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ホームセンターの七不思議

 佐藤は夫と二人で住んでいる。家に帰って、自分が作り置いた夕食を食べた。一息ついてから入浴。洗い物を片付けて、ソファーを見る。夫が酔っ払って寝ている。「寝たら」と、声をかけたが、いびきしか聞こえない。ひざ掛けを夫の全身に掛けた。テレビをつけ、こたつに入った。テレビでは怪奇現象特集をやっていた。アイドルが怖がって泣いている。ふと、娘の声が聞きたくなった。鞄から携帯を取り出す。3コールのあと、「はーい」と娘が出た。

「テレビ見ている? 今、ゆうれい特集やっているよ」

「見てない」

「アイドルのあの子、ミサキの好きな子が出ているよ。テレビつけてよ」と、佐藤。

「うーん。わかった」

 携帯の奥からテレビの音が聞こえてきた。

「ああ、メグちゃんね。ありがと」

「学校の七不思議さっきまでやっていたよ。確か、ミサキ調べたことあったよね」 

「うん。小三の時、学校七不思議調べてみようツアーで校内を回った。休み時間にみんなから聞き取りして、情報を集めたなあ。七不思議って言うけど、七個以上はあったかも」

「どんなことがあったの」

「えーと。3階のトイレ個室ドアがすべて閉まりっぱなしとか、夜中の音楽室ピアノ鳴り響き事件とか。校長先生が集会で話し出すと必ず一人は倒れる、横沢先生の髪の毛左右そろってない事件。全部は覚えてないな。結局くだらないモノが多かったけど、お楽しみ会はそれなりに盛りあがったんだよね」

「ああ、母さんも思い出した。理科室の人体模型は人骨ってやつもあった。プラスチックだったよね」と、言った。

「ちがう、ちがう。なんとか樹脂。なんだっけ。ほかにも、横沢先生の髪型の不思議は奥さんにカットしてもらっているから、左右非対称だったっていうのとかもあったし。もみあげが勝手に伸びて、下から髪の毛が形成されていくってうわさとか。今考えると、テンプレートされてない想像力だわ」

「そうなんだ」と、佐藤。

「先生の奥さんがケチで、小遣いがなかったらしくって。それも面白かったんだけど、次から床屋に行き出して校内の不思議が一つ消えたんだよね。インタビューしたら、本気でブチ切れ。怖くて、泣いたもん」

「そうだった、そうだった」

「そうだよ。今考えると、おもしろかったなあ。教室でフルーツバスケットとかするよりずっと。結局全部理由があった。トイレの花子さんは、うちの小学校にはいなかったしね」


 次の日、佐藤は出勤してすぐに二階バックルームに入った。エレベーターから、売場に続くスイングドアまでのスペースには、段ボールに入った入荷の商品がずらっと並んでいる。まずそれらを店頭に出す仕事から始まる。

 奥には貨物用のエレベーターがある。その斜め前横に長机があり、その向かいにはパソコン。そこで作業をしている岩田が視界に入った。分厚いジャンバーを羽織って、ひざ掛けをかけている。足元には小さな電気ヒーター。この場所は寒い。バックルームのエアコンは壊れているが、お金がないという理由で修理の予定はない。

 岩田は女性で川崎と同じ年の40歳。この店の管理担当だが、彼女もパート。正規雇用者は店長の菅野と、フロアーマネージャーの福島だけ。

 リストと商品を照らし合わせている。誤搬入について調べている様子だった。

「おはよう」

 佐藤はあいさつをした。

「おはよう」と、返事が戻ってきた。

「ねえねえ、うちの店に存在するハイヒールゆうれいって知っている?」

 岩田が横を向いた。目が合った。

「知っている」と、岩田。

「この間の夜、川崎さんが足音を聞いたらしいんだ」

 佐藤はわざと顔をしかめた。

「この店にゆうれいはいるよ」と、岩田。

「岩田さん、霊感あるの?」

「あるかないかで言ったら、ない。でも、気持ち悪いって感じることない? 背筋がぞわぞわってすることとか」

「ないこともない、けど」と、佐藤。

「一階バックルームには男のゆうれいが住みついているらしいよ。前、霊感の強いあの人、あれあれ、えっと。誰だっけ」

 岩田がほほに手を当てた。

「あ、そうだ、前田さん。言っていた。見えるって」と続ける。

「ああ、ずいぶん前に退職した、あの前田さんね」

「そう」

「ほんとかなぁ、あの人いい加減そうだったし。見えるって言ったの?」

「有名な話だよ」と、岩田。

「知らなかった」

「一階のバックルームに検品だったかな、行ったとき、急に気持ち悪くなって。視線を感じるような、べったりと張り付くようなイヤな感じ? 言葉では言い表せないんだけど。なんか、背筋がぞわぞわする感覚がして。そうしたら言ったのよ、前田さんが。いるね、ここにって。中年男の霊だよって」

「こわっ」と、佐藤。

「もしかして、バックルーム奥のゴミ庫の横辺り?」と、佐藤は続けて言った。

「そう、そこ。やっぱり気づいていた?」

 岩田は言うと、視線をパソコンに戻した。

「誰もいないのに、変な音とか聞こえるし。あそこは加齢臭も感じる。でも、おじさんの出入り激しい場所だから残り香ってパターンもありそうだけど」と、佐藤。

「いやいや。用心しといたほうがいいよ。私は信じるタイプだから、暗闇には近寄らないよ。引きずり込まないように、夜は残業なんかしないでさっさと帰った方がいいね。気持ち悪い」

 岩田が身震いした。

「それに。ここのトイレにもいるらしいよ」と、岩田。

「トイレに?」と、佐藤。

「詳しいことは知らないけど。トイレってあるよね、いろいろな伝説が。トイレの花子さんとかも」

「ホームセンターのトイレに花子さん?」

 と、佐藤。

「わからないけどね。うわさだし」

 岩田はそう言って、手をパチンと叩いた。

「はい、終わり。入荷、入荷」

「はーい」

 岩田の声で、佐藤はスイングドアへと向かった。ドアのそばにある台車。段ボールがのっていて、それを後ろ向きで手前に引きながら、店内へと出て行った。

 台車を引きながら、ペット用品売り場に到着した。犬用のおもちゃをフックにかけていく。同じに見えるものでも、商品が違うものもあるので、棚プライスにかかっているバーコードの上の数字と、入荷した商品のコードが一致しているか確認しながら、陳列していく。

 エプロンのポケットから老眼を取り出し耳にかけたところだった。

「おいっ」

 後ろからドスのきいた叫び声が聞こえた。振り向くと菅野店長だ。

「今すぐ事務所にこい」

 いつもの怒鳴り声。マックスでレベル10だとすると4くらいだ。

「はい」

 周りを見たら誰もいなかった。

 階段と廊下をつなぐドアを開けた。菅野店長が中に入って、そのあとから佐藤も入った。そのまま長い階段を一緒に上った。いやな沈黙だ。重い空気が流れていた。店長の後ろを、少し離れたまま歩いて、3階についた。踊り場突き当りに事務所がある。

 ドアを自ら開けて先に入ったのは店長だった。続けて佐藤も入った。

 事務所は4畳くらいの狭い空間だ。エアコンが快適な温かい温度を保っている。

 菅野店長が奥の店長用の椅子に勢いよく座った。椅子のキャスターが動いて、佐藤の方を向く。

「おい、お前。何年この仕事をやっているんだ。バカか。昨日の閉店作業、カートが駐車場の奥に1台残っていた。どう落とし前つけるんだ」

「すみません」

 佐藤は深く頭を下げた。

 店長が目の前の机を平手で強くたたいた。大きな音が響いた。いつものことだ。店長の顔を見て、少し後ずさりをした。

「おいおいおい。あやまってすむ問題か。カートが道路まで転がっていって、交通事故を起こしたらどうするんだ。お前のせいで、人間が死ぬんだ。お前のせいで、子供が死ぬ。すべてお前のせい。あーあ、やりやがったな。お前は人殺しだ。殺人犯、佐藤だ。子供の家族はめちゃくちゃ。人生全て台無し。何もかもお前のせいだ。デイリーワンの評判もガタ落ち。徳島中央店がなくなったら、お前のせいだよな。パートは全員解雇。おい、どうしてくれるんだ、人殺しさんよう」

 店長がドスのきいた早口で、たたみかけた。

「すみません」

 カートを最後に片付けたのは川崎だ。言わなかった。もっと、炎上するからだ。

「謝ってすむか。すいません? そんな言葉じゃ足りないからな。行動で示せ、もうお前は今すぐ死ね。死んで詫びろ」

 店長が大声で怒鳴った。それでも、マックスレベル10でいうところの6。

 佐藤は深く頭を下げ続けた。顔を見なくて済むからこっちの方が楽。視線は床。店長の靴が見える。ブランドの革靴。20万くらいだろうか。もっと、高いかもしれない。

「くそが」

 怒鳴り声が響いたその時、事務所のドアが開いた。川崎が入ってきた。

「どうしたの、大声。怖い顔なんですけど」

 川崎が言う。

「なんでもない」と店長。

 佐藤は顔を上げて二人を見た。

 厳しい顔をしていた表情が一転して、笑み。幸せがこぼれていた。

「ねえ、ちょっとわからないことがあるんだけど、教えてよ。今回の作業難しいんだ。手伝ってよ」

 川崎は両手を優しく引っ張って、店長を椅子から立ち上がらせた。

「ねえ来て。お願いだから」

 川崎40歳。ぶりっ子風あまい声。

「仕方ないなあ。どこだよ」と、店長。にやけている。

「キッチン用品のところ」

 川崎がほほえんだ。きれいな顔に、真っ白の歯。はにかんでいる。

 川崎は左手で店長の手を引っ張ったまま、右手でドアを開けた。

「お前、本当に下手だからなぁ」

「もうっ。いじわる」

 二人は笑いながら事務所から出て行った。

 一人残された佐藤は、立ったまま空を見ていた。

「お前らこそ死ね」

 両手のひらを開いて見てみた。小刻みに震えている。

 涙が出てきた。その涙を指でなぞって拭いた。そして事務所を出ていった。


 怒鳴られてから二週間ほどたっていた。佐藤は、ゆうれい情報の聞き取りを続けていた。

 ハイヒールゆうれいの話は、オープン当初からあったらしい。

「ハイヒールのコツコツって音も、エアコンの壊れた音だったかもしれないでしょ。展示の商品紹介モニターの機械音だったかもしれないし。静かで無音の広い空間なら響くし、気味悪いのは当然だよ。目撃者はいないんだよね。音がするからハイヒールなんて、乱暴すぎるよ」

 そんなことをいろんな人に言いながら、アウトドアコーナーや農器具の置いてある別館まで行った。

 一階バックルームのゴミ庫はゴミを捨てに行くたびに通るが、違和感はなかった。加齢臭はゴミが多い時や、湿気が多い時に感じるかもしれなかった。特に異変は感じられないのは、昼間だからだろうか。閉店前のチェックの時と、昼間では感じ方は違う。だから、霊の仕業と思うのは、乱暴な気がした。

「ガーデニングの一部の場所のここだけ苗が枯れるんですよね。これってゆうれいの仕業じゃないですか」

 植木の苗を指さして吉住が言った。吉住は半年前に入った二十代のアルバイトの女子だ。

「ポルターガイストとか。ゆうれいが、植物の水を抜き取っているんですよ」

「乾燥じゃないでしょ。どう見ても過剰な水だよね」

 佐藤は黒いカップに入れられた土を人差し指で押した。どろどろの感触。

「じゃあ、ゆうれいが水をあふれさせているんだ」

「いやいやいや。根が腐ったら、どうするのよ。もしかして水のやりすぎじゃないの」と、佐藤は言った。

「じゃあこれは? この、前の通路。週に一度お客さんがこけるんですよ。ゆうれいの仕業ですよね」

 吉住が言う。

「通路に水がこぼれていたら滑って転ぶのは当たり前だよ。ふき取りしている? 植物に水あげるのは大事だけど、やりすぎはだめだよ。それに、ココ。拭き取らなきゃ」

 佐藤は走って裏から雑巾をもってきた。かがんで床を手早く拭いた。吉住はそれを立ったまま、上から眺めている。

「そうかな」

「そうだよ、手伝ってよ。」

「えームリです」と、吉住。

「ムリじゃないよ、一緒にやってよ。イヤならせめてこれから私を呼んで。拭くから。このままじゃ一生誰かがこけ続けるよ」

「はーい、呼びます」

 吉住は元気に言った。


 お昼休憩。時間は二時半。みんなが交代で昼ご飯を食べるのだが、最終で帰る佐藤と田中の休憩は大体被る。二時から三時前後。二人以外誰もいない。休憩も最終である。

 テーブルは、一人一卓になっている。学校の教室のように奥の窓を黒板に見立てるとすると、そこに向かって二列に席が並んでいる。全部で六卓。テーブルの広さは、学校で使われている机の二倍くらい。その回りをプラスチックの板がコの字型にぐるりと囲んでいる。

 コロナ後の生活。

 マスクを着ける、着けないは自由だが、テーブル使用は変化した。以前はつなげて一つの広いテーブルとして使用していたが、今は個々。横並びは禁止だ。相手の顔も見えない。

 佐藤は一番前のテーブル。田中はその後ろで、左隣には流し。その横には冷蔵庫、そして上に電子レンジとケトル。備品を使うには、便利な場所である。

「ゆうれいの話集めているんですよね」

 田中が言った。

「うん。でも面白い話は出てこない。いるって話は何回か聞いたんだけど、全部うわさ。実体がないんだよね。ゆうれいの目撃者は皆無」と、佐藤は言った。

「トイレで聞こえる女のすすり泣く声っていうのは、どうでしょうか」

 田中が弁当のふたを開ける。

「え、なになに。面白そう、教えてよ」

 佐藤が田中の座っているテーブルの方を振り向く。視界には白のプラスチック壁があるのみだ。

「夜中にトイレから女のすすり泣く声が聞こえるらしいんですよ。って、実は私、聞いたことがありまして」

 田中は28の結婚二年目の若い女性レジスタッフだ。夫の転勤に伴い、よその店舗からこの徳島中央店にやってきた。最終締め作業をすることが多い。

「帰りぎわに、売場トイレ付近で声を聞いたことがあります。怖いから、ダッシュで階段駆け上がって、着替えてすぐ帰りますけど」

「マジ? え、もうそれ、大チャンスでしょ。見ようって思わないわけ」

 佐藤が興奮して立ち上がった。

「思いませんよ。どうして見ようと思うんですか」

 田中は立ち上がって流しの方に歩いて行った。手に持ったカップの中に、粉末が入っている。ケトルのお湯を入れ、テーブルに戻る。座ってから、スプーンでかき混ぜるとコーンが上に上がってきた。

 それを佐藤はプラスチック壁の上から立ったまま眺める。

「コーンスープ好きだね」

「寒いんで」と、田中。

「で、ゆうれいは見たくないの?」

 佐藤は座って、お弁当を食べ始めた。振り向いても視界にはやはり板しかない。下を覗いてみると足が見えた。全体の田中の姿は見えてない。

「見たくありませんよ」

 田中の声が言った。

「存在を立証できるかも。面白そうじゃない」

 佐藤は、仕切り版に言った。

「面白くありません」

 田中の声が言った。


 一階エントランスでカートを回収していた。菅野店長が非常階段付近から、駐車場へと出ていく姿が見えた。タバコを吸いに行くのだ。一度行くとしばらくは戻ってこない。カート回収が終わって、さっそく売り場から、事務所に続く階段を上がる。売り場に置いているチラシが、数枚しか残っていない。カラーコピー機は一台のみ。チラシは、事務所でしか作成できない。きれたら面倒だ。また何かの理由で人殺しとして怒鳴られるだろう。それは避けたい。

 すぐに三階まで上がった。目の前に事務所のドアノブ、つかもうとしてやめた。人の気配がする。笑い声。店長の声だ。少しドアが開いていた。

 エリアマネージャーの声もする。そういえば、今日くるって誰かが言っていた。

「パートなんて結局社員にはなれないからな、ほっときゃいいんだよ」

 エリアマネージャーの声だ。

「ですよね」

 店長の笑い声である。

 エリアマネージャーを何度か見たことがある。一か月に一度来るか来ないかの頻度だ。挨拶をしても、視線が合ったことはない。無視をされたこともある。

 パートが社員になるには、かなり難しい試験があると、聞いたことがある。それで受かったとしても、それは地域社員であり正規の社員の年収とは格が違うし、役職者にもなれない。通称、小間使い。

 佐藤は階段を下りた。

 チラシは再度タバコの喫煙で事務所を出た時に作成すればいい。

 

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