第二章 賢者の石
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その発表は、
世界中のニュース番組が一斉に速報テロップを流すほどの衝撃だった。
「生命工学研究企業が、
“賢者の石”と呼ばれる新技術を発表しました──」
画面には、
白髪混じりのスーツ姿の男が映っていた。
山本太郎、55歳。
アーク・バイオテック社の社長。
落ち着いた声で、
しかしどこか張り詰めた表情で語り始めた。
「賢者の石は、
“命を代価に、別の命を蘇らせる”装置です」
会場がざわめいた。
太郎は続けた。
「この技術は、私自身の経験から生まれました」
一瞬、言葉を詰まらせる。
「……私は、娘を強盗に殺されました。
犯人は捕まりましたが、娘は戻ってこなかった」
会場が静まり返る。
「私は思いました。“償いとは何か”と。
犯人が刑務所に入ったところで、娘は帰ってこない。
遺族の心は癒えない」
太郎の声は震えていた。
「だから私は、
“命を命で償う”という選択肢を作ったのです」
世界は、
その瞬間から混乱に陥った。
SNSは炎上し、
ニュース番組は連日特集を組み、
街頭インタビューでは賛否が真っ二つに割れた。
「正義だと思う。
被害者が戻るなら、それが一番だ」
「いや、これは殺人だ。
法治国家が崩壊する」
「犯人の命で被害者が戻るなら、
それでいいじゃないか」
「命の選別が始まる。
そんなものは許されない」
国会でも議論が巻き起こった。
「賢者の石の使用は、
国家が“死刑以上の刑罰”を認めることになる」
「しかし、遺族の心情を考えれば、
選択肢として必要だ」
「いや、これは復讐の合法化だ」
「被害者の命を救えるのなら、
それは正義だ」
議論は平行線をたどった。
そんな中、
アーク・バイオテック社の技術担当、
木下浩二は、
社内の会議室で太郎と向き合っていた。
「……太郎さん。世界が大変なことになってますよ」
太郎は静かに頷いた。
「分かっている。だが、これは必要な技術だ」
「でも……“命を命で蘇らせる”なんて……
倫理的に、あまりにも重すぎる」
木下は、
自分が発明した技術が世界を揺るがしていることに、
複雑な感情を抱いていた。
太郎は、
木下の肩に手を置いた。
「浩二。君の技術は、“救い”になるんだ」
「……救い、ですか」
「そうだ。私のように、娘を失った親にとってはな」
太郎の目は、
深い悲しみを湛えていた。
木下は、
その目を見て何も言えなくなった。
やがて、
日本政府は一つの判例を発表した。
「死刑囚については、賢者の石の使用を認める」
「遺族の申請があれば、被害者のご遺体の冷凍保存を許可する。」
世界が再び揺れた。
被害者遺族は歓喜し、
加害者側は恐怖に震えた。
「死刑囚の命で、
被害者を蘇らせることができる」
その事実は、
社会の価値観を根底から揺さぶった。
しかし、
賢者の石には“条件”があった。
- 一つの命で蘇らせられるのは一人だけ
- 同一種であること(人は人、犬は犬)
- 死後30日以内
- 対価として使われた命は二度と蘇らない
- 蘇った命も二度目はない
この“30日”という制限が、社会をさらに混乱させた。
「裁判を待っていたら間に合わない」
「私刑が横行するぞ」
「裏取引が始まる」
「被害者の家族は、30日以内に決断を迫られる」
そして、
その予感は現実となる。
木下のスマホが震えた。
画面には、
親友・鈴木武の名前。
「……浩二。頼みがある」
武の声は、
今にも崩れそうだった。
「“賢者の石”を……手に入れたい」
木下は息を呑んだ。
「武……まさか──」
「裁判なんて待っていられない。
凛が……死んでしまう」
木下は、
親友の声の震えを聞きながら、
胸が締め付けられる思いだった。
「……分かった。俺が動く」
その決断が、
さらなる混沌を呼ぶことになるとは、
このときの木下にはまだ分からなかった。
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