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人間の話
ゴミ箱を蹴り飛ばした。冷蔵庫に片手をつく。血のついた包丁が足もとに落ちる。息が荒い。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
――殺すの? うんわかった。いまさら遅いかもしれないけど、ごめんね。
冷めた声で真理は言った。
刃物を向けられ、これから殺されようとしながら。
違う。
僕はそんなのが聞きたかったわけじゃない。彼らはゴミで僕はそれを焼く焼却物だ。胸の内を焼いている火を彼らに移してやれば、僕は少しだけ幸せになれた。
なんてことだ。
真理が人間の形をしている!
頭ではわかっている。あれはただのストックホルム症候群だ。自分が壊れるのを防ぐために脳が心を騙しているのだ。あの謝罪は殺されないために、“犯人にとって都合のいい真理”を脳がつくりあげたにすぎない。なのに僕には、殺せなかった。
「ねえちょっとあんたどうしたの? 大丈夫?」
隣の部屋から真理が叫ぶ。
僕は考えたくなかった。
考えたら押し潰されてしまうことがわかりきっていたからだ。




