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第三話 袁紹本初(えんしょうほんしょ)

西暦189年、洛陽――。


かつて栄華を極めた後漢の都は、いまや腐臭漂う沈黙の帝都と化していた。


春の陽光すら霞む宮廷の中で、権勢をふるっていたのは、もはや皇帝ではない。“十常侍”と呼ばれる十人の宦官たちだった。


※宦官 (かんがん) とは、東洋の文化圏で、後宮や宮廷で仕えた去勢された男性を指します。主に中国、朝鮮などで見られ、去勢することで後宮内の秩序維持や、妃たちとの関係を避ける目的で用いられました。



彼らは、去勢されながらも権力の座にしがみつき、第十二代皇帝・劉宏りゅうこう――後に霊帝れいていと呼ばれる男を、酒と女で籠絡ろうらくしていた。その手口は巧妙だった。


「陛下、こちらをご覧くださいませ……洛陽一の美女にございます」


ふわりと香をまとい、後宮に上がった一人の娘がいた。名は何氏。肉屋の娘に過ぎぬ出自であったが、町で肉屋の娘が美しいとの評判を聞きつけた宦官たちが目をつけ、両親に金銀を与えて、肉屋の出路を伏せ、なんとか、情報操作の末に、後宮・霊帝のもとに送り込まれた。


柔らかな声、すべらかな肌、そして底知れぬ野心。


彼女は瞬く間に皇帝の寵を受け、貴人の位に上がり、やがて劉弁りゅうべんを生む。そして皇后の座に就いた。

劉弁りゅうべんは、少帝と呼ばれ、後の、第十三代皇帝・少帝・劉弁りゅうべん


何皇后かこうごう――


彼女の登場によって、宮廷の勢力図は激変する。彼女は機を見て兄・何進かしんを推挙し、十常侍の助力により、男は大将軍にまで登り詰めた。


まさに肉屋の娘が帝国の中枢を握った瞬間であった。


だが、何皇后かこうごうには一つ、気にくわぬ存在があった。



それは、王美人。


もう一人の女、霊帝の側室であり、絶世の美女であった王美人の存在である。彼女が産んだ子こそが――劉協りゅうきょう後の献帝である。

劉協りゅうきょうは、少帝と呼ばれ、後の、第十四代皇帝・献帝・劉弁りゅうきょう

後漢のラストエンペラー、最後の皇帝である。



霊帝は、日増しに劉弁りゅうべんの愚鈍さに苛立ちを募らせ、聡明な弟・劉協りゅうきょうを可愛がるようになっていた。そして、皇子の教育係として、宦官の一人・蹇碩けんせきを後見役に据える。

このときから、宮中では密やかに火種が燻り始めていた。

何皇后かこうごうとその兄・何進かしん、そして彼らに取り入り続ける十常侍の大多数。


それに対するは、蹇碩けんせきと王美人、つまりは、側室側の聡明な皇子である、弟の劉協りゅうきょうを擁立せんとする一派。


兄劉弁りゅうべん対、弟、劉協りゅうきょうの跡目争い、何VS王、宦官たちを2ぶんにした、

――玉座をめぐる、血族と宦官の静かな戦争であった。

だが他にも懸念があった。王美人の子供は、なんと双子。一卵性の男女の双子であった。

この事実が露見すれば、後の世にさらなる混乱を招くことは明白であった。


霊帝は深く思案した末、密命を下す。


「よいか、このことは、絶対に、絶対に漏らしてはならぬ。女子のほうは……董太后に預けるがよい」


こうして、霊帝の母・董太后の庇護のもと、双子の妹は密かに後宮を離れた。

董太后は信頼する尚書右丞・司馬防しばぼうを呼び出し、すべてを打ち明けた。


「司馬防よ。この子を、貴殿の娘として育てよ。天命ある子ゆえ、決して他言するな」


司馬防は深く頭を垂れ、その命に従った。


やがて双子の妹は、司馬防の家で「司馬姫劉花しばきりゅうか」として育てられることになる。

その運命が、後に、天をも動かす波乱を呼び起こすとは、この時、誰も知る由もなかった。


* * *


ある夜、後宮の回廊にて。


「陛下。近頃、何皇后かこうごうはあなたを操るようになっております」


蹇碩けんせきのささやきに、霊帝れいていは苦笑した。


「操られているわけではない。だが……あやつの兄は、余に忠誠を尽くしているとは到底思えぬ、肉屋のせがれが」


「では、王美人の息子・劉協殿を……いずれ」


「豚をさばき、猪を切り売りしている家柄の女の子より、王美人の……劉協。蹇碩けんせきよ、お前に任せる、いずれ、調子に乗る、肉屋の兄妹ではない派閥を、後継に導け」

この言葉を合図に、蹇碩けんせきは水面下で動き始めた。


軍事を握る、何進かしん大将軍を失脚させ、劉協りゅうきょうを擁立するために。


* * *

その頃、大将軍府では、袁紹えんしょうが静かに杯を置いた。


「何進殿。このままでは、王美人の子に帝位が奪われましょう」

「だが、霊帝れいていが次の皇帝を……」


「それを決めるのは、もはや宦官かんがんたちですぞ。蹇碩けんせきは動いている。我らが動かねば、遅れを取るのではないでしょうか。」


「本初副将軍、どうすればよい?」

袁紹の眼が鋭く光る。


袁紹本初えんしょうほんしょ

当時の最高職である司徒、司空、太尉を輩出した汝南の名門袁氏の出身であった。

後漢時代に四代にわたってこの三公と呼ばれる、重職を輩出しており、同じ袁家で、力を持つ従弟の袁術えんじゅつも、このとき、何進大将軍の配下に加わっていたのだ。

袁紹えんしょうは言った。

「王美人を……毒殺いたしましょう。あとは、蹇碩けんせきとその派閥の十常侍じゅうじょうじを一掃すればよいのです」

「いつまでも偉そうな、董太后とうたいごう、霊帝の母君も、いずれ、始末ですな」

何進大将軍は、静かに頷いた。既に彼の背後には、武力に優れた俊英たちが控えている。


さらに彼は、洛陽の外へ密書を飛ばした。

内部の軍が、2派閥で混乱をきたした際に、備えようと考えたのだ。


「荊州の丁原ていげん、涼州の董卓とうたく……外側から、地方の有力将軍たちの兵を集めるのだ」


外から力を得て、内を制する。


だがその動きは、、蹇碩けんせき派の十常侍じゅうじょうじに知られていたのであった。


しかも、何進大将軍の、この判断こそが、内輪もめに収まらず、そとの地方豪族に助けを求めた事が、後の三国時代の伏線へとつながる、いわゆる群雄割拠の序章となるのであった。


* * *


「何進大将軍が兵を呼び寄せている……」



蹇碩けんせきは仲間たちに囁く。

「ならば先に、我らが手を打つしかあるまい。霊帝れいていは、重病で、長くはもつまい。皇子を……確保するのだ」


後宮の裏口から、宦官かんがんたちは二人の皇子――劉弁と劉協を密かに連れ出した。


「皇子たちは我らが護ります」


表向きは忠義を装い、実際は人質として。

それは王朝の支配権そのものを手にする、最後の賭けだった。


* * *

その夜、霊帝れいていは、眠るように崩御した。


遺詔は残されず、皇帝の座は宙に浮いた。


そして、数日後。


「……董太后とうたいごう、霊帝の母君が、急死なされた?」


それは一人の若き女官が、禁中奥深くにて耳にした噂だった。


「しかも、死の間際、双子の秘密、劉協様の双子の妹の預け先である司馬防しばぼう様への密書が、何者かに奪われたようで・・・」


董太后とうたいごうは、劉弁りゅうべん様が、霊帝死後、第十三代少帝となられた情報を知り、弟の劉協りゅうきょう様がこのあと暗殺され、さらに双子の妹の存在が判れば、ともども消されるとお考えになられたのでしょう……」


司馬防しばぼう様へ、宮殿の内部情報を、いち早くお届けしたあと、どうやら、葡萄酒を飲んで、毒殺されたようで・・・」

震える声で告げた女官の頬は蒼白だった。


そして、それが誰の命令によるものかを、女官たちは言葉に出さずとも、互いに理解していた。


——大将軍・何進。


妹の何皇后の腹を痛めた子・劉弁りゅうべんを、霊帝の後継に据えるため、障害となる王美人につづき、董太后とうたいごうをも、暗殺したのだ。


「少帝・劉弁りゅうべん様が即位されます……」


その一報が洛陽に流れたのは、董太后とうたいごうの訃報から間もなくだった。



劉弁りゅうべんは、まだ十歳にも満たぬ少年であった。


華奢な身体に、あどけない面差し。だがその双眸は、王の血を引く者の威厳を僅かに湛えていた。


「そなたが、漢の天子であるぞ」


何進は、その玉座の間で低く言った。


傍らに控える宦官たちの顔は、仮面のように無表情だった。


劉弁は、父・霊帝の遺志もわからぬまま、玉璽を掲げ、帝としての名を授けられた。


だが、その即位は形式にすぎなかった。


何進——外戚としての権力を手にした男こそが、実質的な支配者となったのである。


「この国を支配しているのは、陛下ではない……私だ」


大将軍府の書斎にて、何進は独り、勝ち誇っていた。


彼の目には、政治の腐敗を正そうとする意志ではなく、自らの力を拡張する野望が、彼を突き動かしていた。


「反対派の宦官どもを……一掃せねばならぬ」


そう決意するに至ったのは、彼自身が宦官たちの讒言で命の危機を幾度も感じてきたからである。


中常侍・張譲、趙忠——かつて霊帝の信任厚き十常侍の面々。彼らはすでに霊帝なき朝廷でもなお影響力を持ち続けていた。


「討つのだ、すべてを」


何進は、妹・何皇后のもとを訪れた。だがそこにあったのは、血を分けた兄妹の温もりなどではなかった。


「兄上……陛下の御前で、そのようなこと……」


「妹よ。聞け。やつらがこのまま宮廷に留まれば、必ずや我ら一族も粛清されるぞ」


「しかし……宦官を討つことなど……朝廷の秩序が崩れます」


「秩序? その秩序がすでに腐っておるのだ!」


何進は手を振り、声を荒げた。


彼の背後には、袁紹、そして袁術らが密かに控えていた。


「洛陽にて兵を動かすわけには参りませぬ。外に兵を求めましょう」


袁紹が提案したが、何進は、既に、密書を送ったと答えた。


「涼州の董卓、丁原……兵を動かせる者に密書を送り、上洛を促してある。」


何進は勝ち誇った表情で、袁紹に笑い飛ばしながら伝えた。


だが、それは、後に、大きな誤りとなるのだった。


この時点で、すでに董卓は野心を膨らませ、洛陽での展開、乗っ取り案を企みながら、進軍していたのである。


・・・・


———董卓仲穎とうたく・ちゅうえい


涼州の地で生まれ育ち、蛮地の乱戦に身を置いた彼は、戦場を生き延びた猛将であった。血に染まった甲冑、風にたなびく赤い外套、戦場に響くその声には、ただならぬ圧があった。


「都の腐った連中に、真の武が何かを教えてやる……!」


董卓の軍は、砂煙を巻き上げて洛陽へと迫った。


しかし、その到着を目前に、予想もしなかった事態が都で起こる。


* * *


その頃。


江東の孫堅軍本陣。

孫堅、孫策、孫権、そして孫剣=高木剣人たちは、洛陽からの急報を前に集まっていた。



「皇帝崩御……」密偵で洛陽入りしていた、孫諜報からの報告であった。



孫堅は唸る。


「今、洛陽は完全な混迷の中にある」


「いったいどういことだ?」剣人がいうと、幸美教授が説明した。


「十常侍は、後漢末期、特に霊帝(在位168年–189年)の時代に権勢を振るった宦官の総称です。


彼らは中常侍という宮中の要職に就き、政治の実権を掌握しました。実際には12名が該当しますが、慣例的に「十常侍」と呼ばれています。



その主要なメンバーには、張譲、趙忠、夏惲、郭勝、孫璋、畢嵐、栗嵩、段珪、高望、張恭、韓悝、宋典などがいますが、蹇碩けんせきという人物は王美人派閥で、十常侍の中でも2派閥に割れて、武力を持つ、大将軍何進かしん派閥が優勢だったのです。


彼らは皇帝の側近としての地位を利用し、賄賂や縁故によって私腹を肥やし、政界を腐敗させました。


特に張譲と趙忠は霊帝の寵愛を受け、皇帝自身が「張常侍は我が父、趙常侍は我が母」

と称するほどでした。

                                        

このような状況が政治を麻痺させ、黄巾の乱(184年)の勃発を招く一因となったのよ。


※黄巾の乱は、後漢末期に発生した農民反乱で、張角率いる太平道が中心となり、黄色い布をまとった信者たちが蜂起したことから名付けられました。184年に発生し、後漢の衰退を加速させ、三国時代の幕開けを告げました


霊帝の崩御後、彼らと外戚である大将軍何進との権力闘争が激化し、最終的には何進を暗殺するに至るはずよ。  

         

そして、何進将軍の暗殺が、右腕で副将軍の袁紹えんしょう、他にも袁術えんじゅつら勢力の反発を招き、十常侍自身も滅亡へと追い込まれることになるの。


いずれにしても、これから、さらなる混迷が始まるはず・・・」


「幸美教授、俺たちのいる長沙、呉の国と、何の関係が?どうやって後漢を守る?動く時では?」

「剣人、今の呉は、孫堅さんたちは、まだこの時代、国主ではないの。後漢を守るために、長沙で、黄巾の乱であばれる盗賊を退治したり、していたのよ。いわゆる地方豪族の1つ。」


「そういうことか、・・・」


「何進将軍は、死の間際、そとの地方の将軍に、丁原将軍と、董卓将軍に応援を要請したはずなの。これが、到着すると、どうなると思う?」


剣人は、考えた。


「まさか、丁原将軍や、董卓将軍が、幼い帝を傀儡に、国を乗っとりに動くとか・・・」、そうよ、幸美教授は言った。


「霊帝の崩御により、劉弁派、つまりは、何進と妹の何皇后が政権をとったと思いきや、劉協派も何進大将軍の暗殺に動き、内部崩壊し、結果、喜んだのは、その部下である名門の袁紹えんしょう袁術えんじゅつ


そして、


「地方豪族の、丁原ていげん将軍、董卓とうたく将軍も、そこに、参戦っていう訳だな。」


「そうよ、もはや大・戦国時代に突入よ」


「孫堅さん、これは、後漢を守るため、動かないといけないのではないでしょうか...」


剣人が問いかけると、孫堅は頷いた。



「うむ・・・そうだ。だが、この時代、大きな悩みがあったのだ。」

「君たちに、1つ、相談、お願いしたい、ことがある」


孫堅は、剣人・京子・小窓・有道・幸美教授に向き直った。


「この時代、情報が全てだ。そこで、きみたちに、未来からもってきた機器を活用し、間者」

「つまりは、その」

「我が軍の新たな諜報部隊を、になって欲しい、名は“孫諜報そんちょうほう”。きみたちの知識と技術があれば、この後漢末の乱世で、我が軍の目となり耳となるのでは、と」


静まり返る幕舎の中で、孫堅はさらに菅野有道に視線を向けた。


「特にきみだ、菅野くん。前の孫策との戦いを見ていた、きみの片方の目にかかっているガラスレンズのようなもの、スカウターといったか、私は、非常に気になっていたんだ。これは何か、説明してくれないか?何が見えるのか?」


「……はっ」


有道は一通り説明すると


孫堅はいった。


「やはりな・・・」「そして、その、みなが巻いている、手首のもの、Xwatch、Ywatch、Zwatch」


「その未来の機器は、我が孫堅軍の目と頭脳となり、我が軍に必要不可欠となろう」

「菅野有道くん、きみに、“孫有そんゆう”の名を授ける」


菅野有道は一瞬、目を見開いた。


「孫……有……」


「孫家に連なる者として、孫諜報の頭領を任せる。この名を背負い、乱世を見抜き、守れ」


「そして、弟孫権にも、そのレンズ・スカウターを分け与えてくれまいか。有道、いや孫有、君に、そのスカウターの使い方を、兄孫策、弟孫権にも、今から使用方法を、教えて、活用を叩き込んで欲しいのだ。」


「分かりました!」


菅野有道、こと孫有は、深く頭を下げた。


「このスカウターで、必ずや、敵の策を見破ってみせます。そして孫策さん、孫権くんに、伝授します」


「よし!」


その様子を見ていた


山田教授が静かに微笑み、そして京子と小窓もそれぞれ頷いた。


「“孫諜報そんちょうほう”……任務開始ね」


その時だった。


「急報!」


密使が駆け込んできた。


「洛陽にて、何進将軍が暗殺されました!」


場に衝撃が走る。


「やはり...十常侍……貴様ら……!」


孫堅は憤り、剣人は拳を握りしめた。


「洛陽は……もはや、戦場になる」


都に渦巻く陰謀、血の連鎖。


そして、乱世の巨星――董卓が動き出す。


孫諜報そんちょうほう孫剣そんけんの剣人、そして孫有そんゆうの有道。


未来の知恵と刃が、歴史の闇を照らす灯となる。


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