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家族と婚約者に虐げられ、悪役令嬢として蔑まれた私が全てを失ったのち、没落する彼らを横目に異国の王子に一途に愛されてシンデレラのように幸せを掴むまでの物語

作者: 結城斎太郎

 「クラリス、またそんな顔をして……まったく、淑女らしさが足りないわ」

 母の冷たい声に、私は反射的に背筋を伸ばした。ドレスの裾を踏んでしまったのは、たしかに私の落ち度かもしれない。けれど、わざわざ皆の前で叱責する必要はあるのだろうか。


 私はアルヴァンス公爵家の次女として生まれた。けれど幼い頃から、家族の誰からも愛された記憶はない。

 姉のエレナは才色兼備、社交界の華と称えられる存在。両親は常に彼女に心血を注ぎ、私は「比べれば見劣りする子」として扱われてきた。


 「どうしてお姉様のようにできないのかしら」

 「あなたがいると、家の格が下がるのよ」


 そんな言葉を日常的に浴びせられ、それでも私は必死に従順であろうとした。

 ――逆らえば、もっと居場所を失う。

 それが幼い私が学んだ唯一の処世術だった。


 そして十六歳の誕生日、私には王太子エドモンド殿下との婚約が決まった。

 本来ならば誇るべき縁談。けれど、殿下が愛しているのは姉のエレナだということを、私は知っていた。


 「クラリス、君はつまらない。会話も退屈だし、もっと姉君のように華やかに笑えないのか?」

 殿下は面と向かってそう告げた。

 胸が締め付けられる痛みに、私はただ笑顔を取り繕うしかなかった。


 社交界では「公爵家の次女で、王太子に愛されない哀れな婚約者」という噂が流れ、やがて私は「悪役令嬢」として祭り上げられた。

 ――殿下と姉の仲を邪魔する女。嫉妬に狂う滑稽な存在。

 実際には何一つ妨害した覚えなどないのに、周囲は面白おかしく私を悪役に仕立て上げた。


 「クラリス様って、また殿下に叱られていたのよ」

 「ほんと、見苦しいわ」


 陰口に笑い声。舞踏会でドレスに飲み物をかけられても、私は必死に笑顔で「大丈夫です」と答えた。

 耐えればきっと、報われる日が来る。そう信じたかった。


 けれど、報いが訪れることはなかった。

 むしろ――その逆だった。



---


婚約破棄の瞬間


 それはある夜会でのこと。

 殿下が皆の前で宣言した。


 「クラリス。君との婚約を破棄する」


 会場がざわめきに包まれる。

 殿下は続けざまに、傍らに立つ姉エレナの手を取った。


 「私が愛しているのはエレナ嬢だ。クラリス、君には身を引いてもらう」


 血の気が引いていくのを感じた。

 周囲の視線が一斉に私に注がれ、冷笑と同情が交じり合う。


 「やっぱりね。あの子は悪役令嬢だったのよ」

 「殿下の幸せを邪魔するから、罰が当たったのね」


 母は口元を隠してため息をつき、父は恥をかかされたとでもいうように私を睨みつける。

 そして姉は、勝ち誇った笑みを浮かべた。


 ――ああ、私は完全に切り捨てられたのだ。


 私は反論することもできず、その場で頭を下げ、静かに退出した。

 背後で聞こえる嘲笑に、心はとうに砕けていた。



---


孤独と絶望


 婚約破棄の翌日から、私は家でも透明人間のように扱われた。

 父は「無駄飯食らい」と呼び、母は「さっさと修道院にでも入ればいい」と吐き捨てる。

 唯一の居場所だった屋敷の庭でさえ、使用人たちの冷たい視線に追い立てられた。


 それでも私は家を出る勇気がなかった。

 外に出れば、噂が私を待ち受けている。

 悪役令嬢、捨てられた女、哀れなクラリス。


 耐えるしかない。耐えていれば、いつか――。

 そんな淡い希望も、ある日突然潰えた。


 「クラリス。お前は今日から屋敷を出て行け」


 父の冷酷な声。

 私は呆然とした。行くあてなど、どこにもないのに。


 「家の恥をさらすな。出ていけ」


 わずかな荷物を持たされ、私は雨の中に追い出された。

 行く場所もなく、私はただ暗い街を彷徨った。



---


出会い


 「お嬢さん、大丈夫か?」


 その声に振り向いたとき、私は生まれて初めて救われた気がした。

 そこに立っていたのは、濡れたマントを羽織る青年。

 銀色の髪に、澄んだ青い瞳。見知らぬ顔立ちなのに、不思議と心を奪われた。


 「怪我はないか? 顔色がひどく悪い」


 差し出された手は温かく、私はその手を取ることさえ恐ろしかった。

 けれど、どうしても抗えなかった。


 「……わたくしは……もう、行く場所がなくて……」


 初めて人に弱音を吐いた瞬間だった。

 青年は静かに微笑み、私を抱きしめるように支えてくれた。


 「ならば、俺のところに来るといい」


 その言葉が、絶望に沈む私に差し込んだ一筋の光だった。



---



王子の正体


 私は青年に導かれ、街外れの宿に身を寄せた。

 彼は名を「レオ」と名乗り、私の身の上話を無理に聞こうとはしなかった。

 ただ「疲れただろう」と温かいスープを差し出してくれ、その優しさに涙が零れそうになった。


 「レオ様は……どうして、私のような者に」

 「理由なんていらない。困っている人を助けるのは当たり前だ」


 その率直な言葉に、胸が熱くなる。

 誰かにこんなふうに扱われたのは、初めてだった。


 数日後、私は衝撃の事実を知ることになる。

 宿を訪れた兵士たちが彼に跪き、「殿下」と呼んだのだ。


 ――彼は隣国エルディアの王子、レオナルト殿下だった。


 「すまない、身分を隠していた」

 「いえ……むしろ、恐れ多くて……」


 動揺する私に、彼は真剣な眼差しで告げた。


 「クラリス。俺は君を助けたい。君がどんな過去を背負っていても関係ない」


 その声に嘘はなく、私の心を優しく包み込んだ。



---


没落の知らせ


 やがて、アルヴァンス公爵家と王太子の噂が耳に届いた。

 殿下はエレナを公然と寵愛し、私との婚約破棄を強引に押し通した。

 だが王宮も民も納得はせず、殿下の軽率な振る舞いに批判が高まったのだ。


 さらに、公爵家の財政は急速に傾いた。

 父は政敵からの支援を失い、母は社交界で孤立。姉エレナは「略奪者」として陰口を叩かれ、かつての栄光は見る影もなく崩れていった。


 「皮肉だな……君を切り捨てた途端、彼らは落ちぶれていく」

 レオナルト殿下の言葉に、私は複雑な思いを抱いた。

 ざまあみろ、と心のどこかで囁く声。

 けれど同時に、胸の奥が苦しくもあった。


 ――それでも、私はもう戻らない。

 あの家にも、王太子の許にも。



---


一途な溺愛


 レオナルト殿下は、私を宮殿へと招いた。

 「君は客人ではない。俺の大切な人だ」

 そう言って、宝石よりも美しい花を贈り、毎日のように時間を共にしてくれた。


 最初は戸惑った。私はずっと「悪役令嬢」として扱われてきたのだ。

 けれど彼は違った。

 私が不安を吐き出せば、真剣に耳を傾ける。

 涙を流せば、優しく抱きしめてくれる。


 「クラリス。君は何も間違っていない」

 「俺にとって君が唯一の女性だ。誰にも渡さない」


 その言葉は、傷だらけの心に何度も沁みわたった。

 ――私は、愛されてもいいのだ。


 そう思えたとき、初めて未来を夢見ることができた。



---


逆転の舞踏会


 数ヶ月後、エルディア王国で大舞踏会が開かれた。

 レオナルト殿下は堂々と私の手を取り、全員の前で宣言した。


 「この女性こそ、私の伴侶に選ぶクラリスだ!」


 会場に驚きの声が広がる。

 「悪役令嬢」と嘲笑されていた私が、隣国の王子に選ばれたのだ。


 同じ場にいた姉エレナと王太子は、青ざめた顔で私を見ていた。

 かつて私を切り捨てた二人は、今や冷笑の的。

 「愚かな者たち」と囁かれるのを耳にしても、私は彼らを哀れむだけだった。


 ――復讐は、もう終わったのだ。



---


幸せの始まり


 舞踏会の後、私は正式にレオナルト殿下の婚約者として迎えられた。

 彼は毎日のように甘い言葉を囁き、私を「宝物」と呼ぶ。


 「クラリス、今日も綺麗だ。君と過ごす日々が、俺の何よりの幸せだ」

 「殿下……そんなに仰られては、私……」

 「恥じることはない。俺は本気だ」


 かつて虐げられ、踏みにじられてきた私が、今はこうして大切に抱きしめられている。

 まるで夢のようだった。


 けれど、これは夢ではない。

 ようやく掴んだ――私自身の物語。



---


終幕


 私はもう「悪役令嬢」でも「ドアマット」でもない。

 誰かに踏みつけられるだけの存在ではなく、愛され、尊重される一人の人間。


 レオナルト殿下の瞳に映る私は、確かに幸せそうに微笑んでいた。


 ――虐げられた日々は終わり、ここからが新しい始まりなのだ。



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