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第二十四話 孫堅文台(そんけんぶんだい)

荊州――南の肥沃なる大地。

そこを治める刺史・劉表の命を受け、江夏太守・黄祖は長らく一帯の防衛にあたっていた。

その名は地元では堅実な軍人として知られたが、戦の波は容赦なくその肩にのしかかってくる。


中原を駆ける猛虎、孫堅文台が荊州に進撃の方が入ったのだ。


命じたのは、揚州の野心家袁術。

「劉表を討て」との命を受けた孫堅は、雷の如き勢いで樊城へ迫った。


「江夏の黄祖。貴様が我が道を阻むか」


対する黄祖は、劉表の命により兵を率いて樊城へ向かった。


「来るか……孫堅。だが、この城は容易く渡さぬ」


その言葉とは裏腹に、孫堅の軍勢は凄まじく、京子の設計による火薬弓の遠距離支援、孫剣の突撃部隊の連携により、黄祖の軍勢は短期間で崩れ落ちる。


「火線を押せ!孫剣、右翼を制せ!」


孫剣は槍を振るいながら敵陣に突入し、京子は臨時通信装置で黄蓋隊と連絡を取りながら、進軍の最適化を図っていた。


三日後、樊城は落城した。


黄祖は命からがら北方の襄陽へ逃れ、孫堅はそれを追撃。

ついに襄陽城を包囲する。


「城を落とすな。父の怒りは理に適うが、民に刃を向けるは我らの志に非ず」


孫剣は孫堅に進言したが、首を横に振った。


「この戦は仇討ちではない。これは、大義を問う戦だ」


劉表は黄祖に徴兵を命じ、黄祖は密かに城を出て兵を集めた。

だが、その動きは孫剣によって感知されていた。


「Xwatchに探知反応。黄祖、北西の山林へ」


孫剣と京子のチームは黄蓋隊と連携し、包囲網を展開。

黄祖は襄陽近くの峴山へと潜んだ。


江夏・樊城はんじょう。長江の支流、漢水のほとりに築かれた堅固な城塞に、黄祖こうそ は佇んでいた。


彼の手元には、急報が届いていた。


「孫堅、迫る――か」


報せを読み終えた黄祖は、目を閉じ、深く息を吐いた。戦の気配は、城壁の外からも感じ取れるほどに迫っている。


その背後では、忠将・呂公が甲冑を鳴らして進み出た。


「黄将軍、敵は精強。兵糧も底を尽きかけております。いまこそ援軍を求めるべきかと」


黄祖は、憔悴しながらも毅然と答えた。


「すでに蒯越かいえつ殿に伝令を走らせた。彼の策に賭けるほかあるまい。峴山けんざんを越え、袁紹へ援軍を求めよと」


呂公は頷くと、兵を率いて出立の準備に入った。


しかし――


その峠道にはすでに、孫堅の副将・程普が待ち伏せていた。


「来たな、黄祖……!」


木々の影から、矢が放たれた。呂公の盾兵が次々に倒れ、動揺が走る。だが黄祖は、静かに馬を進めた。


「突き抜けよ!一人でも多く、峴山を越えるのだ!」


混乱の中、蒯越の一隊がかろうじて突破に成功するも、黄祖と呂公は深手を負い、樊城へと引き返すしかなかった。


その夜。


孫堅軍本陣――


孫堅文台は、陣屋の外に立っていた。


朱の戦甲に身を包み、手には“九環刀”。目の前には兵を鼓舞する太鼓の列。樊城へ向けての出陣準備が整い、あとは主将の号令を待つばかりだった。


だが、その時。


「……孫将軍、将軍殿……」


錆びた鈴のような声が、幕舎の影から響いた。


振り向いた孫堅の前に現れたのは、一人の異形の男だった。


麻布を何重にもまとい、頭には破れた蓮の葉の冠。眼はどこか焦点を結ばず、だが、その歩みには奇妙な確信があった。


「貴公……何者だ」


「余は……于吉うきつ……南海より、風に乗って来たりし者……仙を修し、星と話し、夢を覗く者なり……」


孫堅の副将・孫策がすかさず刀に手をかける。


「怪しき法師が、軍営に何の用だ。警備はどうなっておる!」


だが、孫堅は制した。


「待て。こやつ……尋常の者ではない」


于吉は、静かに孫堅の前まで進み、膝をついた。


「文台将軍……天命ある者よ。されど……今、将軍の背には“黒き煙”が立ち昇っておる。これは……死相にござる」


「……死相?」


孫堅の眼が、僅かに鋭くなる。


「顔にあかき陰が差し、瞳の奥に水が満ちている。手のひらに“流”の紋……これは“戦に出て、川を越える者、還らず”の相……」


「占いか。笑止」


「占いに非ず。星を見、風に問うた結果にござる。将軍、どうか……この戦、出てはなりませぬ」


于吉は、懐より一枚の竹札を取り出した。


「これは“化解の符”。この札を持ち、三日間の静養をなされば、死相は薄まる。戦は、他の者にお任せを……」


沈黙。


孫堅は竹札を受け取り、じっと見つめた。香木の匂いがかすかに立ち上り、指に熱を帯びてくる。


その手を、ゆっくりと下ろす。


「……感謝する、于吉」


「将軍……!」


「だが、我は将の器。将たる者、民を守らねばならぬ。兵を信じ、退けば……その心が崩れる。ならば、たとえ死相が出ようと、我は行く」


「将軍……それは“死”に行くと知って、なお、進むということか」


「そうだ」


孫堅は背を伸ばし、陣幕の外を見やった。


「戦場に立つ者は、誰もが死を背負っておる。それが今日か、明日か、五年先かは知らぬ。だが、“その時”、自らの剣で道を開かねばならぬのだ。たとえこの命尽きようとも、呉の未来のために、一歩でも前へ進む」


「……」


于吉は、竹札を懐に戻し、深く頭を垂れた。


「ならば、余は“その死”を記す者とならん」


「ほう?」


「もし将軍が、この戦より戻らば――この于吉、術を絶ち、ただの道化者と成りましょう。だが、還らずば……この“火の予言”、世に伝わり、将軍の名は“赤き戦神”として語られましょう」


「名などいらぬ。ただ、我が民に平穏を。――それが、我が願いだ」


そのまま、孫堅はゆっくりと馬に乗り込んだ。


九環刀を掲げ、声を上げる。


孫堅は、黒馬にまたがり、軍旗の前で出陣の準備を整えた。その背後に、剣人=孫剣と山田幸美教授が控えていた。


突然――


「バキィィンッ!!」


乾いた風に煽られた軍旗が、旗竿ごと折れた。


「これは……」と幸美教授が声を失った。


剣人も顔をこわばらせる。


「凶兆……こんなに優勢なのになぜだ?」



「孫堅さま!」と伝令が駆け込む。「黄祖の軍、峴山におります!蒯越の一隊のみが突破しましたが・・・」


孫堅は眉一つ動かさず、剣を抜いた。


「……峴山の道へ案内せよ!黄祖を討ち取れ!」


その号令と同時に、孫剣と程普が部隊を率い、東西の山道を封鎖。黄祖は、もはや袋の鼠となった。


翌朝、峴山を見上げる孫堅の姿があった。


「黄祖はこの山に潜む。逃がすな……一人残らず討ち取れ!」


孫堅が叫び、先陣を切って峴山へと馬を走らせる。


そのとき――


「待ってください、嫌な予感がします!」と幸美教授が叫ぶ。「剣人くん、山の斜面に何か……!」


だが遅かった。


黄祖が岩陰から姿を現し、鬨の声を上げる。


「今ぞ!落とせ!」


仕掛けられていた落石が、山肌を砕きながら孫堅軍に襲いかかった。咄嗟に馬から飛び降りる者もいたが、孫堅は動じなかった。


「退くな、我に続け……!」


だが、次の瞬間――


巨大な岩が、雷鳴のような轟音とともに孫堅の前に落ちた。


「うおおおっ……!」孫堅の叫びと共に、馬が跳ね、彼の身体が空へ浮かぶ。


そして――


その身は、地面に叩きつけられた。


「父上ッ!!」


孫策が叫びながら駆け寄る。剣人も顔を青ざめさせながら孫堅に駆け寄った。


だが――


孫堅の目はすでに閉じられ、九環刀が無言で地に伏していた。


「嘘だろ……」


剣人は、地面に膝をつき、震える声でつぶやいた。


「ここで……終わるのかよ……」


その日の夜。


孫策と孫剣、孫権、そして幸美教授、京子らは、静かに孫堅の遺骸を囲んでいた。


「父上の仇は、必ず……必ず俺が討つ」


孫策の拳は、血がにじむほど握り締められていた。


幸美教授は静かに言った。


「戦略的には……黄祖は追い詰められています。孫堅様の死を無駄にはしない。私たちが、継ぐしかないのです」


京子も頷く。「玉璽も、情報も、兵も残されてる。今こそ、私たちの技術で、孫家の未来を守るの」


剣人は静かに立ち上がり、孫堅の九環刀を拾い上げた。


「父上……あなたの剣は、俺が継ぎます」


孫策、孫権――

二人の若き“孫家の子”たちが、静かに誓いを立て



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