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夜シフトのゆうれい


 52歳の主婦、佐藤は全国チェーン、ホームセンターデイリーワン売場担当のパート従業員だ。朝十一時から閉店まで働いている。

 

 今日も忙しく働いて、気が付くとすでに十九時三十分すぎ。店内音楽がピアノ曲に変わった。閉店準備の合図。夜メンバーの川崎と一緒に行動を始める。店内のごみ処分やパソコンを閉じ、バックルームの電灯を消す。「蛍の光」が流れ始めてからは、スピードアップ。客がすべて店外へと出て、二十時になったらエントランスの自動ドアの鍵を閉め、残処理の閉店作業も終了である。

 サービスカウンター内で閉局処理をしているレジ係の女性従業員、田中に声をかけた。

「お疲れさまです。お先に失礼します」

「お疲れさまです」

 田中から返事がもどってきた。

 外カートの片付けを終了した川崎と合流して、売場から長く続く階段を二人で上がっていった。川崎は佐藤より一回り年下の40歳。中高生二人のお母さんである。佐藤は県外に一人暮らしをしている女子大学生の母親だ。

 事務所は階段の先、行き止まりにある。

 扉を開けた。誰もいなかった。二人は中に入り、各自持っている携帯端末でバーコードを読み取った。画面に、おつかれさまでした、の文字が浮かびあがる。時間は二十時五分。ちょうどいい時間だ。

 持っていた携帯端末を所定の場所に戻して、事務所を出る。扉を出て、右横は休憩室。中に入った。左側には流しと冷蔵庫、そのそばに六卓のテーブル。右手前には男子更衣室、奥に女子更衣室がある。流しで手を洗って、女子更衣室のドアを開けた。手前にあるスイッチを押すと、電灯がついた。壁面にロッカーが並んでいる。佐藤はカギをポケットから出し扉を開け、私服に着替えはじめた。

「昨日閉店間際に、駐車場でお客さん同士の車の接触事故があってさ、警察やら本部への報告やらで、残業。十一時まで残って地獄だった」と、着替えながら川崎は言った。

 店を出る最終メンバーは二人同時に退勤をきらなければならない。この場合、その日の役職者が事故処理をしている間、もう一人が待機していた。それが川崎だった。

「福島さんが事務所で報告書を書いている間、私はひたすら薄暗い売り場で陳列直しをしていたんだ。そうしたら、奥からハイヒールのコツコツと歩く音が鳴り響いて」と、川崎。

「お客さんがどこかに隠れていたの? もしかして、どろぼう?」と、佐藤。

「もー、ちがうって。この店舗っているんだって、ハイヒールを履いたゆうれいが。聞いたことない?」

「ハイヒールを履いたゆうれいが?」

「そう」

「ないない」

 佐藤は顔の前で右手を振った。

「ハイヒールの音がしたんだから」

 川崎は両手を胸の前にだし、震えるそぶりを見せて言った。

「足のないゆうれいが、ハイヒールを履いて売り場を徘徊する?」と、佐藤。

「何時代のゆうれいの話を言っているのよ、佐藤さん。現代のゆうれいは足があるからね」

「時代によって形が変わるものなんだ」

「コツコツと歩いている音がしたの。マジだから」

 川崎は語尾を強めた。

「私さあ、目に見えないモノや、怪奇現象とか信じないんだけどな」と、佐藤。

「目に見えないモノがないとは限らないんじゃない。実際に経験していないから、そんなこと言えるのよ」

 川崎が肩をすぼめる。

「ほんとうかなぁ」

「私がうそついているって、言いたいわけ」

 佐藤は慌てて首を横に振った。

「そんなことないよ。大変だったね」

「ほんとなんだからね」

 川崎はほほを膨らました。

 二人は着替えを終えた。ロッカーの並びにあるハンガーラックからアウターをとって更衣室を出た。佐藤は薄いベージュのダウン、川崎は紺のコートを羽織った。話しながら、長い階段をゆっくり下りる。

 階段を下りた後、閉店後に店員が出る重厚な扉が視界に入った。そこは少しだけ広いスペースで、扉横の壁中央に時計、すぐ上の天井に防犯カメラが設置されている。その下にテーブル。

 退勤した従業員は、机の上にカバンをのせて、カメラに中身が見えるように口を大きく開けなければならない。5秒間静止。商品を盗んでいないかのチェックだ。

 そして、裏出口から出て行く。

 カメラにバックの中身を開けて見せて、ドアを開けた。外は強い風が吹いていた。顔に風が当たって痛かった。二人は風に向かいながら前かがみに並んで歩いた。

 今朝、春一番が吹いたとニュースやっていた。二月中旬。体感はまだ冬。

 建物の奥横に進む。ここは無風だ。少し歩くと、その先に車が並んでいる。

「そういえばさ、閉店作業で一階バックルームに行くと、大きな物音がするときがあるんだよね。加齢臭も感じるし。それも、ゆうれいかなぁ」

 佐藤は言った。

「それも、ゆうれいだよ、きっと」と、川崎。

「昨日はマジで、背中がぞくぞくして怖かったんだよね」と、川崎は続ける。

 店の設置している外灯は消えていた。暗くて表情は見えない。

「そんなに複数もデイリーワンにゆうれいっているのかな。加齢臭のするオジサンゆうれいがハイヒール履いているんじゃないの」

 佐藤が言った。

「まさか」

 川崎の小さな笑い声。

「とにかく、夜シフトの時は早く帰宅した方がいいよ。ゆうれいに出くわすと怖いから。マジだから」

 車の停めている場所にまで行くと、強風が再び吹いていた。また、前傾姿勢になった。 

「またね、ばいばい」

 佐藤は言った。が、風でその言葉はかき消された。


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