レニー・ブルース
〈蛇笏忌の蛇龍になる出水かな 涙次〉
【ⅰ】
枝垂哲平が輸入したヤマハ臺湾法人謹製のスクーター・シグナスXは、そこそこ賣れてゐる。日本の道交法改正により125ccクラスのバイク、所謂原付二種の需要が髙まつた結果とも云へる。枝垂には何となく* 鸚鵡の憂花がラッキーパーソン(?)とも思へた。
枝垂と臺湾の【魔】娘・桂憂花の物語は、「本體」は美しく立派な鸚鵡である憂花が卵を産んだところで終はりとなつてゐた。夢の中での交情の結果、さて、どのやうな雛が孵化するか- 枝垂は思はず固唾を呑んだが、固唾を呑むなりの事はあり、産まれた雛には何と「第三の眼」が、その眉間に鈍い輝きを見せてゐた。
* 当該シリーズ第98・99話參照。
【ⅱ】
「畸形?」-その方面の* 専門家・石田玉道は、生まれ故郷の星に「里帰り」してゐた。鸚鵡の仔の育て方など知らぬ枝垂は、試しにその雛に100%オレンヂジュースを飲ませてみたが、雛は旨さうに嘴をそれで湿らせてゐる。ゆゑにこの雛(雄とも雌ともつかぬ)にPOMと、枝垂は名付けた。
「第三の眼」と云へば- 思ひ出すのは手塚治虫作の漫画『三つ目がとおる』である。主人公である写楽保介は三つ目族の末裔、額に「第三の眼」を持つ。何時もは絆創膏で隠されてゐるその眼が露はになると、人格が變はり、正直阿呆とも云へるキャラからSつ氣たつぷりの超人と化す。
* 当該シリーズ第116話參照。
【ⅲ】
(お父さん)或る日POMにオレンヂジュースをあげると、そんな聲が聴こえた。? POMか? その聲はまだ幼く中性的だつたが、だうやら男の子のものだ。(お父さんつて云ふのは、俺の事かい?)-(当たり前だよ。他に誰がゐるつて云ふの)-(お前エスパーなのか?)-(そのやうだね)因みに写楽保介もESPを使ふ。(その「第三の眼」は、お前がエスパーである事に関係があるのか?)-(そのやうだね)
「エスパーと云へば-」枝垂は小鳥用のケージに彼を入れ、君繪に見せる為、カンテラ事務所に赴いた。
※※※※
〈十月や鶫うるかの殘酷は夢幻の味よ昔語りに 平手みき〉
【ⅳ】
君繪とは事務所の「相談室」で面會した。君繪「相談室デビュー」である。(POMくん、お父さんの事好き?)君繪としても、まづは当たり障りのない會話を、と思つたのだらう。だが、その問ひ掛けが思はぬ波紋を呼ぶ。
(嫌ひだよ)-(!)-(だつてお母さんをちつとも大事にしないもの。然もこの儘で行くと、僕の野望の邪魔になり兼ねない)-(野望つて何?)-(三つ目の動物たちを糾合して、世界を征服する事さ)君繪も枝垂も慄然とせざるを得なかつた。
【ⅴ】
(僕は三つ目仲間にテレパシーで連絡を付けてゐるのさ。案外話に乘つて來る奴も多いよ)-君繪には返す言葉もなかつた。(今は「籠の鳥」に過ぎないけれど、大人になつたら籠を脱出して、海外雄飛するのさ)
飛んでもない、滅相もない話である。ところが...
(なあんてね。氣に入つてくれた? 僕のジョーク。本氣で受け止めちやつたでしよ)
【ⅵ】
-とまあ、ぺらぺらぺらぺら兎に角よく喋る。まさにマシンガントークだ。君繪、何となくムッとしてしまつた。(さうさねえ、大人になつたら、君繪さんを迎へに來るよ。勿論お嫁さんとしてね)-(はいはい、よつく分かりました。待つてるわ)君繪、無論呆れてさう云つてゐるのである。
枝垂はこのPOMと云ふ「ジョーカー」を引いてしまつたのは、憂花を人間として迎へ入れなかつた、自分の不徳のなすところだ、と至つて謹直だつた。君繪、(さ、お話はこゝ迄よ。枝垂さん、そのお喋り小僧を連れて帰つて頂戴)
【ⅶ】
※※※※
〈秋の田や心にずんと持ち應ふ 涙次〉
とまあ、他愛もない、然し、POMの或る種の才氣が伺へた面會となつた。彼が長じてピンのお笑ひ藝人として、人間界に殴り込みを掛ける事、流石の君繪にも予測不能だつた...
(お父さん)-(何だいPOM)-(あの世界征服ネタは僕のお氣に入りなんだ。僕の事は臺湾の生んだレニー・ブルースと呼んで慾しいな)
お仕舞ひ。