第三章 イジメ事件
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三月の終わり。
桜が咲き始めたばかりの高校の裏庭で、
一人の少女が倒れていた。
鈴木凛、十七歳。
制服は泥にまみれ、
頬には殴られた痕が残り、
指先は必死に地面を掴んだまま固まっていた。
救急車が到着したときには、
すでに心肺停止状態だった。
―――
警察はすぐに動いた。
現場の状況、目撃証言、
そして凛のスマホに残されたメッセージ。
犯人はすぐに浮かび上がった。
白百合茜──
学校内で“カーストトップ”と呼ばれる少女。
その取り巻き数名。
全員、未成年。
全員、凛と同じクラス。
―――
取り調べ室。
茜は腕を組み、
どこか退屈そうに座っていた。
刑事が問いかける。
「君が凛さんを殴ったという証言が──」
「はぁ?私、見てただけですけど」
茜は、あくびをしながら言った。
「やったのは、あの子たちですよ。
私は止めようとしたのに、勝手に暴走したんです」
取り巻きの少女たちは、
怯えた顔で茜を見ていた。
茜は、
その視線に気づくと、
にっこり笑った。
「ねぇ?そうだよね?」
取り巻きたちは、
震える声で頷いた。
「……はい……茜ちゃんは……止めてました……」
刑事は眉をひそめた。
明らかに不自然だった。
だが、
未成年の供述は慎重に扱わなければならない。
―――
一方、
白百合家では──
母親の白百合あきこが、
記者たちの前で堂々と語っていた。
「うちの娘は、やっていません。
周りの子たちが勝手にやったことです」
記者が質問する。
「しかし、複数の証言では──」
「証言なんて、いくらでも作れるでしょう?」
あきこは鼻で笑った。
「それに……
亡くなった子にも、何か原因があったのでは?」
その言葉に、
記者たちがざわめいた。
あきこは続けた。
「暗くて、友達もいなくて……
娘は“気を遣ってあげていた”んですよ?
それを、こんな事件に巻き込まれて……
娘が可哀想ですわ」
その言葉は、
まるで凛の死を“迷惑”としか思っていないようだった。
―――
凛の母、かよは──
その会見をテレビで見て、
声を失った。
「……りん……りんは……悪くない……」
かよは泣き崩れ、
武はその肩を抱きしめるしかなかった。
武の胸の奥で、
何かが静かに、
しかし確実に壊れていった。
―――
葬儀から数日後。
警察からの連絡はこうだった。
「加害者たちは未成年であり、
殺意の立証が難しいため、“傷害致死”の方向で──」
武は、
受話器を握りしめた。
「……娘は……殺されたんですよ」
「お気持ちは分かります。ですが、法律ですので」
まただ。
また“法律”だ。
法律は、
娘を守ってくれなかった。
そして今も、
娘の死を軽く扱っている。
武は、
静かに電話を切った。
かよは、
薬を飲んでも眠れず、
食事も喉を通らず、
日に日に痩せていった。
「りん……りん……」
その声は、
家の中に虚しく響いた。
時間は残酷だった。
凛の死から、
すでに二十日が過ぎていた。
賢者の石の“30日”という制限が、
武の頭を離れなかった。
裁判はまだ始まらない。
加害者たちは保護観察のもと自宅にいる。
凛は、
冷たい遺体のまま。
武は、
夜のリビングでひとり、
拳を握りしめた。
(……このままじゃ、本当に……凛が消えてしまう)
武は決心をして、スマホを手に取った。
電話の相手は親友の木下浩二。
長い沈黙と会話の後、
浩二からの言葉、
「……分かった。俺が動く」
その言葉は、
武にとって救いであり、
同時に──
世界を混沌へ導く第一歩だった。
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