午前0時の決闘
やわらかな月光の下、私はいつもの席に座った。冬も終わり、少しずつ暖かくなってきた春の息吹がほほをなでる。
彼女の座る席には、白いテーブルクロスがひかれた丸いテーブル。中央には鮮やかに赤く染まったバラが飾られていた。
「咲夜、紅茶」
「かしこまりました」
どこからともなく、彼女は現れた。と同時に、焼きあがったばかりのクッキーが盛られたバスケットが置かれていた。
いつもながら、その手際の良さには感心する。流れるような手つきで、アップルティが淹れられていく。
「外で飲むにはちょうどいい季節になったわね」
香りを味わい、一口飲む。いつもながらいい出来だ。
「そうですね、お嬢様」
目を落とせば、庭の白バラがその身を照らされ青白く光っていた。霊を連想させる儚げな姿は、桜吹雪を見たような少しの寂しさを思わせる。
なかなかいいものを見せてもらった。時がゆったりと流れていく。
「ねえ、お姉さま?」
不意に、屋敷の中から呼ばれた。振り向くことなく手招きをすると、平然と歩みよってくる。
「何しているの?」
「紅茶飲んでるの」
「ふーん…」
つまらなそうに相槌を打つと、クッキーを一つほお張った。こうしていると可愛いが、私は妹との団欒を味わう気にはなれなかった。
嫌な予感がしていた。実の妹フランドール・スカーレット、通称フランは見た目に反した桁違いの力を持っている。
吸血鬼の血を引き、魔力、身体能力ともに秀でている。能力も恐ろしく、実の姉でも勝てるかどうか疑わしい。
そのフランがつまらなそうにしていると、口にする言葉は決まっている。
「ねえお姉さま、弾幕ごっこやりましょ?」
こうなるのだった。もはや運命など見なくてもわかる結末。
「…フラン、貴族であり淑女となるあなたが、そんな野蛮な遊びするものじゃないわよ」
「いいよ、レディになんかなれなくても」
ハァ、と心の内でため息をつく。無論、こうやって諭しても無駄だとわかっていた。
たまにとはいえ姉の私が弾幕ごっこをやっており、誰もが普通にスペルカードを持つ幻想郷で、弾幕ごっこをやるなというのは説得力に欠ける。
「美鈴に相手してもらったら?」
「ダメ。美鈴じゃ簡単に勝っちゃうもの」
「弾幕ごっこじゃなきゃダメ?パチェに本読んでもらうとかは?」
「今はそんな気分じゃないの。ね、やりましょ?」
とはいえ、私は乗り気ではなかった。美しいものを見て気分が安らいでいたのもあるが、彼女の相手を拒むのはそれだけではない。
フランは遊びでも手を抜かないからキツイのだ。ほんの遊びなら、スペルは2,3枚で十分だろう。だが彼女はそれでは満足しない。
一度勝負を受ければ、彼女は喜んで次々と弾幕を撃ってくる。7枚のスペルを全力で放つのだ。当然、手加減は無い。
それに通常弾も手厳しいのだ。どちらが勝つにしても、小1時間はかかることが必至である。
だが、このまま無下に断るのも良くない。退屈を爆発させたフランは大変だ。館のあらゆるものを破壊するだろう。それは流石に気分が悪い。
「うーん、トランプとかはどうかしら?」
「座ってやる遊びは嫌。体動かしたいの」
代案を出してみたが、あっさり断られた。どうやらトランプでは、彼女の退屈しのぎにもならないらしい。
「それじゃあ…」
天を見上げ、思考にふける。ただ単に体を動かすだけでは、彼女は満足しない。多少なりスリルがなければ、この退屈さを紛らわすことはできないだろう。
「そうだ。フラン、西部の決闘を知っているかしら?」
「なあに?それ?」
「昔、アメリカの西部で行われていたらしい決闘法よ」
「へえ~、カッコよさそう!教えて?」
予想通りだ。食いついてきた。前に宴会で風祝の巫女から聞いて、パチェに調べてもらった決闘の話。好戦的なフランにはいい話題だった。
「簡単に言うと早撃ちよ。1対1で向き合って、合図とともに銃を抜き撃つの」
「それなんだか面白そう!ねえ、それやりましょう!」
今までと打って変わって、笑みを浮かべる。そういえば昔、フランは大航海時代の海賊の話に夢中になっていた。
ずいぶんと男の子っぽい志向だと思ったが、そういう話のほうが彼女はとっつきやすいのだろう。
あの後、本気で海賊のような帽子と拳銃を欲しがったのをなんとか宥めすかしたのはいい思い出だ。
「いいわよ。でも危ないから一回だけ。わかった?」
「うん!でも合図はどうしよう?」
「あれでいいんじゃない?」
指さした先には、紅魔館のシンボルの一つである時計塔が黙々と時を刻んでいた。
咲夜以外に時計を持たない紅魔館の住人にとって、この時計塔が鳴らす鐘の音が唯一の時刻を知る方法だった。
「今、11時50分ってとこかしら?あの時計塔の鐘が鳴った時が合図よ。鐘の音が鳴ったら弾を撃つ。それで動けなくなったほうの負けよ」
「わかった」
「じゃあ、外に出ましょうか」
立ち上がり、庭へと歩き出す。手入れされた芝生は裸足で歩きたいほど気持ち良さそうだったが、貴族としてそれは止めておいた。
フランのほうはずいぶんとご機嫌だ。久々に私と遊ぶのが楽しみなのだろう。それは姉として嬉しいのだが、できるならもう少し平和的な遊びにしてほしい。
「さて、距離はこのくらいでいいかしら?」
「そうだね。こんなもんかな?」
私とフランの間は約5メートル。私の足で6歩と少しといったとこだろうか。
こんなに近づいて弾幕を打つことは普通無い。フランにしてみれば初めてのことだろう。フランと弾幕ごっこを滅多にしない私にすれば未知の領域だ。
「じゃあ…準備はいいかしら?」
「うん。いつでもいいよ」
途端に、フランの目つきが変わった。本気の目だ。足を軽く開き、瞬時に動けるよう軽くヒザを曲げると、右手を太ももに這わせていく。
まるで本当に、そこにガンベルトに仕舞われた拳銃があるかのように、フランは身構えた。誰かに教わったわけでもないのに、飲み込みが早い。
私もゆっくりと身構える。辺りはただ、静けさだけがある。私とフランの二人きり。世界が私たち二人きりに狭められていく。
二人の勝負に遠慮はいらない。距離が近いとはいえ、どこに当たろうと死んだりしない。たとえ顔を打ち抜かれようと、数秒後には元通りになっている。
月が雲に隠され、うっすらと庭が暗くなる。暗くなった闇夜に、フランの紅い眼が浮かぶ。
我が妹ながら、大したプレッシャーを与えてくれる。髪も翼も似ていないが、唯一似ている紅い瞳が私を射抜く。
私と同じ眼。私はフランにはどう見られているのだろう?フランもまた、私の眼に少しの緊張を抱いているのだろうか?
彼女にはもう、どこを狙うか決め込んでいるのだろう。視線が動かない。迷いなく私を見透かしている。
無意識に指先が動く。疼くように動く指。ただその時をじっと待つ。腹は決まった。どこに撃つかも全て。
雲が晴れ、月が本来の輝きを取り戻す。静かなはずなのに鼓動と呼吸がいやに大きい。時間はもう、迫っている。
ボーン…!
「!!」
時計塔が、静かに役目を果たした。屋敷中に響き渡る、低く落ち着いた鐘の音色。二人は即座に相手を指差した。
一瞬、フランが速かった。レミリアを指した右手の人差し指と中指の間が輝き、弾が発射された。吸血鬼といえど、目に映るのがやっとの速さだ。
耳を突き刺すような銃声も、鼻を突く硝煙の香りもないが、一直線に向かう弾は恐怖をもたらすのに十分だった。
(予想通りだ…やはりフランが速い!だけど、読めている!運命など使わなくても!)
弾を撃とうと、レミリアもフランを指差す。と同時に、顔を右に傾けた。
その横、左目のそばをピンポン球くらいの弾がかすめていった。紫の髪が飛び散り、ナイトキャップがほつれた。
予想は当たった。フランは一撃で相手を倒そうとする。一撃しか撃ってはいけないと決めたわけではないが、性格上そうすると予想出来ていた。
相手には全力で向かう、勝負にこだわる子供っぽい性格。私自身、そういう部分があるからよく分かる。
だからフランが狙うのは頭か心臓と予想した。それも頭の可能性がはるかに大きいと考えた。
彼女の場合、無意識にでも完璧な勝利を目指すだろう。私より速く構え、私が撃つより速く頭を打ち抜く。そうすると予想した。
となると、彼女の利き腕は右手だ。0コンマ1秒以下を争う勝負では、小細工抜きに真っ直ぐ狙うのが常だろう。
ならばフランの弾は私の顔の左半分に当たる可能性が大きい、そう考えた。フランが狙いを外してしまえばそれまでだが、私はその可能性に賭けた。
私も指先に力を込める。人差指の先端に小さめの弾が作られると、全力を込めて発射した。狙うは彼女の心臓!それが私の策だった。
顔では私のように避けられるかもしれない。だが心臓ならばそう簡単に避けられないだろう。この至近距離で飛んできた弾を飛んで避けるには無理がある。
心臓に一撃、流石のフランもこれで動けまい。私色に赤く染まった弾丸がフランの胸へと飛んでいく。
(…!?)
その瞬間、目を疑った。フランの左手も私を指差している!
彼女は鐘が鳴った瞬間、両手とも構えたのだった。利き手の右が若干速く私を狙った。右はもう撃てないが、今この瞬間左手が私に照準を合わせている。
愚策だった。利き腕でのみ撃っていいとなぜ決めなかったのか!私の左手はだらんと下がって、スカートにただ寄り添っている。とても間に合わない。
しかも、フランの左の二の腕が盾となっている。弾の軌道をフランの二の腕が塞ごうとしていく!
「ぐふっ!」
「うぐぁ!」
どさり、とヒザから崩れ落ちた。直撃だった。
血が流れたわけでもない、死ぬわけでもないが、スリルを味わうには十分だった。
「…っ、ふう…」
弾は私の右脇腹に着弾した。息が苦しい。だがなんとか立ってみせた。
全ては最後の一瞬の判断だった。フランはあの時、私の弾を防ごうとして、照準が下にずれた。右の顔面を狙った弾は、大きく下に外れ脇腹を射抜いた。
私の弾は見事、フランの心臓に命中した。正直に言おう、これは運命を操ったわけでもなんでもない。奇跡だ。
弾は腕に阻まれることなく、心臓に吸い込まれるように届いた。弾を操ったわけではない。早撃ちで誘導弾など使えるわけがない。
「…っふふふ、負けちゃった」
苦笑いを浮かべつつ、フランが立ち上がった。だが清々しい笑顔を見せていた。彼女なりに満足したのだろう。だいぶ落ち着いている。
「咲夜」
「ここに」
「フランに新しい服を。あられもない姿だわ」
心臓を撃たれたフランの服は、左胸が破け薄桃色のキャミソールが見える。
「かしこまりました。妹様、こちらに」
「うん。あ、お姉さまは?」
「あとで着替えるわ。ちょっとここにいたいの」
「わかった」
咲夜に手をひかれ、フランが屋敷へ戻っていく。二人がいなくなったのを見届けると、人目もはばからず芝生の上に寝転んだ。
「…姉の威厳を保つのも大変だわ」
誰に言うでもなくつぶやくと、熱くなっていた体を夜風で冷ました。
どうも、月見草です。
なんか久しぶりに戦闘描写が書きたくなりました。でも弾幕の描写は無理なんで、何かないかと考えて荒野の決闘を思いつきました。
吸血鬼の遊びは相当危険が伴いそうですね。姉妹で決闘…遊びとしてやりそうで怖い。これは美鈴じゃ無理でしょうね。
咲夜さんなら…いや、咲夜さんは反則か。
フランの遊び相手は生半可な力じゃ成立しないでしょう。スペル7枚はレミリアでも嫌がるだろうと考えここにたどり着きました。
レミリアも大変でしょうね。姉の威厳を保つのは。大半の人はナメられますよ。
それでは、読了ありがとうございました。




