第二話
俺が童貞を捨てておよそ3年。
俺は、今年で19になる。
そんな夏。
俺はあまりのうだる夏さにこたえ、今日もまた一人で近所の海へと涼みに訪れていた。
「……」
砂浜の上にある石造りの階段の上に座り、一人ぼーっと海を眺める。
俺は余計なノイズを全てシャットアウトするかの様に、ただその波の音にだけ、
身も心も完全に委ねきってしまっていた。
眼前に広がるのは、広大な海の涼やかな青色と、人気のない目下の砂浜から漂ってくる寂れた様相。
この蒼い海の絶景に反して、随分と過疎化しているこの浜は、もう随分と田舎の、とある辺境の島の光景だ。
まあ、この情緒的な景色を独占し、ぼーっと黄昏ることが出来るのはかえって贅沢な事でもあるのかもしれないが。
しかし――――
この島にはもう、同世代の人間など俺以外にはほとんどおらず、強いて言うなら、幼馴染の【あいつ】がまだ残っているくらいなもので。
それはこの島の未来を思えばこそ、少々物悲しさが勝ってしまう。
「……」
そう、【あいつ】くらい……。
……って。
「いやいや、最初から【あいつ】以外に同世代の人間なんて、そもそもこの島にはいなかっただろ」
……。
なんて、あまりの暑さに一人でノリツッコミをしてしまったが、正直全然笑い事ではなかった。
俺がわざわざこうして毎日こんな場所に訪れているのには、暑さを凌ぐ他にもう一つ、目的があったのだ。
なんてことはない。
目的と言える程大それたものではないが、それでも俺にとっては重要な事。
今の俺には、一人で色々と考えに耽られるような時間と場所が、限りなく必要だったのだ。
では、その色々な考え事とは何か。
その最たるものは、やはりこの島の未来についてだろう。
俺も、その唯一の同年代の【あいつ】というのも、今では島の雑用を手伝いながら、自給自足でこの島での平穏な日々を営んでいる。
しかし、だ。
当然、この先も本当に俺とあいつ以外にこの島に若者が入ってこないというのなら、この島でどれだけの年月を過ごそうとも、結局はそんな俺達がこの先に残せるものは何もないということになってしまう。
それは……若いなりの考えからなのだろうか。
俺にはあまりにも虚しいことに思えてならなかった。
なんだかんだで、何も無いなりに、俺はこの島が好きだし。
そんな、愛する故郷に未来がないというのもやはり寂しい。
それにどうせこうして生きているのなら、せめて、何でもいいからこの有り余る体力で何かを成したいという活力はある。
それなら俺だって、何か少しくらいはこの島で誰かの役に立ったり、誰かの特別になったりしてみたい。
そんな気持ちがなんとなく自分の中で渦巻き続ける日々。
だけど、それでも現実ではなかなか重い腰が上がらない。
それこそ、この島で誰かと何かを残そうなどと考えれば、その相手は年齢的にももう【あいつ】くらいしかいないのだ。
しかし、ただ年が近いからという理由だけでは、人生の大きな決断に至るまでの理由には中々なり得ない。
少なくとも俺にとってはそうだ。
そして結局、そういった俺の価値観の話なんかもあって、なんだかんだと今のこの島の日常に甘んじている自分がそこにいて……。
「……でも、存外満更でもないんだよな」
そう呟いた通り、なんだかんだで惰性もあり、この島の日常に少し満足してしまっている自分もいるのだ。
それ故に、本当のところ俺はどうしたいのだろうかと、より一層深みにはまる。
思考はまたしても、平行線に戻ってしまった。
「あーなんかもう、自分でも自分がよくわからん。でもなぁ……父さんも母さんももう死んじまったけど、【あいつ】のご両親は今でもよくしてくれるし」
思い浮かぶのは、この島で俺と【あいつ】を猫かわいがりしてくれた様々な大人たちの姿。
「……島の人たちだって、みんな年寄りだけど、本当に温かくて。俺、やっぱりなんだかんだで純粋にこの島が好きなんだよな……」
俺はそんな素直な気持ちに、なんとなく、自分はただこの島が好きなだけで、そんな大切な島がいつかなくなってしまうのが怖いだけなのだと。
ただ、それが【何かをしなくては】なんていう焦った気持ちを呼び起こしてしまっているだけなのではないだろうかと、色々と自分自身の本音を邪推してしまう。
「……」
(それなら、【あいつ】は……どうなんだろう……)
しかし、そこまで考えに耽ったところで、ついに俺はその事実に思い至った。
確かに、よくよく考えれば、こんな悩みは自分だけが考えても仕方のない事だろう。
あいつもまた、この島のもう一人の若者なのだ。
そしてだからこそ、余計にこう思う。
果たしてこんな悩みを抱いているのは俺だけなのだろうか……?ということを。
俺と唯一歳の近い【あいつ】の方は、一体毎日何を思い、この島での日々を過ごしているのだろうか……?
思えば、つい最近になって、自分の将来のことを考えるのと同時に、どうしてもいつも【あいつ】のことも一緒に考えてしまう自分がいる気がする。