第三話
「……冴香」
俺はなんとなく【あいつ】の名前を呟き、またしてもぼーっと考えに耽ってしまう。
冴香とは、生まれた時から何をするにも一緒だった。
それこそ、小さいころに遊んだ相手もいつも二人きり。
初めての春も、初めての夏も、初めての秋も、初めての冬も。
初めての晴れも、初めての曇りも、初めての雨も。
そして――――
初めてのキスも、初めてのエッチも……。
全部二人で体験した、大切な思い出の数々。
何もかも、俺達は、互いを通してしかそれを知らない。
それほどまでに、俺と彼女は近しい存在だった。
最早、家族という言葉ですら物足りない程、俺と冴香は心が通ってしまっている。
そんな彼女の事ばかり考えてしまう俺の思考の中では、今もぐるぐると思考が巡っていた。
それこそ「あいつは将来何がしたいんだろう?」とか、「あいつは将来この島を出て行ってしまうのだろうか?」とか、「あいつは、今まで俺とずっと一緒に過ごしてきて、俺の事をどう思ってるのだろうか……?」とか……そういうことが、だ。
――――って。
「なんか最後の方、俺があいつに片想いしてるみてぇじゃねぇか……っ!」
そこまで考えに至ったところで、俺は思わずはっとする。
それに誰もいない海岸で一人、大声なんて上げて立ち上がってしまった。
「いやいやいや……まてまて、確かに俺と冴香は長いこと一緒にいて、それこそお互いの存在が当たり前に――――」
――――そうだ、俺の傍には、いつもあいつがいるのが当たり前で……。
「家族みたいな存在なんだ。恋愛がどうとか、そういうイメージは、少なくとも俺の方ではあまり想像ができない……」
正直な話、俺もあいつも若い男女だ。
確かにお互いに性欲というものを実感することはあり、若い異性が自分達しかいなかったものだから、必然的に冴香とは何度も【そういうこと】をしたことはある。
しかし、そういった行為は、あくまでも……ただ都合が良かっただけ。
俺も、そしておそらく冴香の方も、恋愛感情とはまた別の、もっと短絡的で本能的な理由によって及んだ不純なものだったと思う。
あの頃の自分が自覚していなかっただけで、流石に今では、それが不純な行いだというくらいの自覚はあるのだ。
ただ、当時の自分たちがそれを不純だと思えなかったのは、ただお互いに限定した行為だったという、そんな雀の涙ほどの最後の抵抗。そんな言い訳のような貞操観念の補強材だけが理由で。
それこそ、その本質はきっと持て余した若い性欲と時間をお互いに発散するのに、色々な面で都合が良かっただけなのだ。
そう、ただそれだけ。
それこそ、ある休日は獣のように何度も何度も時間を忘れて交わったり。
たまの日には、ネットで知った少しニッチなプレイなんかも、思春期の性に対する興味と好奇心からお互いの身体で試してみたりとか……。
そういった俺と冴香との今までの行為の背景には、いつだって純粋な愛情とはまた別の不純な何かが同時に存在していた。
それは当然、子供を作る為の行為でも、愛情を確認し合うための行為でもない。
ただの性欲からくる、生物的な衝動により及んでしまった性処理にも近い極めて不埒なもの。
まあ、当時はそんな自覚もびっくりするほど無かったが、流石に学生を卒業した今の自分であれば、それくらいの分別はつくのだ。
まあそれでも、不健全な事とはわかりつつ、学生を卒業した今でもお互いにムラムラした時には、そういった行為をすることはままある訳で……。
そして周りの大人たちも、薄々そんな俺達の距離感を察しているのだろう。
周囲の俺達を見る目はやはり依然として中温かく。
それでいて、学生のころからそんな俺たちの不純異性交遊を、この島の状況的に咎める者は誰もいなかった。
そこは、ほんの少し歪なように思わなくもないが……。
まあ、実際それほどまでに過疎った島の事情を目の当たりにしているものとしては頭ごなしに疑問符を浮かべるようなことでもない。
「……いい加減、はっきりすべきなのかもな」
俺達も、もう来年には大人になる。
いつまでも、こんな関係をだらだらと続けているのは絶対によくないっていうのは俺ももうわかっている。
実際、最近では島の大人たちから、それとなく俺達にはちゃんと籍を入れて結婚し、子供を作って未来を繋げて欲しいというような雰囲気も感じていた。
だけどそれでも――――
俺もあいつも、きっと心のどこかで、その【何か】が引っ掛かっているはずなんだ。