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灯花亭と二度目の暗転

灯花亭。

その木の看板は、少し斜めにかしげながらも、どこかあたたかな風情を漂わせていた。

(ここ、で合ってるよね……)

狐に聞いた場所を何度も思い出しながら、千早は扉の前に立ち、深呼吸した。


「……よし」


ギシッ、と音を立てて扉の取っ手に手をかけた——その時だった。


「二度と来るんじゃねえって言ってんだろうが!!」


怒声とともに、内側から扉が爆発したみたいに開いた。

続けざまに、大柄な何かが吹っ飛ぶように飛び出してくる。


「え、うそ——わっっ!」


千早は反射的に身を引こうとしたが遅かった。

重い衝撃とともに体がはじかれ、空がぐるんと回った。


地面に背中を打った瞬間、彼女の視界はふわりと闇に染まった。


「……ん、う……」


誰かの声と、かすかに水がゆれる音で、千早はゆっくりと目を覚ました。


「気がついた?」


まぶたを開けると、金色の髪のかたまりが目の前にあった。

ぐしゃぐしゃのボサボサ頭。その下には、ギザギザの歯を覗かせた口元と、いたずらっ子のような笑顔。


「いきなり人間キャッチとか、なかなか派手な登場だったねー。頭、すんごい音してたけど、大丈夫?」


「え、えっと……あれ、ここは……?」


「灯花亭。あんたが入ろうとしてた宿。で、わたしはエミリー!」


そう言って、彼女はカップに注いだ水を差し出してきた。


「飲める? 体起こす?」


「……ありがとう。ちょっと、だけ……」


千早は体をゆっくりと起こし、水をひとくち飲んだ。冷たさが喉を伝う。


「なんか、いろいろありすぎて……すみません、助けてくれて」


「あー...それは...こっちが悪いっていうか.....てか!、あんた——迷い人でしょ?」


エミリーはなにかゴニョゴニョと言葉を漏らしたが、千早には聞こえなかった。


その後の言葉にかき消されてしっまったからだ。


「……え? なんで?」


「雰囲気。あと服、こっちのじゃないし」


確かに、Tシャツとジーンズは浮いている。

千早が慌てて裾を引っ張ると、エミーは「父さんもね、最初そんなだった」とさらりと言った。


「……お父さん?」


「うん、ジェイソンっていうの。十数年前にこっちに迷い込んできた人間でさ。今はこの町で普通に暮らしてるけど、最初はドッタバタだったって。変な紙で機械いじってたとか言ってたよ」


「あー……それ、たぶんスマホとかノートパソコンかも」


「それ! それだ! やっぱり! それってどんなの? 元いた世界ってさ、やっぱり魔法みたいなものいっぱい使えるの?」


エミーの目が、千早の顔をまっすぐ射抜くように輝く。

あまりにも興味津々な様子に、千早は思わず笑ってしまった。


「うーん……魔法っていうより、技術? たとえば空飛ぶ車はないけど、空の上には人を乗せた鉄のかたまりが飛んでるし、誰とでも喋れる端末がある」


「なにそれ! 超楽しそうじゃん!」


「楽しい、のかな……たしかに、便利だけど」


ふと、千早は思う。

あの便利でせわしない日常が、もう遠い昔のように感じられることを。


——そのときだった。


「エミー! またサボってるでしょ!」


宿の奥から、甲高い女性の声が響いた。

エミーは「あっ」と目を丸くし、慌てて立ち上がる。


「やっば、仕事! でも動けそうならさ、この宿、見てっていいよ。意外と広いから!」


「え? あ、うん……ありがとう」


「じゃ、また後でねー!」


ぱたぱたと部屋を出ていくエミーの背中を見送りながら、千早はそっと息を吐いた。


体調も落ち着いてきたので、千早はゆっくりと立ち上がり、宿の中を歩いてみることにした。


古びた木造の廊下には、小さなガラス窓から日が差し込み、ほんのりと温かい。

通路を曲がるたびに、小さな扉や看板が現れる。


「読書室」「浴室」「台所」「地下倉庫」——


そして奥に出ると、視界が開けた。


そこは、庭というより“中庭の広場”だった。

石畳に沿って植えられた季節の花、小さな噴水。腰かけられるベンチもあり、テラスのような造りになっている。


「……すご」


思わず口に出る。

ファンタジーな異世界の“冒険拠点”って、こういうのかもしれない。


(宿っていうより……居場所って感じ)


どこか懐かしいような安心感に、胸の奥がゆるんでいく。

そう感じたとき、どっと疲れが押し寄せてきた。


(あ、やば……なんか眠……)


千早はよろよろと部屋へ戻り、ベッドへ身を沈めた。

あっという間に、深い眠りが訪れた。



つづく。



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