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第十九話 賈詡文和(かくぶんわ)

長安の空は、灰色に曇っていた。


旧都・洛陽の焼け跡に残された者はほとんどおらず、都は董卓の命により長安へと遷された。だが、そこには平和も栄光もなかった。日々、兵の行進する音と、怒号、悲鳴が絶えず、街の空気は常にぴりぴりと張りつめていた。


その一角、長安の王允邸には、貂蝉ちょうせん、そして孫諜報の孫有そんゆう、小窓が、静かにXwatchを起動し着々と計画を遂行していた。


「董卓、呂布、貂蝉……三者の関係はついに臨界点に達した」


音声記録の送信ボタンを押し、孫堅の名で設定された専用暗号チャネルに送る。画面に浮かび上がった地図には、董卓の動向、呂布の行動範囲、そして貂蝉が幽閉されている「鳳凰閣」の位置までが、詳細に記されていた。


孫有と小窓は、王允の邸宅から、書生として、長安に付き従う日々を送っていたのだ。


剣人が孫剣として孫家の未来を築くべく戦う間、彼は諜報活動に従事し、董卓討伐の機を待っていた。

京子が開発したXwatchの最新タイプは、遠隔通信、地形分析、対象人物の生体情報トレース機能まで搭載され、孫有そんゆうはそれを駆使してこの荒れ果てた中国に新たな情報戦を仕掛けていたのだ。


「董卓様、お戻りでございます」


長安・太師府。かつての皇帝の御殿よりも壮麗に建てられたその邸宅では、馬蹄の音と共に、肥え太った将軍が姿を現した。金に縁取られた赤い戦装束に身を包んだその男、董卓である。


「ふん、呂布の奴はどこだ。貂蝉は? あやつはわしの女じゃぞ」


従者たちは震えながら首を垂れる。董卓の機嫌一つで、命が失われることを知っているからだ。


呂布はその日、外部の巡回を理由に姿を見せていなかった。だが、それはすべて計算されていたことだった。


「……董卓は貂蝉を自分の妾にしたと信じている。が、あの女は、呂布にも心を許している」


長安の外れ、小さな庭園付きの別宅で、王允は密かに呂布を迎え入れていた。盃の酒に口をつけながら、王允は静かに語った。


「人は、愛に溺れ、欲に囚われ、そして死に至る。董卓はそのすべてを持っている。だが貴公は、まだ選べる」


「……貴殿の意図はわかっている。だが、父のように慕った男を、簡単には斬れぬ」


「父と信じた男に、手戟を振りかざされてもか?」


呂布の手が、かすかに震える。あの日の記憶。奥御殿にいた貂蝉との密会、そして激怒した董卓の怒号。殺意をはらんだ手戟が、間一髪で彼の頬をかすめた――。


「……その詔書、本当にあるのか」


王允は袖から一枚の巻紙を取り出し、ろうそくの灯にかざした。


「帝の名において、董卓を誅すべし。呂布、貴公の名は、後の世に残るであろう」


その夜。


孫有そんゆうは、Xwatchの盗聴盗撮機能で董卓邸の警備を解析していた。


「二十四人の親衛隊、五重の門、屋内は四階層構造。だが、呂布の通行証があれば、最奥部まで侵入可能」


孫諜報の通信チャネルに切り替え、デバイス間連携機能を通じて孫堅にメッセージを送る。


「決行は、明日未明。王允・呂布と連携し、董卓を討つ。私は監視を続け、状況を逐一報告する」


そして、静かに目を閉じた――。


その翌朝。


「董卓殿、御殿の改修についてご相談が」


呂布が赤い鎧を纏い、手に何かを握って太師府に入った。手には王允から渡された詔書。そして背には、方天画戟。


董卓は、いつも通り飄々と彼を迎えた。


「ほう、よいか、貂蝉を……わしの部屋に呼んでくれんかの」


「……それはできぬ。もう、あの女は、おまえのものではない」


その言葉を皮切りに、方天画戟が閃いた。


董卓の護衛が反応するよりも早く、呂布の一撃が董卓の胸を貫いた。悲鳴、怒号、血飛沫――混乱の中、孫有は高台からすべてを記録していた。


そして、最後の報告をXwatchで送信する。


「董卓、討たれたり。王允、政に失し、斬らる。呂布、逃亡。連環の計、完遂せり――しかし、孫有」


画面の奥で、孫堅の眉が僅かに動いた。


「よくやった、孫有そんにん。これで、乱世は次の局面に進む」


乱世の嵐は、なお吹き荒れる。だが、孫家の者たちはそれに立ち向かう覚悟をすでに決めていた――。

数日後――。


都・長安。春の光も届かぬ宮城の奥深く、静けさに満ちた未央宮の回廊を、ひとりの男が重い足取りで歩いていた。


その男の名は――王允おういん

後漢の司徒にして、董卓政権を転覆させた「義の計」の首謀者であり、成功者であった。そのはずであった。


──初平三年、四月。

ついに董卓は、養子・呂布りょふの刃に倒れた。


「この乱世にあって、ようやく暴虎が倒れた。次に為すべきは、毒の余燼を払うことよ……」


王允の声は、どこか昂揚と焦燥を孕んでいた。

董卓が死しても、長安の空気はなお荒れていた。都の警備を担っていた董卓軍の多くは、涼州出身の粗野な将兵たち。その武勇と忠誠は董卓にこそ捧げられていた。


王允は迷いなく、決断する。

「涼州の者どもを、都から放逐せねば、国に安寧は訪れぬ」

「孫有、小窓、2人とも引き続き手を貸して下され!」



まず、陝県に駐屯する董卓の親族、**牛輔ぎゅうほ**に矛先を向ける。討伐軍の指揮を任されたのは李粛。王允が信を置いた旧臣であった。


だが──


「報ッ! 李粛軍、牛輔の反撃に遭い、壊滅いたしました!」


報を聞いた王允は、歯を噛み締めた。


「ふん……あの李粛め、愚図が……」


牛輔は勝鬨を上げたものの、その夜、部下の**攴胡赤児ほくこせきじ**に裏切られ、命を落とす。董卓を討ち、牛輔も失った今、長安は空白の中心となる。


涼州軍の将――李傕りかく、**郭汜かくし**らは、都の外に駐屯し、動揺していた。

「許されるなら、俺たちはこのまま忠誠を誓う所存……」

李傕は王允に赦免を請うた。


しかし、王允の答えは冷たかった。


「お前たちも董賊の一味。許す理由などない。下郎は下郎よ」


都ではさらに、**「王允が涼州人を皆殺しにする」**という噂が広まっていた。

兵たちは不安に駆られ、李傕の元にも命の危険を訴える声が殺到した。


この混乱の中、ある男が密かに李傕の幕舎を訪れる。

その男こそ――賈詡かく。冷静沈着にして、智略の士。


「李傕将軍。赦免を願って首を差し出すより、剣を取る時ではないか」


「……だが、我らに勝てる見込みはあるのか?」


賈詡は答えた。


「都は慢心し、守りは緩い。郭汜、樊稠と共に十万の兵を挙げ、奇襲すれば、八日もあれば長安は落ちます」


李傕は意を決した。

そして、呂布と王允の出身地である并州の兵を全て粛清。自軍を涼州出身者で統一し、「復讐戦」の大義を掲げた。


やがて、涼州の猛虎たちは剣を掲げ、長安へ進軍を開始した。


長安にて、急報が舞い込む。


「報告ッ! 李傕、郭汜ら十万の軍が、長安に向けて進撃を開始!」


「なにっ……!?」


王允は動揺しながらも、冷静を装い、董卓旧将の胡軫こしん徐栄じょえい、**楊定ようてい**らに命じる。


「李傕を討て。都を守るのは貴様らの義務ぞ」


だがその語気には、驕りと侮蔑が滲んでいた。

出陣の前、王允は彼らにこう言い放っていた。


「貴様ら、もとは董卓の犬ども、ようやく人の働きができる時が来たな」


この一言が、武人の矜持を傷つけた。


「王允さん、そんな言い方って・・・」小窓は、おもった。



出陣した徐栄は戦場にて、李傕の鋭き突撃に討ち取られた。

胡軫と楊定もまた、王允への怒りと猜疑を捨てきれず、新豊にて、李傕軍に内通。裏門を開いたのだった。


そして──


初平三年六月。

長安は、李傕軍によって完全に包囲された。


八日後――


城門が破られ、未央宮に火が上がる。


呂布は、手勢をまとめ、城を脱出するも、王允は逃れられなかった。

「この、賊どもが……国家の大義を……!」

「孫有、小窓、呂布将軍のもとへ!!!」


王允は最後まで皇命と忠誠を口にしたが、その言葉は李傕の憎悪をかきたてるだけだった。


「貴様こそ、董侯を欺き、我らを狗呼ばわりした逆賊……」


李傕は剣を抜き、王允を八つ裂きにした。


王允の最期は、都中に晒され、彼の掲げた正義は血に沈んだ。


呂布の奮戦も虚しく、王允の失政により守備線は崩壊。呂布はわずか数百騎を引き連れ、河南へと亡命を決意した。孫諜報の孫雄そんゆうと小窓は、呂布軍に紛れ、長安から放逐された。


「……これが、董卓を討った者の末路か」


そう呟いた呂布の背中を、孫有そんにんは遠くから見つめていた。


涼州軍が再び政権を握ると、李傕はその功を讃えられ、車騎将軍・開府・領司隷校尉・仮節・池陽侯の地位を手に入れたのでああった。


宮廷では、かつて王允が誓った「正しき漢室の再建」は、もはや誰の記憶にも残ってはいなかった。


賈詡は静かに空を見上げ、呟いた。

「歴史とは、正義の名のもとに殺し合う記録に過ぎぬ……」

それが、またひとつの乱世の現実であった。


王允が一旦は呂布と政権を握り、長安の街には一時の静けさが訪れたが、それも長くは続かなかったのである。李傕・郭汜が、董卓に代わり、長安を治め、呂布軍は流浪の軍勢となり荒野をさ迷うのであった。

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