第六章 混沌
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鈴木武が死亡したというニュースは、
翌朝のワイドショーで大きく取り上げられた。
「鈴木武さん(47)、路上で刺殺──
容疑者は白百合茜さんの母親、白百合あきこ容疑者(47)。
動機は“復讐”と供述」
スタジオは騒然とした。
「賢者の石の私的使用が原因か?」
「復讐の連鎖が止まらない」
「法整備の遅れが混乱を招いた」
コメンテーターたちは、
好き勝手に意見を述べた。
しかし、
そのどれもが“当事者”には届かない。
―――
鈴木家。
武の遺体が安置された部屋で、
かよは崩れ落ちていた。
「いや……いや……
なんで……なんで……
武さんまで……」
凛は、
ベッドの上で震えていた。
父の死を理解できない。
理解したくない。
「……お父さん……
お父さん……?」
凛の声は、
幼い子どものように震えていた。
かよは、
娘を抱きしめながら泣き叫んだ。
「りん……
どうして……
どうしてこんな……!」
家族は、
“元に戻った”どころか、
さらに深い闇へ落ちていった。
―――
白百合家。
あきこは逮捕され、
連行される際も叫び続けていた。
「茜を返してよ!!
返してよ!!
あの娘を殺す!!
あの母親も殺す!!
みんな殺す!!」
その姿は、
もはや“母親”ではなかった。
ただの狂気だった。
記者たちはその様子を撮影し、
SNSでは動画が拡散された。
「これが“賢者の石”の現実」
「復讐の連鎖が止まらない」
「誰も救われていない」
社会は、
賢者の石の存在に怯え始めた。
―――
アーク・バイオテック社。
山本太郎は、
ニュースを見つめながら深く息を吐いた。
「……こうなることは、
分かっていたはずだ」
木下浩二は、
机に突っ伏すように座っていた。
「太郎さん……
俺たちは……
とんでもないものを作ってしまったんじゃないですか……?」
太郎は静かに首を振った。
「違う。
これは“人間”の問題だ。
石はただの道具だ」
「でも……
武は死んだ。
凛ちゃんは苦しんでいる。
あきこは狂った。
社会は混乱している……
これは……
俺たちの責任じゃないんですか……?」
太郎は、
しばらく沈黙した。
そして、
静かに言った。
「……私は、娘を救いたかった。
そのために石を作った。
だが……
救いは、誰にとっても救いではないのかもしれない」
浩二は、
その言葉に何も返せなかった。
世間では、
賢者の石の“個人使用”について議論が巻き起こった。
「殺人ほう助だ」
「遺族の気持ちを考えろ」
「法整備が追いついていない」
「石を禁止しろ」
「いや、必要だ」
しかし、
法整備は間に合わなかった。
アーク・バイオテック社は、
厳重注意を受けただけで済んだ。
太郎は、
その通知書を見つめながら呟いた。
「……これでいいのか……?」
―――
凛は退院した。
だが、
精神は完全に壊れていた。
夜になると叫び、
父の名前を呼び、
自分の胸を抱えて震えた。
「痛い……
痛い……
やめて……
やめて……」
かよは、
娘を抱きしめながら泣いた。
「りん……
もう大丈夫だから……
もう誰もいないから……」
しかし、
凛の目には“死の瞬間”が焼き付いていた。
父の死も、
理解できないままだった。
武の葬儀の日。
かよは、
遺影を見つめながら呟いた。
「……どうして……
どうしてこんなことに……」
凛は、
遺影の前で座り込み、
小さく呟いた。
「……お父さん……
ごめんなさい……
私のせいで……
ごめんなさい……」
その声は、
誰にも届かなかった。
そして──
すべてが“元通り”になった。
表面上は。
凛は生きている。
かよも回復した。
武は死んだが、
社会はそれを“事件のひとつ”として消費した。
ニュースは次の話題へ移り、
SNSは新しい炎上を探し、
街はいつも通りの喧騒に戻った。
だが──
何も戻っていない。
家族は壊れたまま。
加害者側も壊れたまま。
社会は混乱したまま。
賢者の石は、
ただ静かに光を放ち続けている。
そして、
誰も気づいていなかった。
これは、
まだ“始まり”にすぎないということに。
お読み頂きありがとうございました。




