第八話 呂布奉先(りょふほうせん)
洛陽の空は、灰色に曇っていた。
帝都の中心・未央宮。かつては華やかな賢臣たちの議論が鳴り響いていたが、今は宦官たちの私語と、衛士たちの重い沈黙だけが満ちていた。空気は淀み、槍の穂先が震えるほどの不安が宮廷を覆っていた。
霊帝・劉宏が崩御し、宮中は激震に包まれた。後継者とされるのは二人の皇子、長子・劉弁と次子・劉協。しかし帝は遺詔を残さず世を去り、玉座は長子・劉弁が、中国後漢の第13代皇帝となるも、まだ幼く、少帝辯と呼ばれ、空位にちかいままの状態で、権力の座を巡る争いが始まったのである。
この混乱に乗じたのが、董卓である。
西涼の地から軍を率いて現れたこの男は、何進将軍の招きに応じて洛陽に入城。だが、宦官十常侍により何進が暗殺されたことを知るや否や、躊躇なくその力を用いて宮廷を制圧した。
「二人の皇子は、我が手中にある」
董卓はそう豪語した。
彼の計略は緻密だった。混乱する宮廷で、後継問題を盾に自らの権威を固め、劉協を即位させる布石を打つ。年若く聡明な劉協は、操るにはうってつけの器だった。
その野望に立ちはだかろうとしたのが、并州刺史・丁原である。
洛陽に入城すべく進軍する丁原の軍。その先頭に立つは、若き猛将・呂布奉先。漆黒の甲冑を纏い、背に携えるは、神槍・方天画戟。長柄の両側に月牙の刃を持つこの武器は、斬撃と刺突を自在にこなす、まさに「聖剣」の名にふさわしい神器であった。
「何進将軍は……討たれたのか」
丁原は憤りを抑えつつ、洛陽を目指す。
「董卓が皇子を抱え、帝位を操ろうとしている。奴を止めねば、天下は腐り果てる」
だが、董卓は軍師・李儒を遣わし、洛陽の門を閉じさせた。
李儒文優
董卓軍の軍師にして、腹心であり、知恵袋として数々の悪行を進言していた。
「城内は混乱しております。丁原殿には、しばし城外で待機を」
その言葉は、拒絶の意に他ならなかった。
「貴様ら……!」呂布は怒り、方天画戟を強く握った。
「落ち着け、呂布。ここで無理強いすれば、正義が疑われる」
丁原の言葉に、呂布は渋々引き下がる。だが、その抑えられた怒りは、静かに燻っていた。
洛陽の中で、董卓は着々と支配を広げていく。そしてついに、諸侯を招いた宴の席を開いたのであった。
―
王允が、剣人と孫有を連れ、宴会に出席することになった。
「孫有すげえご馳走だな。中国の料理だから、北京ダックとかもあるんだろうな。いっぱい食べ様な!うわ~すげーうまそう!」
孫有が言った「ん?あそこにいる、身体の大きい男は誰だ・・・」スカウター画面をのぞいた。
【スカウター画面】・・・・・・・・・・・・
呂布奉先
武力:107 知力:58 政治:72 魅力:70 体力:100 統率:100
※呂布は、三国志の中で、最強の人物。腕力が非常に強く、弓馬の術に秀でた猛将。
※荊州刺史である丁原の配下である。
・・・・・・・・・・・・
「あの大男が、呂布だ。すげ強さだ・・・武力が107って・・・」
―宴が始まろうとしていた。場所は、温明園。
招きの主人名はいうまでもなく董卓である。ゆえに、その威を怖れて欠席した者はほとんどなかった。文武の百官はみな集まった。
「みなお揃いになりました」
侍臣から知らせると、董卓は容態をつくろって、乾杯した。
そして会場が静まりだしたころ、話し始めた。
「予は思う。今の天子は、肉屋の娘の子であり、十常待を誅殺しようとした兄をもつ妹何皇后の子。天稟の玉質であらねばならぬ皇帝の座にふさわしいはずがなく。漢室のため、そして、なにより、われわれ臣民の常に憂うるところである」
「孫有、どういうこと?」剣人が聞いた。
「あれは、つまり今の劉弁が皇帝にふさわしくない、そう言いたいのでは・・・」
「そんなこと、董卓がいう立場かね・・・」
そして、董卓は、
劉協を新皇帝「献帝」として即位させると宣言した。
「これより、帝の治世は我が補佐によって進む。異論ある者は、力をもってねじ伏せよう」
その発言に、宴の空気が凍る。
「待て、董卓!」
席を蹴って立ち上がったのは、丁原だった。
「帝位は天が定めるもの。貴様ごときが決めてよいものではない!」
その言葉に呼応するように、呂布が方天画戟を構えた。
「貴様に天命などあるものか!」
一触即発の空気。だが、董卓はその場を収め、宴を散じた。
――
夜は深く、月も雲間に隠れ、天は沈黙していた。
洛陽の北郊、丁原軍の陣中では、ただ松明の灯りが風に揺れ、兵たちの息づかいだけが響く。
その沈黙を破ったのは、風の中に紛れ込んだ足音だった。——否、それは音すら立てぬ影。
黒装束の刺客たちが、幕舎へと忍び寄る。
狙いはただ一つ——呂布。
だが、その瞬間。
「来るか……!」
鋭く、空気を裂いた声と共に、雷のような斬撃が走る。
方天画戟——黒鉄と黄金の混じるその刃が、宙を舞い、闇を切り裂いた。
刺客の一人が瞬時に胴を両断され、もう一人が血を吐きながら倒れる。
「……ば、化け物……!」
最後の刺客が逃げようとしたその背を、呂布の戟が的確に突き刺した。
返り血に染まった呂布は、まるで修羅。全身から湧き上がる覇気は、常人の域を遥かに超えていた。
「この戟がある限り、俺を殺せる者など、この世におらん!」
その叫びは、夜の帳を貫いた。
だが、その姿を見届けた者がいた。
幕舎のさらに奥、影の中で佇んでいたのは、董卓の軍師・李儒だった。
そして彼の傍には、一頭の馬がいた。
紅のたてがみを靡かせる名馬。その目は獣ではなく、人を見透かすような知性を宿している。
「……赤兎馬か……」
呂布の瞳が、それを見てわずかに揺れる。
李儒がゆっくりと口を開いた。
「奉先殿。董将軍より、貴殿にこれを贈る。赤兎馬——一日に千里を駆ける名馬。そして、洛陽の栄光、そのすべてを手にする力を」
呂布は黙していた。
だが李儒は、さらに一言を添える。
「代償は一つ。——丁原を、殺せ」
静寂が、呂布の心を抉った。
丁原。
かつて己を拾い、剣を教え、衣食住を与えた男。義父のような存在だった。
呂布の手が、自然と画戟を握りしめる。
その刃の重みが、心に問いかける。
「——本当に、討つのか?」
「……」
赤兎馬の眼が、どこか誇り高く、呂布を見つめていた。
背に乗れば、戦場の覇者。
だが、裏切りの罪は、一生背負うことになる。
だが、彼の胸に巣食っていたものは、野望だった。
もっと強く。もっと高く。もっと、上へ——
呂布は、静かに口を開いた。
「……分かった」
その声は、誰にも届かぬように低く、しかし確かに決意を宿していた。
夜が明けぬうちに、呂布は丁原の幕舎へと足を運んだ。
愛馬・赤兎を外に繋ぎ、音もなく幕を払う。
「……誰だ」
薄闇の中、丁原が目を開けた。呂布の気配に気づいたのだ。
「……奉先か。何の用だ……」
応えはなかった。
次の瞬間、方天画戟が一閃。
「——!」
刃が、まっすぐに丁原の胸を貫く。
血飛沫が宙に舞い、幕舎の空気が一変した。
丁原は、己を貫いた刃を見下ろし、呂布を見上げる。
苦悶の表情もなく、ただ微かに微笑みを浮かべて。
「……そうか……お前は、そういう男だったか……」
その言葉を最後に、丁原は音もなく崩れ落ちた。
呂布はその場に膝をついた。
瞼を閉じ、震える拳を地に押し付ける。
だが、戻ることはできなかった。
——もう、道は決まった。
その一部始終を、ただ一人、見届けていた者がいた。
軍陣外れの林の中、姿を潜めていたのは、未来から来た密偵——孫諜報の菅野有道、今は「孫有」と名乗っている男だった。
彼の手首のYwatchには、赤外線と暗視カメラの映像が記録され、声紋と動作まで正確に認識されていた。
「……呂布、丁原を討ち、董卓に下る……」
孫有は震える指で、暗号を入力。すぐに映像と共に王允のもとにいる小窓、そして江東・寿春の孫堅本営へとデータが転送された。
「呂布、董卓に靡いたか……」
報を受けた孫堅は、静かに目を閉じ、長い吐息を漏らした。
軍帳の中には、彼の長男・孫策、幸美教授の姿もあった。
「洛陽は……完全に董卓の手に堕ちたということですね」
孫策が、怒りを滲ませて言う。
その拳は白くなるほど握られていた。
「これからどう動くべきでしょうか、父上」
孫堅は頷いた。
「情報こそ、戦の鍵。我らの武器は、剣だけではない。——理工の叡智もまた、力だ」
幸美教授はゆっくりと、息を吐いた。
月のように淡く青白い月を見つめ、彼は静かに言った。
「剣人、京子、2人は、孫諜報の任務として、関羽という英雄が、おそらく身を寄せている、もしくは、合流するであろう、公孫瓚将軍の元へ行って欲しい。」