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第十七話 楊彪文先(ようひょうぶんせん)

洛陽の空は、いつにも増して重く曇っていた。


董卓が都を蹂躙し、暴虐の限りを尽くす中で、かつての栄華も、仁義も、帝都から姿を消していた。


その中心で、司空の地位にありながら、心中に深い憂いを抱えていた男がいた。


楊彪文先——。


彼は名門・弘農楊氏の出であり、礼節と忠義を重んじる人物だった。しかし、董卓の専横の下、無力な自分を呪う日々を送っていた。


ある日、宮中の静かな一室にて、楊彪は一人の友と杯を交わしていた。


その友の名は司馬防。後に天下を動かす司馬一族の祖である。


「文先、いまこの国を救えるのは、我らしかおるまい」


司馬防は、静かに言った。


「我らが劉協——献帝陛下を支え、再び漢の正道を取り戻すのだ」


楊彪もうなずき、拳を固めた。


「董卓の暴虐を許しておけば、この国は滅ぶ。たとえ小さな力でも、陛下をお守りせねばならぬ」


二人は杯を交わし、深く誓いを立てた。


楊彪には、聡明で知られる息子・楊修がいた。若き俊英であり、後に数多の知略を巡らす男であった。


司馬防にもまた、聡明さで名高い息子がいた。後の司馬懿仲達である。彼らの子らが、未来の漢を支える希望となることを信じ、二人はひそかに希望を抱いた。


「ならば、我らは礎となるのみ。恐れず、義を貫こう」


その時、戸が静かに開き、もう一人の友が姿を現した。


董承——。忠臣として名高く、董卓の暴政に誰よりも怒りを燃やす男であった。


董承は元々、皇族に近い血筋を引いており、特に献帝への忠誠心は誰にも劣らなかった。董卓の横暴が日を追うごとに酷くなる中、董承は命を賭してでも帝を救わんと決意していた。


ある夜、董承はひそかに献帝に近づき、密かに語った。


「陛下、董卓を討たずして、この国に未来はございませぬ。どうか、我らにお許しを」


涙を滲ませながら、献帝は静かにうなずいたという。


董承は、その夜から一層、王允らと連携し、董卓暗殺計画を進めるため奔走した。


彼は市井に諜者を放ち、洛陽の兵の動きを探り、同時に内密に義士たちを募った。昼は平然を装い、夜は刀を握りしめながら未来を思った。


「楊公、司馬公、共に力を合わせよう。天は、我ら義に殉ずる者を見捨てはせぬ」


董承の力強い言葉に、二人は深くうなずいた。


三人の士は、密かに結束を固め、乱世に抗う誓いを立てた。


——漢室再興を胸に抱きながら。


ある夜、密かに開かれた集まりに、もう一人の重要な人物が加わった。


王允——。


太尉の位にあり、董卓に対して最も深い恨みを抱く智将である。


「董卓の専横、もはや看過できぬ」


王允は声を低くして言った。


「我らの力だけでは足りぬ。だが、董卓に近づける者がいる。呂布だ」


楊彪が驚きを隠せずに問うた。


「呂布は董卓の義子、董卓に絶対の忠誠を誓っているのではないか?」


王允は深くうなずき、しかし静かに続けた。


「いや、呂布も心では董卓を忌み嫌っている。奴の猜疑心と苛烈な性格に、呂布も疲弊している。もし我らが情を尽くせば、呂布は必ず応じる」


董承が身を乗り出す。


「では、どうやって呂布を説き伏せる?」


王允は、静かに一つの策を語った。


貂蝉ちょうせん——わが養女を使う」


貂蝉は、都一番の美貌を誇る絶世の美女であった。王允の目には、深い覚悟が宿っていた。


「貂蝉を呂布に近づけ、董卓と呂布の間に楔を打つ。そして、呂布の刃で董卓を討たせる」


楊彪、司馬防、董承は互いに目を見交わした。


これは一歩間違えば、命を落とす危険な策であった。


だが——


「この国を救うためならば」


三人は、強く頷いた。


ここに、後に『連環の計』と呼ばれる、董卓暗殺計画が静かに動き始めたのであった。


それから数日後、王允はこの計画を、孫有と小窓にも語った。


「そなたたちも、知っておくがよい。董卓を討つには、呂布を動かすしかない。そして、貂蝉が鍵となる」


孫有は真剣な面持ちで頷き、小窓も不安げに問いかけた。


「でも、董卓と呂布を討ったとして……本当に国は安泰になるのでしょうか?」


王允の表情に陰が差した。


「それが、容易くないのだ。董卓の後ろには、李傕りかく郭汜かくしといった手強い将たちが控えておる。彼らは董卓が死んでもなお、混乱に乗じて力を振るおうとするだろう」


孫有と小窓は、互いに顔を見合わせた。


王允は続けた。


「だが、それでも一歩を踏み出さねばならぬ。董卓を討たずして、この乱世を終わらせる道などないのだ」


その声には、確かな覚悟と、未来を憂う深い悲しみが滲んでいた。


夜が更けても、王允の語る未来は止まらなかった。孫有と小窓は、胸に熱いものを抱きながら、じっとその声に耳を傾け続けた。


楊彪文先ようひょうぶんせん

名前:楊彪ようひょう


あざな文先ぶんせん

生没年:不詳

出身地:弘農郡華陰県(現在の中国・陝西省華陰市付近)


後漢末期から三国時代にかけて活動した、名門楊氏の一族に属する高名な官僚・名士です。

学識・人格ともに優れ、儒教的な礼節と忠義を重んじたことで知られています。


▸主な役職・地位


司空しこう

後漢王朝における三公の一つ。行政・土木などの最高責任者という非常に高い官位です。


他にも、尚書令(中央行政のトップクラス)などを歴任しました。


董卓政権下では、董卓に強制される形で司空に就任しますが、董卓の横暴を嫌悪しており、心から仕えたわけではありませんでした。


▸性格・人柄


温厚で礼節を重んじる清廉な人柄。


権力志向は弱く、誠実な官吏として民衆にも評価されていました。


しかし、あまりに「善人」であったため、乱世の奸雄たちの中では、力強く台頭することはできなかったとも言われます。


▸家族関係


息子にあたるのが有名な楊修ようしゅう

曹操に仕えた俊才で、機知に富む言動で知られますが、あまりに賢すぎたために最終的に曹操に疎まれ、処刑されてしまいます。


楊彪自身も、息子の楊修の処刑後、政治の中枢から遠ざけられました。


▸楊彪と献帝・司馬防たちとの関係


献帝(劉協)を支えようとした忠臣の一人です。


同じ志を持つ親友には、


司馬防(司馬懿の父)


董承(董卓暗殺計画を実行した忠臣) らがいました。


彼らは力を合わせて、董卓政権やその後の専横から献帝を守ろうとしました。


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