お前が山だ!
YouTube動画に触発され、中級の山に初心者が単独で挑んだのが、そもそもの間違いだった。
山田は、三日間――出口を見失い山を徘徊していた。
山には優しい美女がいる。男手が足りなくて困っている。助ければ恋が芽生える、というYouTube動画を見て山田はその気になった。
ところが、山には女はいるにはいたが、おばちゃんや男連ればかり。
再生回数目当てのタイトルと内容にまんまと騙されたのだ。
運動不足の身体がつらいだけで、なにも面白くない。しかも道迷いして手足が震えだし、最悪。
ここで死んじゃうのかな? 山田は座り込みそう思った。
すると山田の横を登山者が通り過ぎる。地獄に仏とはこのこと。
「助けて下さい。遭難して三日何も食べてません」と山田は声をかけた。
登山者は何も答えずただ黙々と歩いて行く。山田は何度も声をかけ必死について行った。だが相変わらず無視。
でも着いていけば山から出られると必死に追いかけた。
一時間ほど歩いただろうか、もう無理と思ったその頃、開けた場所にたどり着く。
先程まで先を歩いていた男を見失った。
最悪だと山田は思い、空を仰いだ。
すると登山者は木にぶら下がり亡くなっていた。口からだらしなく舌が伸びる。
「ひぃーーー!」
山田はびっくりしたが、疲労しすぎていたせいか大して驚かなかった。
それよりも少し離れた場所にリュックに目が釘付け。山田はリュックを開き中に入っていたチョコバーにむしゃぶりつき飲みかけのペットボトルの水をゴクゴク飲んだ。
チョコバーは甘く、お腹にわずかながら満足感を与えた。三十分ほどで手足の震えが治まる。
山田は、今後のことを考えた。
リュックにはまだチョコバーが四本と着火剤とチャッカマンと遺書が入っていた。ペットボトルの水はあと半分はある。
薪を集め火を燃やせば救助が来るかもしれない……。
よく見渡すと近くの地面に何か手紙のような物があり、上に石が置いてある。風で飛ばないようにしてあるのだろう。
なぜ、こんなところにもうひとつ遺書を置いたのかと石をどかして見ると「発見者様へ」と書かれてあった。
糊で封がしてあれば読まないつもりだったが、封がしてない。山田は読むことにした。
内容は会社のスキャンダル隠蔽に関わり、被害者には遺族もいたことから悔いていると書いてある。
自分の子供も大きくなり責任は果たした。だから自分は大好きな山に裁いてもらうと書いてあった。
スキャンダルのえげつない内容にドン引きしながら、ずいぶん身勝手だなと思いながら山田は読み進めた。
もし公表されれば会社は大変なことになり、家族も世間から非難を浴びるだろう。水性ペンで書いたから雨が降れば読めなくなる。そうなれば私の勝ち。
もし雨が降る前に発見した者がいたのなら、あなたが山の代わりに自分を裁いて欲しいと書いてある。
更に続きがあり、報酬に1000万を別の山に埋めた。もしよければ裁判の報酬と迷惑料として受け取って欲しい。どちらを選んでも受け取って構わないと、ご丁寧に地図まであった。
山田は「う~ん」とうなってしまった。
もし、この手紙を週刊誌に送れば正義は行われるだろうが、大変なことになるだろうと。
正義か人情か、それ以前に俺は助かるのかと山田が考えていると電話が鳴った。
山田の電話は、彼のバカ上司がしつこくメールを送り続けたため、電波が届く位置にたどり着いた時、受信ラッシュで電池切れを起こした。
どうやら死体のポケットから鳴っているようだ。
山田の喉がごくりと鳴った。
長い木の枝を探すうちに電話は切れた。
山田が木の枝を死体のポケットに差し込み漁ると死体はぐるぐる回る。
ごめんねごめんねと言いながらつついているとポケットからスマホが落ちた。
山田は上手くスマホをキャッチ出来た。
山田は110番に電話して、状況を説明して救助を依頼した。警察は本当に登山者は死んでいるか確認を入れた後、救助は朝になるだろうと言い。電池切れを防ぐため電話したりスマホをいじらないよう注意して通話を終えた。
山田が救助信号用ののろし用に薪を集めているとまた電話が鳴る。
警察かと思い電話に出ると「パパ、良かった無事なのね」と女性の声。
気が重かったが山田は手短に今の状況を伝え電話を切った。
女性は礼と、自分からも警察に電話すると言った。
電池は残り20パーセントを切ったが、明日まで持つだろう。
山田は明日救助ならチョコバー食べてもいいだろうと、もう一本ほおばった。
「パパ」と言っていたが、奥さんなのか、愛人なのか、娘なのか誰だったんだろうと山田は色々考えた。
結局、誰かを裁くのは気が重い。見なかったことにして、救助隊が見つけるか見つけないかに任せよう、山田はそう考え遺書を元の場所に戻し、重石を乗せてから、薪に火を起こして眠ることにした。
地面は体温をどんどん奪う。しかし今日は火がある。
山田はケバブのように冷たくなった身体を火であぶりながら眠った。
「お前が山だ!」
急に大きな声がして山田は飛び起きた。しかし誰もいない。山田は再び眠りに落ちた。
「お前が山だ!」
「はい、私が山田です」
飛び起きた山田は返事をするが誰もいない。奇妙なことがあるものだと再び眠ろうとすると頭の中にイラッとした声で「お前が山だ!お前が裁け!」と声がした。
本当に山の裁きはあるのかと山田は怖くなり、山から逃げ出したかったが三日出られなかったから無理だとあきらめた。
「はいはい、わかりましたわかりました。朝までにどうするか決めますよ」
山田は軽口で返事をすると、再びどうするべきか考えた。
被害者側の立場なら正義だろう。
でも従業員や登山者の身内は正義のために苦しんだり損をするのは御免だろう。
加害者の立場は考えるまでもなく論外だとして第三者の自分はどうすればいいのだろう?
山の裁きとは何だろう? と考えてみたが、考えれば考えるほどわからない。
どうしようか迷っていると山田は自分が第三者ではないことに気づいた。そうだ、チョコバーと水で命拾いして救助の電話もかけられた。自分にとって登山者は命の恩人なのだと。
そうとなれば話は早い。恩人やその家族に不利な選択をするのは人として間違っているからだ。この裁判は人選でミスをした。被告を恩人と感じる人物を裁判官にしてしまうのは痛恨のミスだ。
朝になり、警察から電話が鳴り一時間後に上空にヘリが飛ぶと言った。その頃にのろしを上げると返事をして待つこと一時間、山田は無事に救助された。
救助のヘリの音が聞こえた瞬間、山田は自分宛の遺書を火にくべた。もちろん地図はリュックに忍ばせて。
記者会見させられるのかと山田は怖れたが、最近は一般人は会見しないということで一安心。全国区のニュースになったが直ぐに忘れられた。
唯一、YouTubeチャンネルに自分の遭難の再現動画を見た時、山田は苦笑した。
結局、1000万は山田は取りに行かなかった。埋められてる山は上級者向けで、そんな場所にノコノコ行けば、山に裁かれそうだからだ。
地図は皿の上で燃え、灰になった。
あの声は、なんだったのだろうと山田は時々考える。
山の声? 登山者の声? 単なる空耳?
それから数年後、登山者の会社で大スキャンダルが発覚した。加害者は会社に居続けていたので被害者が続々訴えたのだ。
山田は、パパと電話してきた人が悲しい思いをしませんようにと山に祈った。




