第四章 私刑の決意
お立ち寄り頂き、ありがとうございます。
凛が亡くなってから、二十五日が過ぎていた。
家の中は静まり返り、
かよは薬を飲んでも眠れず、
食事もほとんど喉を通らなかった。
武は、
そんな妻の背中を見つめながら、
胸の奥に沈んでいくような感覚を覚えていた。
(……あと五日)
賢者の石の“30日”という制限が、
武の頭から離れなかった。
裁判はまだ始まらない。
加害者たちは保護観察のもと自宅にいる。
凛は、
冷たい遺体のまま。
(このままじゃ……
本当に……凛が消えてしまう)
―――
武は、
夜のリビングでひとり、
拳を握りしめた。
そのときだった。
スマホが震えた。
画面には、
親友・木下浩二の名前。
武は通話ボタンを押した。
「……武。
話がある」
浩二の声は低く、重かった。
「“賢者の石”……
手に入った」
武は息を呑んだ。
「……本当に……?」
「太郎さんが……
“個人的に使うなら、責任は取れない”と言っていた。
でも……
お前の気持ちは分かる。
凛ちゃんのことも……
かよさんのことも……」
浩二は言葉を詰まらせた。
「……だから、俺は動いた。
これが……最後のチャンスだ」
武は、
震える声で言った。
「浩二……ありがとう……
本当に……ありがとう……」
深夜。
武は、
人目を避けるようにして浩二の車に乗り込んだ。
後部座席には、
黒いケースが置かれていた。
「……これが」
浩二がケースを開けると、
中には透明な球体が収められていた。
内部には、
淡い光が脈打つように揺れている。
「賢者の石だ」
武は、
その光に吸い込まれるように見入った。
「……これで……
凛が……戻るんだな」
浩二は、
武の目をまっすぐ見た。
「武。
これは……“私刑”だ。
お前がやろうとしているのは、
法律では許されない」
武は、
ゆっくりと頷いた。
「分かってる。
でも……
法律は……
凛を守ってくれなかった」
浩二は、
何も言えなかった。
武の目は、
涙で濡れていた。
「俺は……
父親なんだ。
娘を……助けたいんだ」
その言葉は、
あまりにも静かで、
あまりにも重かった。
―――
翌日。
武は、
白百合茜の自宅を遠くから見つめていた。
茜は、
事件などなかったかのように、
友人と笑いながら家に入っていく。
武の胸の奥で、
何かが音を立てて崩れた。
(……こいつが……凛を……)
武は、
ポケットの中の賢者の石を握りしめた。
(……凛を……返せ)
―――
その夜。
武は、
茜を尾行し、
人目のない場所へ誘導した。
茜は気づかず、
スマホを見ながら歩いていた。
武は、
震える手で賢者の石を取り出した。
(……ごめん……
でも……
俺は……父親なんだ)
光が、
武の手の中で脈打った。
茜が振り返った瞬間──
光が弾けた。
茜は、
その場に崩れ落ちた。
武は、
震える手で賢者の石を抱きしめた。
「……凛……
今……迎えに行くからな……」
凛の遺体安置室。
武は、
賢者の石を凛の胸にそっと置いた。
光が、
静かに広がっていく。
かよは、
震える声で祈るように呟いた。
「りん……
りん……」
光が凛の体を包み込む。
武は、
息を呑んだ。
「……頼む……
戻ってきてくれ……」
光が収束し──
凛の指が、
わずかに動いた。
「……っ……!」
凛の目が、
ゆっくりと開いた。
だが──
その瞳は恐怖に染まっていた。
「いや……いや……
やめて……やめて……!」
凛は叫び、
体を震わせ、
父の腕を拒絶した。
「凛!
凛! 大丈夫だ!
父さんだ!」
「やめて……!
痛い……痛い……!
やめて……!」
凛の脳裏には、
“死の瞬間”の記憶が蘇っていた。
殴られた痛み。
蹴られた恐怖。
絶望。
苦しみ。
暗闇。
それらが一気に押し寄せ、
凛を押しつぶした。
武は、
娘を抱きしめながら泣き叫んだ。
「ごめん……
ごめん……
助けたかっただけなんだ……!」
かよは、
泣き崩れた。
その光景は、
“救い”とは程遠かった。
お読み頂き、ありがとうございました。




