルには聞こえていなかった。聞き入れたのはハンドルを握る班長と、班員の三名だけ。助手席の班員が班長に変わり、無線に向かって了解と言い渡す。

「ホールか……なるほど。確かにあそこならかなりの人が収容可能ね」

 ホールの最大収容人数は単純に、座席数からして三千六百強。造りも頑丈な上出入口も多く、多少なら備蓄もあるため避難するにはうってつけだ。

「しかしホール自体はもう見る影もないようです。あれだけ大きな生命体に暴れられては仕方がないと思いますが……」

 冷静に状況を分析する、助手席の班員はその律儀で義理固い性格から、班長だけでなく班員達からも厚く信頼されていた。肩まである茶髪を二本にキュッと結んだ容姿が異様に可愛らしいとも、他の班の者達の間でも評判であった。

 ここからなら、ホールへはそう時間を要さずとも辿り着ける。それまでに襲撃されると思いたくないが、日の入りと共に訪れた中途半端な平静は常に不気味だった。ディザスターの活動に昼夜は関係ない。にも拘らず、まるで寝入ったように気配がほとんど消えてしまった事が、班長にとっては不安材料以外の何物でもなかったのだ。それはきっと、隣でハンドルを握っている彼女も同じように感じている事だろう。

 ただ、先の通信には、周辺のディザスターの掃討は終了した……とあった。

 ならば、その報告を信用するしかないだろう。

 アクセルが踏み込まれる。心地良い慣性が班員に掛かる。今更速度規制を気に留める必要などないだろう。それに、仕事はまだ終わっていないのだから。

 

 ジープがホールに到着した直後、纏う空気が変わった事に反応したハルは不意に目を覚まし、とゆっくり瞼を開いた。今までの街中をただ走っていたそれとは違う。一人一人の行動が慌ただしい。先程までの根を張ったような落ち着きを誰もが捨て去っていた。そんな全く落ち着きのない音々に、敏感になっていたハルの意識は一気に覚醒して、回復した体力で以ってその行動力を呼び起こす。

「おっ……と」

 ただちに起き上がろうとするもルルが隣で眠っている事に気付き、ハルは咄嗟に停止する。自分だけが立ち上がってしまうとルルがこてんと倒れ込んでしまいそうだった。頭を打ってもいけない。別に支障はないだろうが、かと言って打ち所が悪いと痛かろう。それは無視してしまうには少々可哀そうに思えた。頭を押さえ、ルルの身体をゆっくりと横たえて、自身もそっと立ち上がる。それでルルが目を覚ます様子はなかった。

「いよっと」

 勢い任せに補助席から飛び降りると地面を掴んだ足元が揺らぐ。停車しているかどうかを確かめる必要などないとなんの危機管理もせず着地したのが悪かった。

 だが、驚愕は容赦なしに訪れるもので……。

「酷い……」

 見渡す限りの、瓦礫の山。かつてそこにあった建造物は全て潰れ、粉々にされてあちこちに広がっていた。

 愕然と立ち惚ける。あった筈の物も、よく覚えていない物も、まとめて全部が破壊されていた。

 確か、自分が逃げる前には、ここに居酒屋があった筈だ。こっちには、確か銀行が。それで、その向こう側には駐輪場があって、それを脇に添えるように、駐車場があって……。

 あの時は必死だった。だから周辺に目を配る事も出来ずに、少年を連れてとにかく逃げて回った。他の誰にも気を配る事なく、ただ自分達が助かるために、背後に迫るディザスターの影から逃げて回った。

「あ……」

 そのせいか。いつしか気に留める余裕もなくなっていた人の事を、唐突に思い出した。

「シスター……シスターは?」

 プリシアは、ハルにとってすれば姉も同然の存在。それを、まさか今の今まで忘れていたらしい。自分で自分に驚く。あれだけ慕っていた人の存在も、追い立てて来る死を意識してしまえば、あっという間に頭の隅に追いやられてしまうのだそうだ。

「シスター!」

 悲痛な声だった。考えたくもない真実が眼の前にあっても尚、ハルは探し続けるのだろう。無意味に広がった荒廃の中に、プリシアの影を求める。その名を叫び続ける。満身創痍になった彼女が、一番元気で力のあるリッタの肩に支えられているところを目にするまで。

 

「あれが……」

 一方で、ハルの呼び声にようやく目を覚ましたルルは、再会し、歓喜に声を上げ合いながら抱き合う二人を、遠巻きに佇みながらぼんやりと見詰めていた。

 ハルを見付けたのは自分だった。だがそのハルが見付けたのはプリシアだった。否、見付け合ったとでも言うべきか。そして少なくとも自分は、ハルに探されてなどいなかったと思う。だがハルは自ら彼女の……プリシアの事を思い出し、あんな悲痛な声でその姿を探し求めたのだ。

 その食い入るような感情が、自分には向けられていない。そう思うと、ハルに背を向けられたようで、正直悔しくなる。

「私、なんて事考えて……」

 ハルはあんなに嬉しそうな顔をしているではないか。ならばそれで良いのだ。ハルが幸せに笑ってくれるなら、自分などただの踏み台でも構わない。

 そんな事を言ったって、ハルは間違いなく否定するだろう。友達を踏み台にしても、幸せなんかじゃないよ、と。

 ならば、ハルがそれでは幸せじゃないならば、踏み台になっている事も、黙っていよう。悪気はなくとも、ハルは案外、そういうところには鈍い子だ。少しでもそういう素振りを見せれば、感付くかもしれないけれど。

「あの子が幸せになれるのなら、それで……」

 空が暗かった。こんなにも、ディザスターに壊された夜は暗くなるものだったのか。

 心が暗い。表情も、自然暗くなる。心が暗くなれば影も沈む。そう、それに沈む。

 それは、あくまで比喩的な表現と言えよう。人の心境は、なにも顔や仕草だけに出るものではないという意味だ。だから、物理的に影の色がここまで黒く……そして、身を覆う程大きくなるなど、本来なら、あり得ない。

 外部からの干渉がない限り。

「!?」

 大きく暗い影は一気にルルの身の丈を追い越した。まるで突如分厚い雲が出たように月光を全て食ってしまう。

 なぜ、なのか。振り返ったルルは、羽音すらない、掟すら覆した魔物に、全身という全身の神経を釘付けにされてしまい、動けなくなった。

 同時に、イリアのフェアリーがけたたましい叫びを上げる。

「なッ――エマージェンシー!?」

 コックピットにいたのはイリアだ。パネルに食い入る。真っ赤な警告の文字。接近するディザスターを知らせるアラートだった。咄嗟に身を翻し、睨み付けた機体のレーダーが示す、その座標――――。

「ルル! 逃げなさい、早く!」

 フェアリーの真下で、班長が言い放つ。だがジープの真上を跨ぐように、その化け物は降り立った。

今度は、今までの奴らとは違った体型をとっていた。甘い甘い蜜を求め、人間の匂いを嗅ぎ付けて来たのは、身長の凡そ七割程もある鋏を顎に備えた、平たくも屈強な外殻で身を覆う艶のある茶色い怪物。

「クワガタタイプって……! なんでこんなヤツがこんなところに……!」

 イリアは、手元のコンソールを殴り付けた。生存者を応急処置した後ずっとここにいて、どうして気付けなかったのか。ちゃんと動く機器類。健康体のままの自分。それらが揃っていながらも成功してしまう奇襲など、あまりにも理不尽過ぎた。

 同じ艶持ちでもハルの髪とは全く異質なそれがジープを見下ろした。ルルではなく、身動きの取れない後部座席の少年に照準を向けたのだ。

 だが少年を助けようと思っても、ルルは動けなかった。寧ろ、狙いが一先ず自分に向かなかった事を、幸運であったとさえ思っていた。

 にも関わらず、即座には逃げ出そうという気になれなかった。意識のない子供が、眼の前でディザスターに食われそうになっていれば、それは、誰の良心だって揺さぶる。

 ルルは身動きの取れない体を、必死で叱咤した。動け、動けと、何度も呼び掛けて、命令して、しかしどう動けばいいのか分からなかった。

 動いてどうする? 動けたところで、何が出来る? 少年のために? それとも、自分のために? 逃げたらいいのか。立ち向かったらいいのか。答えは分かっている。紛いなりにも軍人なら、立ち向かうべきだろう。そうでもなければ、少年が食い殺されてしまう。しかし、ここで戦ったら、それこそ自分が死ぬ。それも、一方的に。

「え…………」

 だが思考に割く時間的猶予はそうなかった。

 クワガタタイプのディザスターが突如頭を振り上げて、身を捻ってルルの方を向いた。

「ルーちゃん!」

「ルル!」

 完全に体が硬直してしまって、動こうにも、ルルは動けなかった。

 班長が弾けたように飛び出して行く。イリアがフェアリーに火を入れる。ただちにフェザースラスターのエンジンが起動するが、それでもルルの下へ急行する事を無情な大勢は許さなかった。

「新手……?!」

 そんな……そんな……と、イリアは鳴り響くセンサーと複数の影を捕らえたレーダーに向かって吠えた。愕然とした。怒りを露わにした。助けられるのは、どちらか片一方でしかない。それも、これで最終的に誰もが助かるという保証すらなくなった。

 そして――少年の瞼が、騒ぎを聞き付け、重々しくも持ち上げられた。

「…………ひっ……!」

 いよいよ、迫る。

 ディザスターは、少年の呻きなどには目もくれずルルに近付く。

 少年の判断力は状況に対応出来なかった。そして精神は、その状況に耐えられなかった。仕方のない事と、それを一笑に伏す事が出来ただろうか。

 飛び起きて逃げ出した少年に、災厄は呼応して。

「…………!」

 逃がすまいと振り向き、突き出された鋏を見て、ようやく動けるようになったルルが、その綺麗な髪を靡かせて、少年の前に立とうとも。

「ル――――」

 守るべき対象のために、その命が散る事になろうとも。

 彼女は、敵を許す事が出来たのだろうか。

 

 クワガタ型のディザスターが遠ざかる。衛生班の班長が囮になった。拳銃で気を引いて、相手にこちらは戦力であるとアピールする事で動きを制限させた。だがそれも数分と持たなかった。

 班長を含め、衛生班は全滅。今はイリアが応戦しているがそれもいつまで続くか分からない。もうほんの数分の距離まで新手は迫っていた。今度もクワガタ型とは限らないが、それでも戦力差があり過ぎる。

「ハル……」

 数十メートルも上空で繰り広げられる空戦から視線を下ろし、プリシア。彼女のそのほっそりとした白い右腕には包帯が巻かれ、右足も、痛々しい血痕と土と砂埃で汚れ切っていた。ハルに近付く足取りも重々しい。ずっと優しげだった表情も、今はもう完全に疲れ切っていた。

「その子……」

 それ以上は聞けなかった。

 ハルは、自らの膝の上にルルの体を横たえ、彼女の頭を抱いていた。

 ハルに抱かれた少女は、一見、ハルより少し年上に見える。だがそれはハルが童顔で小柄な上言動までもが幼子のような事もあっての事。故実年齢からすると年相応か、はたまた少しだけ大人びた……といった印象に改まる。

『うん。三年間寮で同じ部屋になった子でね、大人っぽくてカッコいいんだ』

 ああ、と、プリシアは心の中で導き出す。今ハルが抱いている少女こそが、いつか自分達にも紹介したいと言っていた、自慢したがっていた友達なのだろう。そう言われると、なるほど、と思える容姿をしている。しなやかな四肢に、端正に括れた腰などは確かに綺麗な子であった事を窺わせる。

 だがこのちょっとだけ大人びた少女が辿った運命は、周囲の同年代の子達より、あまりにも先を行き過ぎていた。

 ハルは、泣いてはいなかった。ただただ自失して、ルルを抱き続ける。それはまるで、かつての名残が冷めて消えていくその体を、命を、逃がしたくないと、我儘を言うようで。

 プリシアは以前にも、街中でこのような光景を見掛けた事があった。ハルとシオンがまだいなかった頃に見た、飼っていた金魚が死んでしまったらしい少年の事を思い出していた。性を確か……なんといったか。そこらはよく覚えていないが、あまり聞き慣れない性であったと記憶している。

「ルーちゃん……」

 ハルが唐突に呟いた。だが、呼び掛けているわけではない。自分に向けられた言葉なのだとプリシアは気付く。

「ひょっとして、今朝の……?」

 とっさに出た今朝という言葉が、遙か昔を指したように感じた。だがハルはなんとも答えなかった。つまり肯定しているという事だ。だがやがて、その小さな頭が縦にこくんと動いた。やはり、今ハルが大事そうに抱擁している子は、三年間同室で、ずっと世話になった親友だったのだと確信する。

 なにも世話になったからという理由で親友と言っているわけではないだろう。人柄はともかく、もしそうなら、この状況でこれほど長い事、血塗れの彼女を抱き締め続ける事など出来はしない。

 プリシアは、動かないハルの肩にそっと手を置いた。このままでは、皆死んでしまう。ハルの気持ちも分かるが、プリシアはハルには絶対に死んで欲しくなかった。

「ハル……逃げましょう。早く遠くに行かないと……。ここももう危ないから……」

 いつ火の子が降り注いでもおかしくない現状。逃げ切れるかどうかは分からないが、ともかく少しでも遠くへ逃げなくてはならない。プリシアは、今のハルをルルから引っぺがして行かなくてはならないと思うと、本当に気がおかしくなりそうだった。無理矢理引き剥がす事も出来るかもしれない。だがそれはまるでハルの精神の糸ごと引き千切る事になりそうで。

「ハル……」

 だから、もう一度呼び掛ける。ルルを離す時は、置き去りにする時は、ハルの意思で、立ち上がってもらわなくてはならなかったから。

「シスター……」

 するとプリシアの苦渋の願いは、いとも簡単に成就した。ルルに回した腕を離すとそのままそっと地面に正して立ち上がり、傷だらけのプリシアの手を握って引き寄せた。プリシアの体重は軽い。だが、いつの間にか強くなっていたハルの力に、不謹慎にもプリシアは驚いていた。

「ハル……」

 大丈夫かとは聞けない。ただハルの名を口にするだけで精一杯だった。元気付ける資格すらも、自分にあるかどうかがあやふやで。

「ごめんね。大丈夫だよ」

 震える声が聞こえた。

「だって、シスターに……迷惑掛けちゃうもんね」

 ハルはプリシアに、顔を見せようとはしなかった。ただただ俯いて、小さく言う。それは決してルルを見続けているわけではない。

「シスター……」

「なに、ハル……?」

 プリシアの細くて繊細な手を、ボロボロに汚れた手を、ハルの暖かな手が握った。両方の手で、姉にはない、大切な優しい右手を握るように、縋り付く……否、受け取ろうとしているのだ。

「もうね……私、逃げるのに疲れちゃったのかもしれない……」

 崩壊する涙腺が震わせた声は、ハルが滅多に見せない情に染まっていた。

 それは、この空と同じだ。今でこそ太陽が落ちて深い闇に染まっているが、あの重苦しい灰色……鉛色の空こそ、このハルと同じ空をしている。

 ハルは力の入らない手で必死に何かを伝えようと、プリシアに訴え掛けていた。

「だって、おかしいんだよ……逃げようとしても、全然足が動かないんだ……」

 ずっとずっと、何かを訴えようとしていた。でも、それを伝えようとしても、なかなか伝わらない。伝えられない。それはハルの様子から見て取れる。

 握力を図る時、身体はどのような動きを見せるだろう? 多くの人は、身をくの字に折り曲げると思う。今のハルも、同じ事をしていた。小柄なハルの頭が、少しずつプリシアの腰の辺りまで下りて行って、手の震えが、それに増して酷くなって。

 やがて、再びその場にへたり込んだ。寸前でプリシアがそれを支える。顔中を汗と涙でぐしゃぐしゃにしたハルは、プリシアにしな垂れ掛かろうとはしなかった。

「もうダメなんだよ……。私、もう逃げられない……もう逃げるのは嫌だ……」

 それは、プリシアの手を借りなかったのは、これから、ハルが立ち上がってみたいと、立ち上がりたいと思ったから。

「私ね、ここに、ずっと逃げてここまで来て……。それで、なんども、フェアリー使えても、それでも立ち向かう事出来なくて、でも、それでも良いかって、私は、もうフェアリーに乗りたくないからって……!」

 プリシアも、勿論シオンも、ハルが空兵から転向した事は知っていた。ハルがそんな気紛れに決意を違えた事にも驚いたが、それよりも、初の実機授業で教官の搭乗機を圧倒したと聞き、それ以上の驚きを感じた事をより覚えていた。

 ハルには天賦の才があるのかもしれないと、誰しもが感じた事だろう。だがハルは、例の体験をした後酷く弱り、長時間昏睡し続けたとも聞いている。だから、誰もそれ以上は言わなかった。なによりハル本人が、それをきっかけに陸兵に転向したのだから。

「それでも、みんな許してくれた……偉い人にも、わたしがどんな事が出来たのかとか、言わなかったし、他のみんなも、もうそれいじょう、なにも言わないでいてくれたのに、でも、でも……!」

 それが、この結果だ……。

 ハルは自分を責めている。そして酷く後悔している。ひょっとしたら、自分がルルを殺したと思っているのかもしれないとプリシアは感じていた。

 ハルは自責の念に押しつぶされそうになっている。

 そしてそんな中、彼女はいったい、プリシアになにを伝えようとしたのか。

「ねえ、見てよ、シスター……」

 それは、彼女が抱いた責……その決への収束をもたらしたもの。

 今を以って、自ら閉じ込めたその封を解禁し、これ以上責を積み上げぬよう、行使しようと奥底から引っ張り出して来た――。

「私、こんなに強いんだよ……こんなに出来るんだよ……」

 力だ。

「なのになにもしなかった……なにもしなくて、だから私のせいなの! ルーちゃんが死んじゃったのも、みんな、みんな――!」

 だが、凄いと、出来るんだと、プリシアの手を握ったその手は年相応の少女のもので。

 街で見掛ける子達のものも、今そこで、ハルに看取られて逝ったルルの物も、そしておそらくは、死んだ金魚の死を嘆いた子も大きくなっていれば同い年くらいで、彼もまたハルと同じく。どこにでもいる子達のそれも、ハルの手も、皆変わらない。同じ、十五、六歳の子供の、小さくて尚、全てが特別な手なのだ。

「そう……」

 だからプリシアは、ハルに突き付ける。

「あなたせいかもしれないわね」

 その怒りをぶつける先を。本当にぶつけるべき先を、見失わないよう、教えるために。

「その子が死んだのは――ハル」

 衝動は、人を動かす。更なる怒りは、一層の開放を、大きく、強く助長する。

「あなたのせいよ」

 一度解き放たれれば、もう壊れるまで止まらないかもしれない。

「……だから」

 だが、ハルもそれを望んでいる。そうなる事を望んでいる。ただ黙って心だけが折れて壊れるくらいならいっそ……そう、だから。

「あなたが背負いなさい……その子も、あなたが守りたかったものなら!」

 後は。

「戦いなさい、ハル!」

 後押しするだけだ。

「…………シスター」

 ハルは、強く頷いて、立ち上がる。踵を返すと、どこへともなく走り出した。

 今度は逃げるためではない。今度は戦うために。これ以上失って、誰かに悲しい思いをさせないために。最後の悲しみは、自分だけで良い。こんな怒りも、自分が感じるだけで充分だ。


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