第一話
初めての性行為は、少しばかり味気ないものだった。
相手は俺の唯一の幼馴染であり、家族同然に親しかった同い年の女の子。
容姿は贔屓目なしにもとても整っていると思う。
それこそ、高嶺の花とも言える程の美少女だ。
その長く艶やかな黒髪と絹のように肌触りの良い柔肌も、年頃の異性にはとりわけ魅力的に映った。
胸も年のわりに大きく、それが余計に当時の俺の情欲を誘ったのだ。
俺達は当時、まだ高校生に上がったばかりだったというのに……。
それはあまりにも背徳的でありながら、未だ不慣れなお互いの手際と、その気の知れた仲が故の弊害か。
それはどこかあまりにも自然で、衝動的な行為とも思えずに。
それはただ静かで、情熱的な行為とは程遠い。
そんな、あたかもありふれているかのような情事だった。
その日はひどく雨が降っていて、親のいない自宅へと彼女の事を連れ込んだ。
お互いに、ずぶぬれになった新しい制服をただ刹那的に脱がせあって。
雨音に紛れながら二人で静かに求めあった。
きっとその行為にためらいが無かったのは、今まで共に歩んできた、その時間の積み重ねがもたらした結果か。
まだ年端もいかぬ頃は一緒にお風呂に入ったり。
それよりも少し年を取って、流石に一緒にお風呂には入れないと。
そんな年にもなれば、いとも拙く、一線を越えぬほどの塩梅で、互いに愛撫や口淫などで慰め合っていた。
当然、そんなことは島外のある俺達の同級生だって知る由もない。
むしろ想像すらしていないだろう。
実際のところ、俺達は都会に住まうどんな垢ぬけた若者たちよりも、ずっと不純で。
されど、彼女と育んできたその残酷なまでに純粋な時の積み重ねが、図らずも俺達の歯止めを狂わせて。
とりわけ、自分達が大人の階段を非常識な速度で駆け上がっているという事にも気づかずに。
そのころから最早幾分も、同年代の他の男女よりも進んでいたことだろう。
しかし――――
それでも俺達は、いわゆる【恋人】と言えるような関係ではなかった。
そこにあったのは、いかなる愛情か。
その名前が未だつかぬからこそ、この情事はどこか二人の中で許されるものであると錯覚させていた。
まるで、その静かな時の流れさえも許容されるような。
それほどまでに曖昧で。
されど、それを心地よく思える程の体温が伝わる距離で愛し合う。
そんな形だけの、快楽を貪り合うだけの行為が、ただひたすらに甘美だった。
異常なまでに近しかったからこそ、最早自分の身体の一部であるのではないかというほどの錯覚を抱いてしまう。そんな距離感で。
だからこそ、俺達は貞操観念が狂っていたわけでもなく。
それはただ、互いにだけ許す限定された行為。
それはともすれば恋仲の男女と何も変わらず、それ故にそれが不純であるとすら自覚できずに。
ただ、あまりにも自然にその流れを受け入れることで、思考を止めていた。
ただ、抗いがたい快楽を享受し合うことに、ためらいはなかった。
ただ、それでも求めあえば求めあうほどに、これだけは自覚させられた。
それはいくら意識しまいと様々な言い訳を並べようと、取り繕える筈もなく。
俺達二人の関係性は、どうしようもなく雌雄の関係であるのだということを、自覚させられたのだ。
されど、その事実にすら、何ら引っ掛かりなど抱けぬほど。
積み重ねられてきた二人の時間が、またしても俺達の常識的な認識を阻害する。
二人はより一層執着していった。
これは、誰でも良かった訳じゃない。
ただ、その一つの共通の価値観だけが、この行為をどこか二人の中で正当化していたのだ。
ただ、一緒にいるうちに、お互いの身体付きの変化やその匂い、肌の感触や話し方、衣服の違いなど……。
ずっと同じだと思っていた筈のものがどんどんと別のものに塗り替わっていく。
その背徳と、不安にすがるようにして、俺達は何度も、何度も交わり合った。
ただこうして身体が繋がっていれば、お互いがどれだけ違う存在になったとしても、本質はずっと変わらないままでいられる気がして……。
それははたから見れば、最早一種の依存とも言える。
あまりにも不純な関係だっただろう。
しかし――――
それでも、それでもあの頃はそれでよかった。
お互いに、その身体に触れることを許すのもお互いだけ。
お互いに、その心を許すのもお互いだけ。
その関係は確かに心地よく。
抗いがたい。
故に、結局のところ二人の間にあった肉体的な関係が解消されることはなく。
今では、なんだかんだで良い思い出となっている。
しかし、だからこそ、だ。
今では、こうも思ってしまう。
このような関係となってなお、俺の中に、純粋に彼女を大切に思う気持ちも確かにあったというのなら。
この確かな【愛情】の詳細が明らかになるその瞬間を。
彼女と共に感じてみたいと、そう思ってしまったんだ。