痛覚の話 冬季の話
頸動脈を狙った一撃は二の腕の辺りを私が蹴りあげたことにより、顎の骨を削っただけで終わった。もう片方のナイフが腹を狙ってきたので踵を落とす。親指が潰れる。ナイフが床に落ちる。ブーメランみたいに戻ってきたナイフを受け切れずに手首に一本刺さる。好機とみて私はコンバットナイフを振るいかけた。「捕食者」の体が浮いた。飛び蹴り。見えてる。けど攻撃体勢に入りかけていただけにかわせない。バックステップしようと、さっき振り上げたのと逆の足でギリギリ後ろに跳んだけど、避けきれなかった。後ろの壁に叩きつけられた。さっき肘を落としたのが伏線になって思ったよりダメージがない、とかは全然ない。でもあんまり痛くなかった。なのに動けない。私は視線だけ「捕食者」に向ける。両手に自分で投げたナイフが返ってきて刺さっている。
それを引き抜いて動けない私の四肢を切り裂く。
「さぁ、改めて訊こうか。機時惨告はどこだい?」
「知らない」
「そうか。何か遺言はあるかい?」
「弟たちには行方不明ってことにしといて欲しい」
「わかった」
「信用していいの?」
「気に入った獲物には、敬意を払うようにしてるんだ」
「だったら見逃してくれたらいいのに」
「あっはっはっ。そんなことできるわけないじゃないか」
口端から垂れた涎を舌で拭う。
「……ねぇ、なんであんたって人を食べるのさ?」
「十歳くらいの時だったかな。一週間ほど食事を与えられていなくて、母親を殺して食べた。そのときの味が忘れられないんだ」
「そりゃあ状態で食べたらなんだって美味しいでしょうね」
「あっはっは。さあ、お喋りは終わりだ。君はボクの中で生き続けてくれ」
心の中でならいい台詞なんだけどなぁ。
大きく口を開いて「捕食者」は私の首に歯を立てた。皮膚が突き破られる。熱い舌と息が触れる。ああ私は死ぬんだなと思った。
でもどうでもよかった。
誕生はいないし成木もいないし死出くんもいないし美咲もいないのだから。




