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ただそれだけでは逃げるも勝手、諦めるも勝手と、赴くままに野放しになってしまうだろうが、そこでどうすべきかは、そうすべきと自分で腹を括って決断するしかない.2

 そうやって逃げ続けていうちにいつしか日も落ち、宵闇が街全体を、否、都市全体を包もうとしていた。夕暮れはない。この日は空が薄暗くなるとただちに静寂の闇が訪れた。

 だが空がしんとしても、都市から喧騒が消え去る事はなかった。これが繁栄を象徴した人々の篝火と煌めきの音であればどれ程幸福な日の入りだった事か。この日の戦乱だけは不幸の火として、街の脈々に深々と掘り込まれていた。

 ディザスターは既存の生物とは違う。日の下であろうと目下夜闇が目前に染み沈もうと構わず獲物の捕食を続ける。

 そんなディザスターを導く光とは何か。かつて、せめて夜は休もうと、人々はそれを考えた事があった。ある人は熱だと言い、またある人は音だと言った。安心して眠るべく始められた研究は多くの犠牲を払いながら行われた。ディザスターを捕らえ、拘束するのに一人、また一人。拘束したディザスターを無力化するのにも、数十近い生贄を払う羽目になった。

 行われた実験は締めて七十余に上る。現代のあらゆる角度、視点からの観測方法を思案し、科学者達の思い付く限りの可能性を元に無謀とも言える実験を繰り返した。

 だがそのどれもが悉く思惑を外し、研究は迷宮入りを余儀なくされる事となる。

 結果、科学者達が導き出した結論はこうだ。

『ディザスターは人のいるところにやって来る』

 なんとも抽象的で、科学的根拠もない、まるで両手を上げたような推論だった。

 人々は、数百年間自らを支え続けた科学の力が敗れ去った事に落胆した。

 しかし未知の敵への脅威は、新たな好奇心を人々に与えた。

「ハル!」

 ディザスターはなにを以ってして行燈を人とし、人のなにを行燈とするのか、という古惚けた哲学的思案だった。

「ル、ルーちゃん!?」

 いつしか魔手から逃れたハルは、大通りの道すがら、後ろから声を掛けられた。聞き慣れた声だがそれも酷く懐かしく聞こえる。無理もない。ようやく終焉を迎えようとしている今日という日は、一人の少女が走るにはあまりにも長過ぎた。人一倍この時間を長く感じるのは、二度もディザスターに都市を凌辱される体験をしているからだろう。普通であれば、生涯に一度。二度目がないというのはほとんどの人が“二度目の体験すら出来ないから”だ。

 ハルの背中でぐったりとしていた少年が、エンジン音と少女達の声に反応した。前方の道を照らすヘッドライトの光に、ようやくその意識をはっきりと目覚めさせる事が出来たようだった。それまで怯えていた表情も、人類の物を見てようやく緊張を綻ばす。

 ハルより背の高い少女が、屋根のない緑色のジープから飛び出した。少女はそのまま、ふらふらと振り向くハルの下へ突っ込み、自分より幾分小柄なハルに両腕で抱き付いた。

「ハル! ハルのばか! 勝手に飛び出して!」

「ル、ルーちゃん……」

 ハルの声に、困った様子はなかった。ただ少し罪悪感と戸惑いがある。悪い事をしたのは自分なのに、被害者側である筈の親友からは泣く程心配されてしまっている。

「えと、あの……ご、ごめん……ごめんなさい」

「謝らないでよ……」

 そして逆に謝られると、ルルはどうしてか居た堪れなくなる。ハルを追わなかったのは自分なのに第一声は『ばか』と出た。馬鹿なのは自分なのに、その責任をハルに押し付けて、自分の寂しさと不安の捌け口を咄嗟に作り出していた。さっきまでは、こうしてハルの下に駆け付けても素直に抱き付く事なんて出来ないかもしれないと思っていたのに、いざ会ってみると、複雑にも、迷惑な事に口も体も勝手に動き出したではないか。

 そんなルルの言動に、どうやらハルは困っていた。思いの外、捌け口にされても怒ったり悲しんだりといったネガティブな捉え方はしなかったようだ。あくまで、泣いている友人をただ落ち着かせようとしているのに、そのための捉えどころが分からない、といった感じ。

「ごめんね、ハル……悪いのは私だ……」

「えっ? そ、そんな事ないんじゃないかな」

 ああ、またこうしてこの子を困らせる。勝手に立ち止まって勝手にハルに遠くに行かれてしまったのは自分なのに、ハルはどうしてこうもすんなりと私を受け入れるのか。ルルは我が振りも忘れ、しがみ付いたハルの肩に涙を染み付けた。ハルも、少年の事を支えながらも、自身の肩に埋められたルルの頬に顔を寄り添わす。普段はお姉さんのように振る舞っていたとしても、やはりいざの有事のハルの胆力には恐れ入る。状況に動揺していたのは、一方的にルルだけであったのだ。

「ほらほら、感動の再会はそこまでにしなさい。ここらはもうあいつらの縄張りなんだから、いつまでも留まっていられないわよ」

 ハルとルルに、他の女性が声を掛けた。ジープのハンドルを握るのは、この医療班の班長だ。如何にも活発な女性で、本来整える筈の制服も動き易いよう若干着崩している。だがどんなに着崩していても、その背筋には芯が通っていた。能書きではなく、理屈に結果を追い付かせるタイプである事が窺える。女性はジープから降りると二人の元へ寄って行き、両者の肩を抱いた。叩かれるような衝撃にハルとルルは一瞬前のめりになったが、それすらも女性の抱によって支えられた。大きな人だ。ハルは決して大柄ではない女性の腕に頬を埋めながら、そう思った。

「よく頑張ったわね」

 女性に、そう耳元で囁かれる。きっとここまでの労を労ってくれているのだと思うとなんだかむず痒い。必死で少年を守ってきた事がようやく実り、成となった気がしたのだ。

「いやぁ……それほどでも」

 付加的に、ハルの口角はふやけて持ち上がった。思い上がっているわけでなく、この班長の特有の頼もしさについ肩の力が抜け切ってしまったのだ。

「あなた達、早くこの子達を乗せて、退却するわよ。男の子を寝かせるから、サイドカーも出して」

 班長の指示に反応し、それまでジープにいた班員達三名はただちに作業を開始した。

 後部座席の二名が、車体後部のトランクに取り付き、積載されていたサイドカー二台を引っ張りだす。助手席にいた班員は、ハルが抱えて来た少年を寝かせるため、カバーを敷くなどして後部座席の整備を始めた。手慣れた作業はどれもスムーズに進められ、ジープはあっという間に仮説寝台付きの、トランクと両脇のサイドカー二台を合わせた七人乗りの車両へと変貌した。

「申し訳ないけど、ルルと貴女はサイドカーに乗ってもらえるかしら」

「はい」

 快く了承する。ハルの腕から、少年が女性の腕へと渡って行く。遂に荷が下りたようだった。小柄で細身のハルにとっては、例え小柄な少年の体であっても、人一人分以上の暖かな重みを感じ続けるのは過負荷であった。だが、ゆっくりと離れていくそれを名残惜しげに眺めると班長に抱えられて安心し切っている少年の顔が窺えて、頑張った甲斐があったと個人の精神的には満足出来た。思わず頬を綻ばしてしまう。

 少年が後部座席で寝息を立て始めた頃にはハルも今までの消耗に圧し掛かられ、柔らかなルルの右肩と眠気にその身を委ねていた。

 膝を抱いて背中を丸め、倒れ込むようにルルに寄り掛かる。すう、と、規則的で穏やかな呼吸は、すぐそこのルルの耳元まで届いていた。

 余程必死だったのだろう。その髪は汗でしっとりと濡れており、服も、到底遊びに出掛けたとは思えない程汚れあちこちが擦り切れていた。

 肩に乗せられたハルの頭が、自分の直ぐ鼻先まで迫っていた。少し動けば、ルルがハルの髪に顔を突っ込む形になってしまう。先程とはまるで逆の構図だ。

 故、ルルは敢えてそれを決行する。

 懐かしい形だ。寮ではよくこうして、怖くて、一人では眠れないというハルを抱き枕にして二人で眠っていた。子猿のようにしがみ付くハルを、ルルが頭を抱え込むように抱擁する。だが決まってそういう日は、ハルの睡眠に釣られるように、遅刻ギリギリに目覚める事になってしまうのだけれど。ただ、それはそれで、ハルの体温を感じる時間が増えて、幸せではあった。ハルはとても抱き心地が良い。小さいくせに妙に柔らかくて、息を止めていても触覚的に感じられる良い匂いが脳をくすぐるのだ。

 ハルは時折、酷く怖い夢を見るらしい。それは、空が落ちて来て、人々を踏み潰していくという、抽象画のような夢であるという。

 空が落ちるとは、いったいどういう事なのか。ルルは、ハルを抱き締めながらそっと問うた事があったが、ハルもイメージとして掴んでいるだけらしくそれ以上詳しい事は聞けなかった。少なくとも、物理的に成層圏が落下して来るわけではなかったらしいが、全貌は空が来るというだけで、本当に曖昧な解釈しか返って来なかった。

 だが、もしそれが現実に起こるのなら、確かに夜通し魘されるような悪夢だろう。それも、毎回同じようなイメージを与える夢が、頻繁に呼び起されるのだから。

 空といえば、ここ数百年近くは人類にとって縁のない概念体だ。空は、かつて地上が水と生命に溢れ、ここが水の星と云われていた頃に人々が目指し、夢見ていた憧れの地だった。ディザスターとの抗争が始まってから、真っ先に人類が奴らから取り戻そうと誓ったものも青空だ。今では雲に阻まれ、日光以外を視界から隠されてしまったその理想郷。目標として来たそれが人類を裏切るなどとは、誰も考えようとはしないだろう。少なくとも人類は、青空が自分達のものであると自負しているに違いないから。

 ハルが動いた。ルルはそっとその髪を撫でる。普段はさらさらの髪も今は汚れて湿り、厄介な寝ぐせさえ立つ余地がない。だが指で触れた髪はつやつやと柔らかで、頭も小さくて、どこか可愛らしい。ハルの寝息は静かだった。親指程開いた口から聞える寝息、ゆっくりと上下する肩が、ハルの息吹をルルの意識下まで直に伝えてくれる。濡れた肩が触れ合う度、少しだけ水気がルルの方に渡り、若干の不快感も渡される。

 それでも、なんだか少し、いいにおいがする。ルルはそんな気がした。

 それはきっと、単純な理由がルルに心地良さを与えているからに違いなかった。

 ずっとこうしていたかったという子供のように身勝手極まりない願望が、瑣末な事など忘れさせて、ルルの喜怒哀楽を支配する。

「うーん……」

 だが一方でハルは居心地悪そうに呻いた。そりゃあそうだろう。寄り掛かったところに、真上から重みを掛けられては寝苦しいに違いない。ルルはハルの邪魔にならないようにと顔を上げ、互いに寄り添うように、頬とつむじとで支え合うようにして、そっと眠りに付いた。今日は疲れ過ぎた。肉体的な緊張もそうだが、ハルの事で少し、悩み過ぎたのかもしれない。

 無事に二人とも生き残れる事が出来たなら、はっきりしてしまった方が良いのかもしれない。きっぱり結論を出す事が、限られた時間で、唯全ての望みを丸く収める近道に違いないから。

 

 掃討戦は成功した。撃墜したディザスターの数は十一。周辺被害は軽微。

 呼吸が止まらない。完全に止まられては都合が悪いが、だからと言ってここまで張り切られては逆に不都合だ。なんだか自分が自分に我儘を言っているような気になる。だがこうやって極端な呼吸を納めてくるのは体の方だ。精々今の半分程度の供給で酸素は足りるのにも関わらず、肺はしゃにむに働く。

「リスティ……カレラ…………!」

 掃討戦は成功した。残ったディザスターは、救援を含め、ここに出向いて来た分は全部殺した。スラスターを切って、アスファルトに手を突いたフェアリーの頭だけを回転させると、その凄惨な様が目前のスクリーンに投影される。

 どれがなんの肉塊で、どの白い欠片が骨格なのかアスファルトなのか分からない。血液はあちこちから流れて混濁し、赤と緑の無秩序な絨毯を伸ばす。一見して分かるのは、撃破された無機質なフェアリーの残骸と、砕け散った甲殻内部に肉片のへばり付いたディザスターの残骸のみ。後はよく分からない。どれがかつてリスティを形作っていたものなのか、どれがカレラの頭部や手足であったものなのかさえも分からない。ただ、一緒に投げ出された臓器の大きさから、ああ、あれは人間のものだなと体外的に分かるだけ。

「なんで、なんでみんなッ……!」

 掃討戦は成功した。最後に生き残った方の勝利であるとするならば、ルーブルシアという都市は、ディザスターの猛攻に耐え抜いたのだ。絶望的と思われた戦力差の中、倉庫街の戦いは生き残り残数二対零という形で、人類軍に軍配が上がった。

 生き残ったのは、フェアリー一機、人員二人。一人は先程撃墜され、仲間達が身を犠牲としながらも生き長らえた紫髪の女性、ウーノ。そして、最後まで戦い抜いた最期の一機のフェアリーのパイロットは……。

「ウーノさん……」

 ハッチを開け、イリアはコックピットからワイヤーエレベーターで下乗すると、手を突いて項垂れ、泣き震えるウーノの元へと歩み寄った。

 普段は気丈に振る舞うあのウーノが、ここまで泣き崩れる事などかつてあっただろうか。

 全員の名前と顔もきちんと一致しない者達の死に、しかしイリアは泣く事も出来ずにいた。増してやウーノの涙を止める事など、万に一つも出来ようはずもない。自分にその資格があるとも思えなかった。

 掃討戦は成功した。だが状況は絶望的だった。成功した、などと言うがそれは事務的な意味合いしかもたらさない。大局としては戦果の一つに数えられるかもしれないが、仲間が大勢死んだ時点で、小さな組織に於ける戦いとしては既に失敗しているのだ。否、大敗を喫したと言っても良い。

「ウーノさん……」

 泣き止めないウーノに、そっと、まるで忍び寄るように近付くイリア。

「ごめんなさい、私……」

 自分はひょっとしたら、足手まといにしかなれなかったのではないか。もし、ウーノが泣き止める――いや、泣かずに済んだ方法があるとしたら、是非自分がそれを実行したかった。自分が皆を助けられていれば、彼女はこうして泣き崩れなかった筈だ。

「謝らないで。貴女が悪い事なんて……ないわ」

 ウーノはイリアよりは、幾分年上だ。だが、ただそれだけだ。対ディザスターとの実戦も、実はこれが初めて。仲間の死など、無論味わった事などなかった。当然だ。まだ若干二十歳そこらの女子が、同年代の子の、友の死を何度も経験している筈がない。だが、それでも死に対する覚悟はイリアよりずっと、身近なものとして捉えていた。苦しい死を迎えるなど、この道を選んだ時から覚悟していたのに、いざ死が眼前に広がると今までの覚悟はいったい何だったのかと思わせる程涙が零れて来る。そして止まらないまま、次々と流れ落ちて行くのだ。

 言い出したのは誰だったか。イージス学園に入学しようと言い出したのは、確か、お調子者のリスティ。私達で都市を守ろうという熱意に、ウーノを含めた周りの者も巻き込んで、乗り込むように入学したのだった。

 順風満帆だった学園生活のある日、リスティに対して思った事があり、ウーノは尋ねた。

『なぜ突然、そう思い立ったのか』という旨の質問だった。

 始めリスティは、由緒あるルーブルシアに生まれ育ったのだからなどとらしくもない事を言っていた。だが、少し問い詰めると頬を染めた。なんだと思っていると、目を背け、

『ヒーローに、なりたいでしょ?』と言い、次には顔中真っ赤にして、

『それに、都市がなくなったら皆と一緒にいる場所がなくなるし……』と、いじらしく言う。彼女が守りたかったものは、場所と、そして……。

 ウーノはその真意を思い出して、一層泣いた。一応彼女は彼女なりに、“自分達の中のヒーロー”となって死んでいったのだ。だからあの時も、進んで死地に向かうような真似が出来た。それはリスティ以外の皆も、きっと同じだったに違いない。

 泣き続けるウーノ。イリアがそれを、静かに見詰めている。時が止まっているようだった。だがその時も、闖入者の瓦礫と共に、かたと動き出した。

 動き出した二人は咄嗟にそちらに目を向ける。ディザスターを殲滅したとはいえ警戒を解き過ぎたと後悔した。瓦礫は膨らむように持ち上がり、やがてそこから現れた背中によって左右に退かされた。だが、瓦礫から立ち上がったのは人だった。やけに線の細い体。服装からして、どこかの修道女のようだ。修道女は一人の女の子の手を引きながら立ち上がるも、またすぐに瓦礫に足を取られてへたり込んだ。

 ウーノとイリアは自らの役目を思い出していた。まさかあり得ないと思っていた生き残りに気付き、急いで駆け寄って行く。

「大丈夫ですか?」

 今まで泣き崩れていたとは思えない。流石といったところだろう。イリアより一歩早く、ウーノは修道女の肩を抱いていた。

「私は大丈夫です、それより早く……この子を……」

 修道女はあちこちを切って出血していたが、どれも軽傷で目立った傷があるようには見えなかった。だが、その右目からは光が失われているように見えた。だがそう不自由さを感じさせる素振りを見せない様子からすると、前々からそうなのだろうと受け取る事が出来た。ならば、執拗に世話を掛け過ぎては却って失礼に当たるかもしれないとイリアは思った。

 ウーノが、受け渡された女の子を預かる。顔色が悪い。酷く弱っているようだった。気を失っていてもその表情は辛そうに噛まれていた。この修道女に守られたのか、外傷はほとんど見受けられない。となると精神的に相当強いショックを受けたのか。目の前で人が死んだか、それとも、近親がディザスターに食われたのかもしれない。ただ少なくとも、女の子が目覚めたところでそこに触れるのは間違いだ。例えそれが、大局を左右するような事態に瀕していても。

「機体の通信機を借りるわよ」

「はい」

 ウーノが女の子を連れて、イリアが置き去りにしたフェアリーに足を向ける。イリアもそれに続いた。

「どうしたの?」

 とたとたと付いて来るイリアに、ウーノが問うた。

「救急セットが、機体の中に」

 そこからの手際は極めて良かった。通信機はだいぶダメージを負っているようだがまだ生きていた。急いで防衛本部に連絡を試みる。既に真っ暗になった機体のコックピットにうすぼんやりとした明かりが灯り、ウーノが手慣れた操作で左サイドの機器を弄ると、ノイズの向こうから人間の声が聞こえて来た。ウーノは状況を報告するとただちに救援を寄越して欲しいと陳情する。だが、向こうも相当揉まれているらしく直ぐには無理だときっぱり断られた。だが、生き残りに子供がいると伝えると、せめて優先順位は上げてみようと約束してくれた。

 ただ、イリアとしては不満だった。こちらはもうボロボロで、負傷者もいれば精神的にケアが必要な子供までいる。だというのに、どうして今すぐ助けを寄越してくれないのだろうか。

「向こうも大変みたいね。私達と同じような状況になっている場所も少なくない筈よ」

 そういうもの、なのだろうか。イリアはつい怪訝な顔付きになった。仕方のない事だと、頭では分かっていても腑に落ちる事ではない。

 尤も、自分は頑張った、一番大変なのだという思い込みは誰にでもあるものだ。増してや命を掛けてもそう直ぐには報われないというのなら、この仕打ちを理不尽に思うのは当然なのかもしれない。

「ほら、早く戻りなさい。軽傷とはいえ雑菌が入ったら大変よ」

 失念していた。イリアは救急セットを引っ掴むとトンボが返るように修道女の元へ戻っていった。


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